168話A「獣の時間」
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三重連太陽系を構成する星のひとつ、赤の星の遺産――Jアーク。
本来の主なき白亜の艦の格納庫に、カタカタとキーを叩く音が反響する。

「これでよし……っと。アムロさん、ガンダムの調整、終わりました」

ガンダムF91から、歳の割に幼さの抜けない顔の少年――キラが顔を出す。
呼びかけた相手は、床に横たわる青いアンチボディ――ネリー・ブレン――の上に立つ青年。
かつて連邦の白き流星と呼ばれた伝説的なパイロット、アムロ・レイ。

「ああ、こっちも終わった。と言ってもブレンは多少の傷なら勝手に治るそうだから、俺がやったのは装甲を磨いたことだけだがな」

アムロは雑巾代わりの布切れを片手にネリー・ブレンから降りた。

「埃を落とした程度だが、喜んでる……無邪気さを感じる。このブレンはまだ子どものようだ」
「アンチボディ……生体メカっていうんでしょうか。僕の世界では考えられない概念です」

感心しきりという体のキラに俺もだ、と笑いかけ、使った道具を片付ける。
アムロがキラ、アイビスと合流した後。
Jアークは集合予定地であるE-3へと移動し、ロジャーの帰還とナデシコの来訪を待っていた。
D-3に留まるよりも、地図を縦に貫く道の方が誰かが通る可能性があると三人の意見が一致したからだ。

機体の整備は終了。酷使したF91のメンテナンスが長引きそうだったのでネリー・ブレンを洗ってやることにしたのだが、思いの他リラックスできた。
予想より時間がかかってしまったが、ともあれこれで首輪の解析に取り掛かれる。
機材に放り込んでおいた首輪を見やる。
トモロがざっとチェックしたところによると、首輪そのものの材質はただの鉄らしい。

やはり怪しいのは内部をスキャンできなかった赤い宝玉。爆発を制御する役割を持っているとすればここだろう。
分解できれば手っ取り早いのだが、最初の場所でアルフィミィと名乗る少女は「力づくで外そうとしたり強い衝撃を与えると爆発する」と言った。
果たしてその条件が死者から取り外された首輪にも適用されるのかは分からないが、一つしかないサンプルを失ってしまっては笑うに笑えない。
現状物理的に外す手段がないとなると、プログラム的な面で攻めるしかない。
禁止エリアに侵入したり24時間の制約があることからして、首輪は単なる時限式の爆弾ではない。
条件を判定するための何らかの発信機なりAIなりが搭載されているのだろう。
それを押さえることができれば、爆発指令を止めつつその間に首輪を解体できるかもしれない。

キラにF91の整備を任せたのは、本人が言うだけありプログラミングがアムロより上手だったからだ。
最終的なチェックはアムロが行うものの、アムロ本人がやるより数十分は早く終わったことは間違いない。
キラなら時間をかければ首輪の解析も可能かもしれない。ここからはその時間をどれだけ取れるかがカギになる。

キラに声をかけ、交代してF91のシートに座る。キラの調整したシステムをチェックしようとして、バイオコンピューターを立ち上げたところ――

「ん? これは……」

数時間前にガウルンと戦ったときと比べ、意識が拡大する感覚は収まっている。
今はあのときのように1エリア全域を知覚するようなことはできない。だが、その知覚範囲の外から何かが向かってくると感じることができる。
その何かの発する気配が大きすぎるのだ。アムロの感覚を遠くまで見える目だとすれば、その何かは山や塔など背の高いものというのが近い。

「キラ、F91を出す。君はブリッジに行ってくれ」

首輪の解析を始めようとしていたキラは怪訝そうに見返してきたものの、何も言わずに走っていった。
彼が格納庫から出たことを確認して、ハッチを開ける。
甲板に出てブリッジに回線を開く。

「アイビス、今から俺の言う方向へ向けて探知波を集中させてくれ。何かが来る」


          □


ナデシコが収束させた重力波を解き放つ。受けるJアークの展開したジェネレイティングアーマーは貫かれ、船体が圧壊していく様を呆然と見つめる。
ダメージリポート――大破。
崩れゆくJアーク。内部から炎が吹き上げ、一際大きな爆発が起こる寸前。

『戦闘終了。アイビス、君の13敗目だ』

無常に告げるトモロ。同時にモニターの中、Jアークの最期の瞬間を示す映像も消える。
言い返す気力も湧くこともなく、アイビスはコンソールに突っ伏した。
戦闘シミュレーション。だがそのあまりにもリアルな光景に、実戦ではなくて本当に良かったと思う。

「無理……私には無理! 戦艦の操縦なんてできないよ」
『たしかに、君には素養がないと言わざるを得ない。ここまで見事に連敗を喫するとは、私の想定外だった』

淡々とした声にさらに落ち込む。元々アイビスは機動兵器乗り、得意分野は高速域での機体制御だ。
戦場全体を大局的に見通すことや、敵の次の手を読んで戦略戦術を構築することなど不慣れもいいところ。
一通りの操縦の仕方はマスターしたものの、いざ戦闘となればやってみせる自信はまったくと言っていいほどなかった。

『さあ、14回目だ。今の戦闘の問題点を踏まえて、最良の判断を下せ』
「あうぅぅ……わかったよ。やればいいんでしょ、やれば」

顔を上げモニターを見据える。相手として選んだナデシコは、この13戦の間一度として轟沈していない。
トモロが思考レベルを高めに設定していることもあるが、やはり畑の違うアイビスには荷が重かった。
それでもやるからには手は抜かない。持ち前の生真面目さからか、意気込んでコンソールへと手を伸ばす。
そしてトモロが戦闘開始を告げようとした瞬間。

『アイビス、今から俺の言う方向へ向けて探知波を集中させてくれ。何かが来る』

アムロから通信。返事をする前にトモロが即座にシミュレーションを終了させ、指示を実行する用意を整えた。
アムロの言う通りに探知波を東……やや南東へと集中させる。しかし、特に何かを検知することはなかった。

「トモロ、何か見つけた?」
『いいや。索敵エリアに反応はない』

アムロの勘違いだろうか。問いかけようとしたところで、キラがブリッジに入ってきた。
どういうことかと目で問いかけたが、彼もわからないと言いたげに首を振る。

『キラ、Jアークを東に向けて移動させてくれ。アイビスはネリー・ブレンで待機だ』
「え、いやちょっと。敵が来たの? こっちは何の反応もないんだけど」
『敵かどうかはわからん。ただJアークの探知波を利用してF91のセンサーで長距離まで索敵したが、何かが来るということははっきりわかった。
 よほど興奮しているのか……荒々しい気配だ。先手を取られる前にこちらから迎えに行きたい』

納得がいき、シートをキラと交代する。そのまま格納庫へ向かうべくブリッジを出ようとしたところで、

『この感じ……俺は、この気配を知っている……?』

そんな、独り言のようなアムロの声が聞こえた。


          □


E-4、一軍が通れそうなほど幅を持つ大道の上で、J[アーク、F91、そしてネリー・ブレンは接近する反応を待ち受けていた。
やがて彼方から一機の戦闘機が姿を現す。こちらから100mほど離れたところで停止し、人型へと変形した。
その変形のプロセスを見て、キラはオーブで交戦した地球軍の新型を思い出す。
知人のオーブ軍人キサカが調べてくれた情報では、GAT-X370――レイダーだったか。
アスランの機体GAT-X303イージスの後継機らしいそれは、イージスをより発展させた可変機構を有していた。
しかし眼前の戦闘機――アムロはバルキリーか、と言ったが――が見せた変形は、更にその上を行っているような流麗さだった。

『こちらはカミーユ・ビダン。戦う気はない。そちらはJアークか?』

少年の声が聞こえる。感じからして自分とさほど変わらない年頃だろう。
そしてカミーユという名前には心当たりがある。アムロが仲間だと言っていた、ニュータイプと目される少年。

『こちらはガンダムF91、アムロ・レイ。カミーユ、無事だったか』
『アムロ大尉!? 大尉もここに来ていたんですか?』
『ああ……まあ、話は後だ。とりあえずJアークに来い。キラ、誘導を頼む』
「あ、はい。こちらはJアーク、キラ・ヤマトです。誘導します、着艦して下さい」

青い機体が着艦する。続いてF91、ネリー・ブレンも。
数分後、ブリッジに四人が集まった。

自己紹介を済ませ情報を交換しようとしたところで、先にカミーユが切りだした。

「早速で悪いんだが、基地へ向かってくれないか? あそこには今主催者の側の敵がいるんだ」
「何? 奴らが介入してきて基地を押さえたというのか?」
「……はい、そうです。どこかへ移動される前に叩かなきゃならない。一人じゃ手に余るから、力を貸して下さい」
「いや、待て。まずは情報を交換してからだ。どのような経緯でそんなことになったんだ?」

カミーユという少年はアムロの知り合いだというから、アムロが会話の進行役であるのは何ら不満はない。
だが、カミーユは敢えてキラを見ないようにしている――そんな気がする。
時折り向けられる視線は鋭いものだ。まるで警戒されているような。

まずアイビスがここに来てからの顛末を語りだす。
途中でアムロと合流し、共闘するようになったくだりで。

「じゃあ、あなたはクワトロ大尉と一緒にいたんですか? それなのに、あの人を守れなかったんですか!」
「……その通りだ。俺のミスだ、済まない」
「あの人が地球圏に取ってどれだけ必要な人だったか、あなただって知っているでしょう! なのに……ッ!」

カミーユが激しくアムロを責め立てる。シャアという人は二人の共通の知り合いで、彼らの世界では重要な人物だったらしい。
アムロは言われるがまま反論しない。仲裁しようと足を踏み出すも、

「待ってよ! アムロは私達を逃がすために戦ってたんだ。悪いのは、助けてもらってばかりだった私の方だ!」

アイビスが割って入った。カミーユは彼女を睨みつけたものの責めはせず、一つ息をついて話の続きを促す。

「彼女たちと別れた後、俺はブンドルという男に会った。お前も知っているだろう?」
「ブンドル……サイバスターに乗ってた人ですね。そういえばマサキが追って行ったけど、あいつはどこにいるのかな……」

カミーユが何気なく呟いた言葉にキラは身を固くした。マサキと言ったが、彼は放送で名前を呼ばれた。聞き逃したのだろうか?
だとすれば、これはキラから告げなければならない。
アイビスとアムロが一通り説明を終えて。
マサキの名前を出した途端、逸らしていた顔を向けられる。
仲間たちと出会い、別れ。誤解からダイやナデシコと戦い。
そしてロジャー・スミスとの交渉の末彼に二つの依頼をしたこと。
ここに多くの人を集め、ナデシコと和解すること。そのために今はロジャーと別行動していること。
その後アイビス、アムロと合流し、今に至るまで。一連の顛末を語り終え、最後に二回目の放送でマサキの名前が呼ばれたことを伝えた。
カミーユは唇を噛み締め、拳を壁に叩きつけた。彼はカズイと会っていたらしいが、これで初期の仲間は全滅したのだ。気持ちは痛いほどわかった。

「……次はカミーユ、お前の番だ。基地で何があった?」

アムロに促され、カミーユが語り出す。
基地に多くの人が集まり、崩壊し、そして彼の仲間がアインストとなったこと。
キラ達がダイ、ナデシコといった戦艦を所有する集団と交戦していた間、あの基地でも壮絶な戦いがあったようだ。
たしかに放置できない事態。キョウスケ・ナンブという男は早急に駆逐せねばならない――だが。

「……悪いけど、今すぐ動くことはできない。ナデシコと和解してからじゃ駄目かな?」
「そんな悠長なことを言ってられる状況じゃない! 今この瞬間にだって、あの人は誰かを襲っているかもしれないんだ!」
「君の言ってることもわかるけど……主催者に繋がる敵なら、それこそ万全を期して当たるべきだ。ナデシコの戦力を加えてからの方がいいよ」
「万全? 話を聞いた限りじゃ、ナデシコを先に撃ったのも、ダイって戦艦を誤解して戦闘を仕掛けたのもお前からじゃないか。それでよく和解したいなんて言えるな。
 大体向こうがそんな相手と対話してくれるって本気で思ってるのかよ。罠を疑って来るかどうかも分からないのに」
「ロジャーさんなら、きっと彼らを連れてきてくれます。その後は……まだ、何とも言えません」
「……話にならない。アムロ大尉、行きましょう。俺とあなただけで十分です」

舌打ち一つ、カミーユは興味が無くなったとばかりにキラからアムロへと向き直った。

「俺にも、基地でブンドルと合流する約束はあるが……いや、やはり今は駄目だ」
「どうしてです!?」
「ブンドルなら基地でそのキョウスケという男に襲われたとしても切り抜けるだろう。その後、彼が目指すのは俺が向かうと言っておいたD-3の市街地だろう。
 サイバスターのスピードなら今頃基地へ到達していてもおかしくはない。生きていれば、やがて落ちあえるはずだ。
 ……こういう言い方はしたくないが、ブンドル一人とナデシコとなら、俺は後者と合流することを優先する。彼もそれを望むだろう」

しかしアムロは断った。ナデシコとの交渉の時、彼がいてくれれば心強い。その申し出はありがたかった。
カミーユは苛立った様子で足元を蹴りつける。

「だったら、結構です。他の人を探しますから」

言い捨て、ブリッジから出て行こうとするカミーユ。キラは慌ててその前を塞いだ。

「どこに行くんですか!? 一人で行動するのは危険ですよ!」
「俺がどうしようとお前には関係ないだろう」
「待て、カミーユ。俺が基地へ行かないもう一つの理由はお前だ。少し冷静になれ」
「俺は落ち着いてます!」
「そう見えないから言ってるんだ、ここに来るまでにだいぶ消耗しているだろう。そんな状態では誰と戦っても勝てる見込みはないぞ」

そう、傍目から見てもカミーユは憔悴している。なのに意識だけがギラギラと研ぎ澄まされているような、危険な状態だ。
それは自覚していたのか、押し黙ったカミーユ。一つ息をついて、

「補給したら適当にどこかで休憩を取ります。それでいいでしょう」
「休憩するなら、ここで」
「お断りだ。アンタ達の夢みたいな理想論につき合う気はない」

アイビスの提案をばっさりと切り捨てて、キラを手で押しやるカミーユ。
背中を壁にぶつけた痛みよりも、気になったのは。

「理想論……かな?」

呟いた言葉を聞きつけたのか、カミーユが振り返った。

「たしかに皆が手を取り合えるならそれが一番いいさ。でもこの世界では弱ければ死んでいくんだ。必要なのは、理想を叶えるための力だ。
 ただこうしたい、ああしたいっていう言葉じゃない。もしナデシコが来たとして、交渉が決裂したらお前はどうするんだ?
 相手は撃ってくるのに話し合いましょうって言い続けるのか? 違う、守るための力は必要なんだ。たとえそれが、誰かの命を奪う力でも」

一気にまくし立てられる。それはキラがここに来る前からもずっと考えていたことでもあった。
守るための力は必要――その通りだ。和解だ交渉だと言ったところで、それを言う前に倒されては何の意味もない。
だからこそ――

「……じゃあ、カミーユ。僕にその力が、理想を叶えるだけの力があるって証明できれば、協力してくれる?」
「何?」
「君と戦って、殺さずに止められるかどうか。僕が勝ったら、一緒に来てほしい」

考えるより先に口が動いた。
戦いたい訳ではないが、今の彼とわかり合うためにはそれが必要な気がしたから。

「アムロさん、F91を貸して下さい。Jアークはさすがに使えないから」
「ちょ、キラ!?」
「……いいのか? 何なら俺がやってもいいが」
「いえ、僕がやらなきゃいけないことですから。……どうかな、カミーユ?」
「いいさ、やってやる。俺が勝ったらこのまま基地へ向かってもらうぞ」
「うん、わかってる。君一人を説得できないようじゃ、ナデシコと和解するなんて無理だろうしね」

こうして、急遽キラとカミーユの模擬戦――使うのは実弾だが――を、行うことになった。


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