163話B「仮面の奥で静かに嗤う」
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瞬間、息が止まった。
ガウルン。
奴の名を、ここで、聞いた?

「奴とは二度交戦したが、決着は付けられなかった。品性は最悪だが、強い。まさに戦争を体現したような男だ」

ブンドルの言葉など頭に入らない。奴はまだ生きている。生きていてくれた。アキトに、殺されるために。

「奴は今も戦いを巻き起こそうと暗躍しているだろう。だが次こそは逃さん。必ずや奴を討ち取って―――」
「俺だッ!」

アキトの喉から怒声が迸る。

「誰にも渡さない……奴は、ガウルンは、俺が殺す! 俺がこの手で、必ず……!」
「……君も、以前に奴と?」
「奴は俺が殺す。邪魔をするなら誰であろうと容赦はしない」

それは通告。ガウルンを殺すのは自分であり、ガウルンに手を出す者は等しく殺すという殺意の言葉。
無差別に襲いかかってくる狂人に、それを狩ろうとする男。介入すればどちらからも狙われる―――

「無茶を言う。襲われても抵抗するなということか?」
「俺の知ったことじゃない」
「……ふぅ。わかった、もし遭遇してもなるべく撤退するようにしよう。できれば、の話ではあるが」

返事をする余裕などなく、胸の内の殺意を押さえつける。これはここで放つものではない。
溜めて、溜めて……あの男に叩きつけるその時まで、どこまでも純度を高めていく。そこへ、

「あの男の機体はガンダムというらしい。私の―――認めるのはいささか抵抗があるが―――仲間が乗っていた機体と同タイプのようだ。
 接近戦を主眼に開発され、小型とはいえ驚異的な格闘能力を有する。操縦方法が独特のもので、操縦者の体技をそのまま反映できるらしい。
 あの男は軍人上がりのようだが、腕は相当のものだ。機体とパイロットの相性が良すぎる」

冷めた声が投げかけられる。ガウルンの機体の情報だ。
意図が掴めず答えないアキトに構わず、ブンドルの声は続く。

「更に、私との戦いでは見せなかったが、もう一つ二つは切り札があるようだ。掌部にエネルギーを纏わせる技と、機体の出力が一気に高まる機能。
 ギンガナム……私の仲間が後者を発動させたときは君の機体とほぼ同サイズの強力な機体を片腕で圧倒した。この二点に特に留意したまえ」
「……どういうつもりだ」
「君が奴を排除してくれるならそれに越したことはない……それだけだ。何かを奪われたのなら、報復するのは当然の権利だと私は思う」

大事なのはガウルンと戦うことではなく、ガウルンを殺すこと。アキトにとってこの情報は―――有益だった。

「……礼を言う」
「不要だ」

一瞬だけ―――昔、仲間と共にいた頃の記憶を思い出し、気がつけば礼の言葉を口にしていた。
いずれ殺すのに……矛盾しているとは思ったが、それでもアキトにはもうここで戦う気は失せていた。
ガウルンの情報を手に入れただけでアキトとしては上々だ。こいつらのことは次に会ったときに考えればいい―――

それからしばらくして。

「待たせたな、テンカワ。出発するぞ」
「すまねぇな、ブンドルさん。待たせちまって」

ようやく話を終えた二人が戻ってきた。甲児はもちろん、ユーゼスも心なしか満足げだ。

「いやあ、見た目と違っておっさ……ユーゼスさんって話せるなぁ! やっぱ男はスーパーロボットだぜ!」
「うむ。合体変形、厚い装甲、全身に装備された兵器、そしてロボットなのに必殺技……科学者が一度は夢見る王道だ。これを好かずして何が男か」

すっかり意気投合したらしい二人をやや引き気味の目で見ていたブンドルが、出発を告げる。

「では、いずれまた会おう。さらばだ」
「じゃあまた後でな、ユーゼスさんにアキトさん! 死ぬんじゃねえぞ!」

サイバスターとストレーガが北へ飛び去っていく。
対して自分達は真逆、南へと針路を向ける。
未だ再生しきらぬゼストを抱えてブラックゲッターが飛んで行く。

「よく自制したものだな。別れ際に仕掛けるのではないかと私は内心穏やかではなかったよ」
「……いずれまた会う。そのとき殺せば結果は同じだ。貴様こそ、見逃していいのか? あの機体が必要なのだろう」
「サイバスターか。確かに本音を言えば確保しておきたいが……今の状況では破壊はともかく捕獲は困難だ。万一ラプラスコンピューターが破損しては目も当てられん。
 何、保険はかけておいた。サイバスターは私のもとへ来る、必ずな。早いか遅いかの違いだよ。
 あのブンドルという男、中々に切れる。すでに我々が違う世界から集められたということも理解していたしな。我々の重要性はしっかりと認識しているだろうさ」

上機嫌なユーゼスの声。アキトもこの接触は価値のあるものだと認めざるを得なかった。
ナデシコの行き先がわかり、市街地を探し回らずに済んだ。これは薬を飲まねばろくに動けないアキトには好都合だ。
そして何より、ガウルン。
ブンドルの話では、奴は相当の手練と戦って深手を負ったらしいが、生きていることには変わりない。
そして今も積極的に行動しているらしい。このまま当て所なく彷徨うよりも、人の集まるところ、獲物の多い場所に奴は現れるだろう。
ナデシコは集団を纏める旗と成り得る。奴が来る確率は決して低くはない。
もうすぐ、もうすぐ会える。ユリカを殺したあの男に―――

キョウスケ・ナンブのことも、共に進む信用ならないユーゼスのことも、今この瞬間はどうでもいい。
ブラックゲッター。復讐を体現する機体の中で、まるで恋焦がれるように―――アキトは宿敵との邂逅を願い続けた。



【テンカワ・アキト 搭乗機体:ブラックゲッター
 パイロット状態:マーダー化、五感が不明瞭、疲労状態
 機体状態:全身の装甲に損傷、ゲッター線炉心破損(補給不可)
 現在位置:E-7 北東部
 第一行動方針:ナデシコの捜索(南の光壁を抜けて北東4ブロックへ)
 第二行動方針:ガウルンの首を取る
 第三行動方針:キョウスケが現れるのなら何度でも殺す
 最終行動方針:ユリカを生き返らせる
 備考1:首輪の爆破条件に"ボソンジャンプの使用"が追加。
 備考2:謎の薬を3錠所持
 備考3:炉心を修復しなければゲッタービームは使用不可
 備考4:ゲッタートマホークを所持】

【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メディウス・ロクス
 パイロット状態:若干の疲れ
 機体状態:全身の装甲に損傷、両腕・両脚部欠落、EN残量20%、自己再生中(コックピットの完全修復まで残り数十分程度)
 現在位置:E-7 北東部
 第一行動方針:ナデシコの捜索、AI1のデータ解析を基に首輪を解除
 第二行動方針:他参加者の機体からエネルギーを回収する
 第三行動方針:サイバスターとの接触
 第四行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
 第五行動方針:キョウスケにわずかな期待。来てほしい?
 最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
 備考1:アインストに関する情報を手に入れました
 備考2:首輪の残骸を所持(六割程度)
 備考3:DG細胞のサンプルを所持
 備考4:機体の制御はAI1が行っているので、コックピットが完全に再生するまで戦闘不能】


          □


「俺達にナデシコにブンドルさんの仲間にユーゼスのおっさんとアキトさん。へへっ、なんかイケるんじゃないかって気がしてきたぜ!」

ユーゼス達と別れた後、基地から北部の市街地へと針路を変えて進む二人。
甲児は純粋に仲間が増えたことを喜んでいるようだ。しかしブンドルは彼とは逆に、喉元に棘が刺さったような気分だった。

「……甲児君。彼らのことをどう思う?」
「どうって……頼もしいじゃねえか。見た目はともかくユーゼスさんはすげえ頭がいいぜ。光子力の理論をちょっと話したらスイスイ理解してた。
 ゲッターロボのエネルギー……ゲッター線とかってのも、ここに来てからの調査だけでだいぶ深く理解してたみたいだしよ。
 アキトさんはなんか殺し屋みたいで……ま、まあ頼りになりそうだよな。ブラックゲッターっつーあの機体だって、俺が見たゲッターは強かったぜ。
 一人乗りってことは変形とかはできないんだろうけど、どう見ても戦闘用だったしな。あの化け物を倒すのに大きな力になるぜ、きっと!」

甲児は微塵も彼らを疑っていない。その純粋さが彼の美点でもあるのだが、ブンドルはそう甘く考えることはできなかった。
基地の情報や首輪を解除しようとしていること、何より自分たちをあっさり見逃したことから、たしかに戦いに乗ってはいないのだろう。
だがどうにも―――信用しきれない。
これはドクーガ情報局局長として裏の世界を嫌というほど見てきたからこその勘なのだ、甲児に理解できるはずもないが。
表面的には友好的なユーゼス。寡黙だが内にガウルンへの激烈な殺意を抱えたアキト。
アキトはまだいい。大事な誰かを殺されて、復讐に走る。理解できないことではない。
ギンガナムのように、暴力に訴えるタイプなら制御するのは容易い。だからこそガウルンの情報を与え、矛先が万一にもこちらへ向かないように仕向けた。
だがユーゼスは違う。
言葉は穏やかながらも、仮面の奥にある瞳は冷徹にこちらを観察していた気がする。
人を見る目ではなく、フラスコの中の液体を、檻の中を走り回るネズミを、それらが起こす変化を機械的に観察している……そんな印象を受けた。
何より、サイバスターだ。
彼がサイバスターを自身に預けないか、と言ったとき。この機体―――機体に宿る精霊―――は、拒絶の意をブンドルに送ってきた。
こいつにサイバスターを委ねてはいけない。漠然と思っていただけのブンドルを、その意志は強く後押しした。
ユーゼス・ゴッツォは、今はまだ信頼すべきではない。ブンドルはそう決めた。
だからこそ同行の申し出を断り、ナデシコの行方もぼかしたままにしようと思ったのだが。
そこで甲児が介入してきたのは計算外だった。共に過ごした時間は長くないものの、多少なりとも理解できた彼の性格を考えれば予測できたことではあったが―――

(私は、手を指し損ねたのかもしれん)

その思いを抑えられなかった。もし彼らが戦いに乗っていて、自分達から情報を引き出すために友好的に接したのだとしたら……ナデシコが危うい。
急ぐ必要がある。この位置からなら彼らがナデシコと合流するより、自分達がアムロと―――願わくばアイビスとも―――合流する方が早いはずだ。
こちらが大きな集団となり、彼らより先にナデシコと接触する。
勘という曖昧な理由しか示せない自分よりも、人の意志を感じ取るニュータイプたるアムロならユーゼスの真意を看破できるかもしれない。

(どのみち、もう一度彼らと接触する必要があるか。こんなものを見せられては、な)

モニターに表示されるデータを見て嘆息する。
首輪を解析した結果だ。ユーゼスがあの基地で解析したものらしい。
脱出の際のどさくさで一部が破損したらしく、そのデータは不完全なものらしい。復旧に全力を挙げているとのことだったが、信用できたものではない。
なんとなれば自分に都合のいいように改竄したものかもしれないのだから。
しかし首輪の解除が脱出の絶対条件なのだ、不完全とはいえこのデータを導き出したユーゼスは不可欠な人材ということになる。
これを見せることで、ある程度ブンドルの行動を誘導する。上手いな、と思った。
アムロならこのデータからでも首輪解除の糸口を掴むだろうか? パイロットとしてではなく技術者としての彼に期待することにしたブンドル。

「甲児君、少し急ごう。我々も予定を早めなければならん」
「え? ああ、まあいいけど。……あ、だったらストレーガをサイバスターにのっけてくれよ。その方が速く移動できるはずだぜ」
「却下だ。もし敵に奇襲を受けたとき共倒れになっては目も当てられん。何よりこのサイバスターの上に乗るなど美しくない」
「ちぇっ。ストレーガじゃサイバスターについてくのだって一苦労なのによ……」

愚痴る甲児に微笑を返し、ブンドルも気を引き締める。
既に30人以上の命が失われ、基地でもまた幾人かがその命を散らしたという。他にもこの広大な世界で理不尽な死を迎えた者がいるだろう。
ガウルン、基地を壊滅させたという殺戮者。いずれ討伐に赴かねばならない。
ここから先は一手の打ち損じも命取りになる。ギンガナムの時のように、目前でむざむざと仲間を失うことはもう二度と許さない。

「サイバスター、我々を導いてくれ……この世界を壊し、あの醜悪な主催者を断罪するために」

サイバスターの応えはない、だが構わない。仮初とはいえ、今だけはブンドルがこの美しき白鳥の操者なのだから。
蒼穹を風と雷が駆け抜ける。その行く先に待つのは、果たして―――



【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
 パイロット状態:良好(主催者に対する怒りは沈静、精神面の疲労も持ち直している)
 機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊 ビームナイフ所持
 現在位置:E-6
 第一行動方針:他の参加者との接触
 第二行動方針:中央の市街地へ向かいアムロと合流、その後E-1へ。可能ならナデシコと合流
 第三行動方針:サイバスターが認め、かつ主催者に抗う者にサイバスターを譲り渡す
 第四行動方針:閉鎖空間の綻びを破壊
 最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
 備考1:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能
 備考2:空間の綻びを認識
 備考3:ガウルンを危険人物として認識
 備考4:操者候補の一人としてカミーユに興味
 備考5:ユーゼスが解析した首輪のデータを所持(ただし改竄され不完全なため、単体では役に立たない)】

【兜甲児 搭乗機体:ストレーガ (スーパーロボット大戦D)
 パイロット状態:良好
 機体状態:右肩に刺し傷、各部にダメージ(戦闘に支障無し)
 現在位置:E-6
 第一行動方針:ブンドルに同行
 第二行動方針:ゲームを止めるために仲間を集める
 最終行動方針:アインストたちを倒す 】

【二日目 11:00】


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