163話A「仮面の奥で静かに嗤う」
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「フ、フフ……フハハハハハハハハハハハハッ!」
ブラックゲッターのコックピットに、通信機から漏れた哄笑が響き渡る。
敵を前にして頭がイカれたのか……アキトがそう思うのも無理はないほどの大笑だった。
泥の中でもがくような時間が過ぎ、ようやっと本調子に――アキトに取っては、だが――戻り、移動を再開しようとしたところで、いきなりこの機体は現れた。
白銀の光沢、力強さを感じさせる翼。空を斬り裂いて舞い降りたのは機械仕掛けの大鳥―――魔装機神サイバスター。
本調子ではないとはいえ、アキトに油断していたつもりはなかった。
だがこの機体は、レーダーが捕らえたと思えばまさしく瞬きする間に目視できる距離に到達してきた。
凄まじいスピード。アキトが迎撃の姿勢を取ろうとした瞬間、だがそいつは前方で停止し、一瞬にして人型……戦闘用と思しき形態に変形した。
戦えない「ゼスト」とやらが足手まとい。切り捨てる? 薬は欲しい、だが自分が墜ちては意味がない。
ユーゼスを囮にしてやつを破壊する。ビームが使えない現状、有効な手段は―――
そこで、アキトの思考を遮るようにユーゼスの笑い声が聞こえた。
「ハハハハッ! よもや、こんなところで……! こうも容易く現れるとはな、サイバスター!」
「知っている機体か?」
「ああ、あれはいいものだ……。テンカワ、ここは私に任せてもらおう。手を出すなよ」
ユーゼスはアキトにそう言い置き、通信を切る。といっても、落とされたのは映像回線のみで音声は聞こえていたが。
アキトが目覚めたことにより、ブラックゲッターの操縦権もアキトへと戻っている。何か細工をされたかと警戒したが、変化と言えばエネルギーが補給されていたことくらいだ。
とはいえ炉心が破損している以上、完全に補給されたというわけでもなかった。動作に支障はないものの、あと数回でエネルギーは枯渇する、それは確実。
手札が限定されている以上、先に手を見せるのは好ましくない。
ここはユーゼスの言うとおり、まず様子を見ることに決めたアキト。
どうやらサイバスターなる機体もこちらとの交渉を望んでいたらしく、攻撃するそぶりは見せなかった。
「こちらはゼスト、ユーゼス・ゴッツォと、ブラックゲッター、テンカワ・アキト。サイバスターの操者よ、応答を願う。我々に戦闘の意志はない」
「……こちらはサイバスター、レオナルド・メディチ・ブンドル。私も争いを求めて来たのではない。対話を求める、ユーゼス殿」
アキトには聞こえてきた声に覚えはない。だが、どこか研ぎ澄まされた刃を連想させる鋭い声だった。
油断ならない相手だと認識し、手は出さずともいつでも行動に移れるようにサイバスターの挙動を注視する。
回線を繋げ双方が軽く自己紹介を行う。その際、アキトは負傷していて声が出し辛いという説明も交えて。
目がいくつもある怪しさ満点の仮面を被った男など問答無用で射殺されても不思議ではないとアキトは思ったが、このブンドルという男は特に何とも思わなかったようだ。
「そういう美しさもあるな」という一言で、こいつもどこかおかしいのか……と軽い疲労を感じた。
「まず……そうだな、何故この機体を知っているのか。そこから話していただきたいな。会ったことはないはずだが」
「何、『私の世界』で見たことがあるからだよ。といっても、遠くから眺めた程度のものだがね。その機体は単なる兵器の枠に収まらない優美さがある。一度見れば忘れんよ」
「ふむ……然り。サイバスターにはおよそ兵器とは思えぬ美がある。『私の世界』にはこうも心を震わせる兵器などなかった。
一度設計者ともお会いしたいものだ。さぞかし美の女神に愛されたお方なのだろう」
どうやらユーゼスの掴みは上手くいったようだ。固かった声がいくぶん和らいだ。
「うむ、私も同感だ……が、サイバスターの真価はそこではない。そうだろう?」
「ラプラスコンピューターのこともお見通しか。そう、確かにこの機体にはある。最新のスーパーコンピューターなど比べ物にならないほどの演算装置が。
それを持って私はサイバスターこそこの戦いを終息させる鍵と考えている」
「ラプラスコンピューターを完全に操れるなら、因果を操り未来を知ることもできる……なるほど、確かに鍵と言えるな。
どうかね、ブンドル―――と、呼ばせてもらうが、サイバスターを私に預けてはくれないかね?」
「あなたに?」
「失礼ながら君には念……魔力的な素養は感じられない。私なら君よりある程度は上手くラプラスコンピューターを操れるだろう」
「魅力的な話だが……今は否、と言わねばならん。私にもこのサイバスターが必要だ。当面、ラプラスコンピューターの解析よりも優先してやることがあるのでな」
「ほう。それは?」
「基地を確保することだ。殺戮者たちへの備えとして、生存者の集結地として。そして」
コンコン、と軽い音。おそらくは首輪だろう。
「なるほど、我々と同じ……か。だが、一足遅かったようだ、ブンドル」
「どういう意味だ?」
「戦いに乗った者に攻撃を受け、基地は壊滅した。我々の仲間が足止めを行っていたが、先程一際大きな爆発があった。おそらくは……」
ユーゼスは悲しみのあまり消沈したように言う。演技とは知っていても、その仲間を売っておいてよく言えたものだとアキトは失笑した。
そしてそこに続くブンドルの声は今度こそ本物の落胆を滲ませていた。
「なんということだ……。事態は私の予想をはるかに超えていたということか」
「生存者は、いない。基地に向かうのは諦めた方がいい。奴が生きているかはわからんが、もし健在なら我々が束になっても一蹴されるだろう。それほどに強力な敵だ」
「また、無辜の命が散ったというのか……私が、もっと早く―――」
「酷なことを言うが、君一人いても状況はさして変わらなかったろう。君さえいればなんとかなったなどと言うのは、死力を尽くして敵に抗った私の仲間に対する侮辱だ」
「……そうだな、あなたの言う通りだ。後悔している暇などない……進まねばならん」
「うむ……我々はナデシコなる艦との接触を目指している。どうかね、我々とともに行かないか?」
「ナデシコ? あの艦か。ふむ……いや、済まないがそれならそれで私は北で仲間との合流を目指す。
基地での合流を約束したのでな、もしそんな危険な敵がいるのなら捕捉される前に私がピックアップする」
「そうか……残念だ」
どうやらブンドルなる男は仲間と合流するつもりらしい。集団を形成されては面倒だ。ユーゼスの思惑がどうであれ、こいつはここで―――
アキトが殺意を解き放とうとした瞬間。
「お―――いブンドルさ――――――ん! もういいだろ―――!?」
大音量の声が響いた。
新たに接近する機影、1。映像―――雷を思わせる黄色のボディ。
「待ってろって言われたけどよ、そう長々と話してるってことは敵じゃないんだろ? だったら俺も混ぜてくれよ!」
聞こえてきたのは、活力溢れる少年の声。
「甲児君……待っていろと言ったろう」
「だってよ、俺だけのけものなんてひどいじゃねえかよ。仲間なんだからブンドルさんだけに危ない橋渡らせることはできねえしさ」
やがて、黄色の機体―――ストレーガというらしい―――が合流し、改めての会談となった。
どうやら向こうに先に捕捉されたらしく、万が一の事態に備えて機動力に優れるサイバスターが斥候役を務めることになったということだった。
「フ……その用心深さは頼もしいな。ユーゼス・ゴッツォだ。よろしく頼む、甲児君」
「甲児でいいぜ、おっさ……ユーゼスさん。それで、そっちが……ってあれ? その顔、ゲッターロボじゃねえか! ん、でも黒いしなんかずんぐりしてるな。どういうこった?」
「……この機体はブラックゲッター、俺はテンカワ・アキトだ。こいつはお前の知ってる機体とは多分別物だ」
喋る必要があったわけではないが、一々追及されるの面倒だと思ったアキトは甲児の疑問に答えた。
それきりまた口をつぐみ、二機の隙を探る作業へと没頭する。
甲児はしきりにブラックゲッターの周囲を旋回し、観察している。トマホークを叩きこまんとする手を抑えるのに苦労した。
「ブラックゲッター……へへ、俺の知ってるゲッターとは違うけど中々カッコイイじゃん。ま、俺のマジンガーには負けるけどよ!」
「マジンガー? それも詳しく聞きたいものだな」
「いや、先にこちらの話を進めさせてくれ。我々は仲間と合流する、君たちはナデシコと合流する。
では首尾よく双方が仲間と合流できたのなら、そのとき改めて手を取り合おう」
「異論はない。だが、我々はナデシコの航路を知らないのだ、合流できるという保証はない。君たちはナデシコがどこに行ったか知らないか?」
「……いや、何処に行ったかまでは知らないな。私も先程すれ違ったくらいで―――」
「何言ってんだよブンドルさん。シャギアさんたちならガロードの機体を探した後北東4ブロックを回るって言ってたじゃねえか」
何故か急に言い渋ったブンドルに甲児の声が被さった。
「……そうだったかな? 済まない、なにせ君に撃たれた衝撃が強かったもので少し気が緩んでいたようだ」
「むぐっ……そ、それは言いっこなしだぜブンドルさん!」
「北東4ブロック、か。ふむ、礼を言う。おかげでこのフィールド中を飛び回らずに済んだよ」
「へへっ、いいってことよ! ああそうだ、シャギアさんたちに会っても、その、アンタ達人相っていうか仮面相……とかが悪いからさ。
俺が紹介したって言いなよ。卵焼き、って言えば俺と会ったってわかるはずだから」
まっすぐ過ぎる少年は仮面に対しても忌憚のない意見を述べてくれた。
ユーゼスはともかく俺は好きで被ってるんじゃない、と胸の内で反論するアキト。
「……了解した。では、合流地点はE-1の水上都市はどうかね? 君らは北に行く、我々は南下して光の壁を通過して北東へ向かう。中間地点としてE-1が適任だと考えるが」
「了解だ」
ブンドルの言葉を区切りとして、手短かに情報を交換していく。
それが一段落したところで、ユーゼスは甲児にゲッターロボ、マジンガーZなる機体の話を求めた。
甲児も愛機の蘊蓄を語れるのがうれしいのか、上機嫌で説明している。
二人は機体を降り、地上で生身を晒している。今なら殲滅は容易い―――
しかし、優勝を考えると無闇に消耗するのはまずい。今はまだ機ではない、と判断したアキトにこちらは機体から降りなかったブンドルが話しかけてきた。
「テンカワ・アキト。どうやら向こうの話は邪魔してはいけないようだ、君と話そう。戦いに乗った危険人物のことだ」
「……俺に、話すことはない」
いずれ誰も彼も殺すのだから、と胸中で呟く。そんな相手のことなど知りたくないし、話していたくもなかった。
だが。
「私の話を聞いてくれるだけでいい。ガウルンという男のことだ」
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