161話B「生き残る罪」
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◇
そのタイミングは流石と言うべきものだった。
狙いすまして放たれたゲルーシュ・エハッドの一撃は、寸分のズレもなくカブト虫のような蒼い機体へと伸びていく。
だが同時に加えられるはずだったテニアの攻撃はなかった。
合図は送った。撃て、と確かに言った。疑問は残る。
だが、何故撃たなかったのか、それは後で問いただせばいい。
蒼白い光の帯が吸い込まれるように、包み込むように伸び、今着弾。爆発。
直撃だ。避ける素振りも見せなかった。
――生き残りならばどれ程の腕かと思えば、フフ……僕にかかればあっけないものだねぇ。
薄い笑いを浮かべて勝ちを確信した刹那、それは起こった。
前方に位置していたベルゲルミルが吹っ飛ぶ。瞬く間にディバリウムの脇を掠めて、遥かな後方へと。
擦れ違いの瞬間目に留まったのは、蒼カブト。
馬鹿な、と考える間も惜しんで振り返った。
瓦礫の山、廃墟と化した基地へ、ベルゲルミルが落ちて行く。その脇腹は浅いが抉れている。
行動不能になるような損傷ではないだろう。最もパイロットが無事ならばの話だが。
それよりも問題は――視線を移す――蒼カブト。そう、こいつが問題だ。
突っ込んで来た異常な速度から一撃離脱を計るのかとでも思えば、そうではない。
この空域に留まりながら、直線軌道を繰り返し戻ってくる。
抉れたベルゲルミルの脇腹。何に抉られたかは不明、だが――
「……懐には入ってもらいたくないね」
――接近戦は危険。アウトレンジでしとめる。
ディバリウムの前面に誂られたダグ・アッシャーの砲門は計4門。
小振りな火器なれど即射性に優れるそれをばら撒きながら、機体中央にエネルギーを溜め込む。
避ける蒼カブトの軌道は相も変わらずの直線軌道。だがしかし、それが異常だ。
直線軌道を繰り返しジグザグに鋭角を描きながら、飛んでいる。普通じゃない。
弧が少しもない癖に減速した感がまるで見受けられない。飛んでいる速度そのままに何の前触れもなく、向きを変える。
ダグ・アッシャーの光弾が尽くかわされていく。
「少し傷つくな……パイロットは本当に人間か」
それは負け惜しみでもなんでもない。重ねて言おう。軌道が普通じゃないのだ。
慣性だとか、遠心力だとか言ったものを頭から無視した軌道。端的に説明するならそれは、ゲッターの動きに最も近い。
MSを代表とするA.W.の機動兵器群にはない出鱈目な動き。
中に乗る人間のことをまるで考えてない。普通ならパイロットがもつはずがない。
それを繰り返し、急速に間合いを詰めてくる。
距離が潰される。アウトレンジが瞬く間にクロスレンジへ。だが、それも――
「悪いけど、読みどおりだよ」
――計算の内。
溜め込んだエネルギーを開放。
放ったのは、収束した光の帯を放つゲルーシュ・エハッドではなくゲルーシュ・シュナイム。
それは溜め込んだエネルギーで針状の光弾を無数に形成し、扇状に散布するMAP兵器。
一発一発の威力はゲルーシュ・エハッドに劣るものの、交わしきれる数ではない。
事実、蒼カブトもこのときかわせなかった――否、蒼カブトはかわさなかった。
蒼カブトは爆発的なスラスター光を背負い、次の瞬間――
「なっ!!」
――天を衝くが如き勢いと圧力で駆け抜け、針山へと飛び込んだ。
強引過ぎる軌道。無数の針が装甲に突き立つ。だが、それを意にも介さない。
迅い。何よりも力強い。そして、それだけでもない。
光弾の威力が削がれている――ビーム・コート、その存在に気づいた時には既に眼前。
機体の軸をずらすのが精一杯の反応だった。
装甲の表面で火花が散る。極太の杭が打ち込まれ、ダグ・アッシャーの砲門が1門潰された。
――だが、この距離ならッ!!
杭を引き抜くその間に、残った3門が火を吹く。
しかし、減衰されたビームではビクともしない。ゲルーシュは? 充填中、打つ手がない。
機体の前面を抱えるようにして押さえ込んだ蒼カブトが仰け反り、その角が赤熱した。
「な、なにをッ!!」
頭突き。角が突き立ち、装甲が割れる。血の様に黒いオイルが噴出する。
機体が潰れる音に、怖気が奔った。
ゆっくりと頭を持ち上げ、もう一発。さらにもう一発。
割れた装甲が更に割れ、陥没し、オイルとコードと装甲の砕けたモノがグチャグチャに入り混じる。
そこに角を突き立て、顔をうずめていた。傍から見ればそれは捕食しているかのような絵面。
捕食者から逃れようと脱出を図り、遮二無二にディバリウムは暴れまわる。
だが、手足のないディバリウムでは文字通り手も足も出ない。
再び頭が持ち上がり、四発目が加えられた。
機体が悲鳴を上げる。コックピットが揺れる。全周囲モニターの上部に亀裂が奔り、破片が剥落してくる。
思わず見上げた亀裂の向こうに、頭をめぐらせてこちらを見下す身長20mの巨人の姿が、見えた。
顔中を黒い血のようなオイルで塗れさせて蒼カブトの目が、見つけたぞ、と嗤う。
反射的に動いた右腕がグリップを掴む。もはや充填中だなどと言っている余裕はない。
現在溜め込まれているエネルギー全てを出し尽くす勢いで、ゲルーシュ・エハッドを放った。
その砲門は機体中央。抱えるようにして押さえ込んでいる蒼カブトの下腹部が、丁度接触している位置。
密着状態であるが故に交わす術はなく、光の帯に押しやられた蒼カブトが剥がれ、弾き飛ばされる。
が、それは同時に苦肉の策でもあった。
零距離でのゲルーシュ・エハッド。それは大砲で零距離射撃を行なうに等しい。
暴発とそう変わらないということだ。
至近距離での爆発の影響は両者に等しく与えられる。
そして、ディバリウムのコックピットには穴が空けられたばかり。
僅かとはいえ、帯電した空気と熱波に晒されたオルバもただではすまない。
オゾン臭が鼻に突く。湿度がどっと上がった空気を感じる。肌が熱い。だが、それに構っている余裕はない。
「テニア、聞こえてるか?」
通信を繋げながら蒼カブトの状態に目を走らせる。装甲表面に黒焦げの弾痕が確認出来るもののそれだけだ。
それも最初の一撃のものか、今の一撃のものか、判別はつかない。
確実なのは、今のように中途半端な出力での一撃は意味がない、ということ。
今は決め手に欠ける。それでも兄がいればどうにかならないでもないが、テニアでは分が悪い。
第一、射撃主体の二機では懐に入られればどうしようもない。アタッカーの不在、それが痛かった。
「……聞こえてるよ。うぅ、吐きそう。あんなに朝ごはん食べるんじゃなかった」
心底気持ち悪そうな顔がモニターに映し出される。
突然の加速に晒されたのだ。胃の中をごちゃごちゃに掻き回されれば、そうなるのも無理はない。
だが、それは口実だろう。
このまま死んだふりを決め込み、隙を見つけて逃げ出そうとしていたに違いない。
この女狐め。
「後にしろ。ここは撤退する」
「……逃げるの?」
「戦略的撤退さ。パートナーが君では勝ち目がないからね」
「やっぱ逃げるんじゃん」
「……手伝う気があるのか、ないのか、どちらだい?」
「あるよ。残念だけど、アタシ一人になったらあいつから逃げ切れない」
「いいだろう。役に立ってもらうよ」
撤退プランを手短に伝え、同時にエネルギーの溜まり具合を確認する。
――MAP兵器使用可能まではまだ間があるか……時間を稼ぐ必要があるね。
簡単に見逃してくれる相手とも思えない。通信を蒼カブトへ。
「何故、僕達を襲う?」
「何……故? 何故、ナゼ、なぜ、ククク……ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!
俺は作らねば……ならない。世界を……静寂でなければならない」
「意味が分からないね。それが僕達を襲ったこととどう繋がる?」
「お前達は望まれていない……世界を創る。だから撃ち貫くのみ、だ」
高エネルギー反応。その中心は機体の胸部中央、人で言う鳩尾の位置に設置された赤い球体。
――主動力はあそこ、か。
そこから全体にエネルギーが行き渡り、装甲それそのものが一つの原生生物かのように動いた。
伸び、欠けた部分に浸透し繋ぎ合わせていく。黒く焦げた表面が深い蒼に戻っていく。
自己修復。それはオルバに取って未知のテクノロジー。
直に目にするのはこれで――ちらりとベルゲルミルを盗み見る――二機目。
だが、数時間もかけて修復を行なうベルゲルミルに比べて、修復速度が段違いだ。
「人間……自らの生い立ちを呪う兄弟………お前達は純粋な生命体には、なりえん」
「……少しは僕達のことを知っているようだね。どこで耳にした? お前はニュータイプなのか?」
「ニュータイプ?……違う。俺は……そう、俺こそが完全なる生命体。
世界を創造し、望まぬ世界を……破壊」
その尊大な物言いに哂う。直感した。こいつは同類だ。
古い世界を壊し、自らの思うように作り変えようとしている自分らと似た存在だ。
「完全なる生命体だって? 随分と大きく出たものだね。
でもね。僕らに言わせれば、そんなものはニュータイプとなんら変わりはないんだよ。
人の心にあるニュータイプという幻想が言葉を変えた。それだけだ。
そして、君は君の望む世界を創ると言う。フフ……どうやら僕らは相容れない存在のようだ」
「フフフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
創造と破壊……破壊と創造。創造は破壊……破壊の創造」
狂笑。こいつは似ているのかもしれない。だが、別物だ。
「話、通じてるのか通じてないのか分かんないね。
自分に浸ってるっていうか何ていうか、変にかっこつけてるし」
テニアの声がした。全くだ。このとち狂った男相手に冷静な判断を求めるだけ無駄ということか。
溜め込んだエネルギー量を確認。十分だ。十分に時間は稼いだ。
「テニア、退くよ」
同意の言葉が返って来る。それを合図に火線を敷き、後退を開始する。
C-Part