168話B「獣の時間」
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場所は変わってD-3市街地。キラがラクスの眠る場所を戦場にするのは嫌だという訳で移動したのだ。
補給ポイントにてVF-22Sの補給が完了。これで準備は整った。
振り返れば白い小型のガンダム。カミーユの愛機Zガンダムより二回りは小さいが、変形せずに飛行するところをみるとよほど高性能のようだ。
アムロはJアークにて周辺の索敵を担当している。横槍を入れてくるものがいないかどうか警戒するためだ。
アイビスという少女は自分の機体で待機している。念のためと言っていたが、キラの援護をするためだろうか。
「いつでもいいよ」
当のキラから通信が入る。
これから戦うというのにその顔には特に気負った様子もなく、少なくとも自分と同じかそれ以上の戦闘経験があるのだと感じさせる。
操縦桿を握る腕に力がこもる。
先に交戦したワイズマンやテニア、模擬戦とはいえある意味彼らと戦ったとき以上に負けられない戦いではある。
「すぐに終わらせてやる」
呟いて、機体を加速。
あの機体は本来アムロの乗機らしい。この先基地に向かうことを考えると、不用意に傷つけるわけにはいかない。
バトロイド形態のまま市街地を駆け抜ける。
F91がビームライフルを掲げるのが見えた。咄嗟に廃ビルの陰に機体を潜り込ませる。
閃光は虚空を貫き、後方のビルに直撃。大穴を開け、粉塵をまき散らした。
どうやらあのライフルはカミーユの体感してきたものとは次元が違う。Zのビームランチャー並とまでは言わないものの、一発でもまともに受ければそこで終りだ。
ビル陰から躍り出る。
すかさずビームが飛んできた。ピンポイントバリアを左腕部に集中させ、簡易シールドとして用いる。
力場にビームが衝突。だが、圧縮された力場はなんとかビームを弾いてくれた。
右腕にガンポッドを構え射程内に入るまで前進しようとしたとき、F91の両腰に新たに砲身がせり出しているのが見えた。
その間も変わらずライフルの砲撃は続いている。バリアを強め、構わず突っ込む。
F91の砲身が輝きを灯す。
ぞくり、と背筋を駆け上がった悪寒に突き動かされ、バリアを機体側面に展開しそのまま左手のビルに突っ込んだ。
舞い散るガラス、崩れたビルの残骸の中で衝撃に呻くカミーユの視界いっぱいに、純白の光が満ちる。
傍らを駆け抜けたビームはさっき破損したビルにまたも直撃し、だが今度はその後方のビルいくつかまでも諸共に消し飛ばすのが見えた。
凄まじく高出力のビームだ。あれはいかにバリアを集中させても防げない。
が、一度見たからにはそう易々とは当たるわけにはいかない。
発射されたと認識してから回避できたところからするに、弾速そのものは速くはない。
そして腰部から回転するようにせり出した砲身は、その構造上腰から上は狙い撃てない。
ならばとビルから飛び出しざまファイター形態に変形、瞬く間に空へと駆け上がる。
十分な距離を取ったところでバトロイドへ。太陽を背にオクスタン・ライフルを構え、地上のF91を狙い定める。
モードB、実体弾をセレクト。
F91はヴェスバーを納め、ビームライフルを片手にジャンプ。高架の上に陣取り、迎撃の態勢を見せた。
実体弾とビームが交錯する。
陽光に目が眩んだか、先程より狙いが甘い。バリアを使わずとも回避できた。
対するキラも、巧みに機体を操り弾丸を避けていく。地上での加速性能はバトロイド形態のVF-22Sより上かもしれない。
この距離ならビームライフルの回避は容易いとわかった。ライフルをモードEに変更、余裕を持ってチャージを開始するカミーユ。
と、F91が大きく後退する。そして高架の端に来たところで、猛然とダッシュをかけた。
そのままくるりとターン――地面と水平に。背面跳びの姿勢のまま、高架の上をなぞるように滑空していく。
何を、と思った瞬間に気付く。ヴェスバーがこちらを狙っている!
だがカミーユは、あの低速のビームならかわせると判断しチャージを優先。
動きの止まったVF-22S目掛け、F91のヴェスバーが解き放たれる――細い針のような、高速のビームの嵐。
「うわあっ!?」
全身を包むよう展開していたピンポイントバリアを貫かれ、張り出した肩の装甲が吹き飛んだ。
衝撃に機体が傾ぎ、チャージ中だったオクスタン・ライフルが手からこぼれ落ちていく。
カミーユは自分の認識の甘さを思い知った。
あの武装は低速・高出力のビームだけでなく、高速で一点に集中された貫通力の高いビームも撃てるということか。
そして、キラ・ヤマト。あの不安定な姿勢から、上空の点のようなVF-22Sを正確に狙い撃ってきた。
こいつは――強い。遅まきながらもそう思い、気を引き締め直す。
しかし、そんな思いは霧のように掻き消える。F91が落下するオクスタン・ライフルを拾い上げ、構えるのが見えたからだ。
チャージ中だったライフルの出力は既に臨界目前にまで達していた。
数秒間を空けた後、赤い閃光がカミーユ目掛け放たれた。ビームの濁流が迫る、だがそんなことよりも――
「――お前が、それを使うなッ!」
意識が赤い靄のようなもので塗り潰された。
キョウスケから託されたものを、撃ち貫く槍を――俺に向けるのか、と。
脚部のスラスターを全開にし、弾かれるようにビームを回避する。
無理な姿勢での強引な機動に一瞬気が遠くなる。
だが沸き上がる怒りがそれを封殺し、腕は考えるより早く操縦桿を倒す。ファイターへと変形、F91に向けて逆落としに突撃していく。
威力がありすぎるのを嫌ったか、F91はモードBにて迎撃を図る。
相対的に凄まじい速度になった弾丸を、だがカミーユは、
「当たるものかッ!」
機体を僅かにロールさせ、弾丸の通り道を開けてやるようにかわしていく。
弾丸と弾丸の隙間を縫うように――ただの一発も被弾しない。
一気にガンポッドの射程に入る。だが、カミーユはそれを使わない。
激しく揺れるレティクル、その中央のF91目掛け。
寸前でガウォーク形態に変形、体当たりを仕掛けた。
「それを……返せぇッ!」
激突の瞬間、F91が一瞬早く機体を引いた。
F91の頭部のバルカン砲が展開するも、撃たれない。
この距離で撃てば確実にカミーユのいるコックピットへ直撃する。機体の接触を通し、キラの躊躇いの声が聞こえた。
その隙を見逃さず、VF-22Sは左手でライフルを掴み、残る右手で思い切りF91を殴りつけた。
胴部を強打され、F91が吹き飛んで行く。
カミーユは追わず、バトロイドに戻した腕でライフルを構える。チャージした分のエネルギーは3割ほどしか消費されていない。
離れていくF91に向けて叩き込む。もはや手加減や機体を傷つけずに、などという考えは失せていた。
F91が着弾の寸前、右腕を突き出した。手甲の部分が輝き、ビームで形成されたシールドが展開する。
VF-22Sのピンポイントバリアと似たようなものかと推測。だが関係ない――破壊するだけだ。
ライフルを落とし、両腕にガンポッドを構えた。噴煙の中うっすらと光るF91のシールドへ向けて、乱射する。
風が煙幕を吹き払う。F91は地面に膝をつき、なんとかシールドの範囲内に機体全てを納めていた。
完全に捕らえた、これでF91は一瞬でもシールドを解除すればズタズタに引き裂かれる。
模擬戦ならば勝ったとみていい状況で、しかしカミーユの引き金を引く指は固まったかのように動かない。
時折りビームライフルを握る腕を突き出し、牽制の砲撃を返してくるからだ。
F91はまだそこにある。キラはまだ生きている。
なら、破壊するだけだ。カミーユの目の前から、意識から、記憶から。ただの一つの欠片もなく、完全に消え去るまで。
一枚の絵画のように静謐に、ただひたすらに撃ち続ける。
□
「ねえ、止めた方がいいよ! これ模擬戦なんかじゃない! 二人とも本気で戦ってる!」
Jアークのブリッジに、アイビスの焦りに彩られた声が響く。
アムロの見つめるモニターの中では白と青の機体が激しく砲火を交わしている。
その一射一射にひやりとする――直撃すればただでは済まない威力。
アムロとしても、これ以上続けさせるべきではないか、とは思う。だがもしここで止めれば、カミーユは即座に行方を眩ますだろう。
今の彼を一人にはしておけない。さりとて、シャアを死なせた自分の言葉は、カミーユには届かない。
キラに任せるのは大人として心苦しいが、この中でカミーユの気持ちが一番理解してやれるのもキラなのではないかと思うのだ。
歳の近さ、戦いに身を投じるようになった環境、経緯。そしてここに来て大事な人を失った悲しみ。
アムロならある程度心の奥に沈めておけるそれも、未だ若い二人には酷なことだろう。
鬱憤を吐きだす意味でも、秘めた思いを全力でぶつけあうことは有効だ。
ただし、命を奪わない範囲では、だが。
カミーユはともかく、キラも引きずられて熱くなっているように見える。やはりここは止めるべきか――
『ミサイルランチャー、反中間子砲ともに補給は完了している。いつでも介入は可能だ』
トモロの声。彼もやはり静止すべきと考えているのか。
「……アイビス、待機だ。横槍を入れるなよ」
「ッ、アムロ!」
「キラを信じろ。彼なら負けはしない……最悪の結末は来ないと信じるんだ。トモロ、砲撃準備は解除だ。二人の気を散らすな」
逡巡を呑み込み、指示を出す。了解、とトモロ。続くアイビスの声は納得などしていないようで、何故だと必死に問いかけてくる。
「俺達はキラの理想を信じてここにいる。これはキラの力と想いを試す試金石でもある。
正義のない力がただの暴力であるのと同じように、力のない正義はただの理想論だ。どちらが欠けてもいけない……」
もしここでキラがカミーユに破れる、あるいはカミーユを殺してしまうようならこの先で生存者をまとめていくことなどできるはずもない。
カミーユほどその力を見知っているわけではないが、それでもアムロは信じられると思っていた。
キラはまだ16歳という若さで戦うことの重さを知っている。かつて自分も通った道、その辛さは誰よりも知っているつもりだ。
だからこそ、彼と戦うことでカミーユにも新たな道が開けることを望む。
見守ることしかできない自分に歯痒さを感じつつも、アムロは拳を握り締めモニターを見つめ続けた。
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