170話A「Lonely Soldier Boys &girls」
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ナデシコの一室。やたらと散らかった部屋に、無造作にしかれた布団。
そんな汚れた暗い部屋に、シャギアは一人座り込んでいた。
疲れからくる頭痛から、仮眠をとるとガロードたちをごまかして部屋に引きこもっている。
ガロードが怪しむのをさけるため、マジンガーZを回収する時――
つまりガロードがマジンガーZを取りに出た時から、シャギアは一歩もこの部屋から出ていない。
ある意味、マジンガーZをとる必要があったため、ガロードの目が自分から離れたのは僥倖だったかもしれない。
現在、ナデシコは順調に、目的エリアへ西に走っている。
東へ走り光の壁を越えてもよかったが、基地から北上するテニアとの合流の兼ね合いで、そちらから進んでいる。
考えることは、同じこと。似たようなことばかりを延々と考えていた。
本当に、奴等は死者を蘇生する力を持っているのか?
持っているとして、それを本気で叶える気はあるのか?
持っているとすれば、それはどういった方法?
何をどうすることによって死者蘇生の事象を起こす?
奥歯をきつくかみ締める。
もし、もしもあの少女が目の前にいたとして、仮に疑問をぶつけたとしよう。
相手はなんと答えるか。考えるまでもない。彼女は、笑顔で答えるだろう。
――もちろん全部できますの。だから………
壁を思い切りシャギアは叩いた。
だから、安心して殺しあってくださいの。
そう、こう言うに違いない。自分が逆の立場なら、まったく同じことをしただろう。
甘言をささやき、人を殺し合わせ、最後の一人という悪夢へ誘う。
その言葉を確かめるすべはない。裏を取ることは不可能。自分で、判断するしかない。
もし、死者蘇生が何らかの装置を伴って行われる行為ならば?
このままナデシコで行動し、奴等を撃破。しかるのち、その装置を使いオルバを蘇生する。
いや、最悪最後の一人の一人になり、奴等の下僕としてオルバを蘇生させることもできる。
無論その後は、連邦政府の時のように顔を下げ、奴等の首を駆るときを待つ。
いや、これは駄目だとシャギアは首を振る。
確かに、奴等は人体を治す力を持っている。
下半身不随で車椅子生活を余儀なくされていた自分が、こうやって歩いていることこそ、その証明だ。
奴等の技術が自分たちのような誰でも使える科学的、機械的なものとは思えない。
解析しようとしていた首輪に目を落とす。どう見ても、自分の知る科学技術系統のものではない。
むしろ、ひどく生物的だ。最初の巨体の異形の力もそういう系統から起因しているのではないか。
「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」とは言われるが、
そういう次元のものではない、と本能的にシャギアは理解した。
結局、疑問は最初に戻ってしまう。
いつの間にか喘ぎ気味になっていた呼吸を整える。
基準がほしい。なにか、明確に行動するための基準が。
いつも繋がっていた兄弟という支点を失い、初めてシャギアはこの殺し合いの闇を意識した。
どちらに踏み出すべきなのかが分からない。どちらが最善の一手なのか見えてこない。
このまま、オルバの蘇生がまず不可能な脱出を目指すのか。
それとも、オルバを蘇生できるのか、してもらえるのか分からない優勝を目指すのか。
もう、シャギアの中で、どのようにこのゲームのを終わらせるかはたいした問題ではなかった。
どうするれば、一番オルバを確実に生き返らせることができる?
いつもは、シャギアがオルバをいさめることが多かった。
しかし、そう頻度が多いわけではないが、焦るシャギアをオルバをいさめることもあった。
サテライト兵器の時、焦る自分へまだチャージが足りないと、オルバが自分に忠告したことをふと思い出す。
どちらかが、どちらかに何かするのではない。お互いが、すべてにおいて支えあっていたのだ。
常に繋がった精神感応の力で。どんなに離れた場所であっても。
それが断たれた。
無意識に、頭を抱えるようにかきむしっていたことに気付き、手を頭から離す。
いつもそろえられた髪が乱れていたが、それを気にする余裕はシャギアにない。
「すべては、後回しだ……」
一人呟く。そう、すべてはひとまず棚上げだ。
確定している、やらなければならないことは何だ? この喪失感の何億分の一でも埋めるために必要なことは何だ?
あの蒼い機体に乗るパイロットとフェステニア・ミューズを殺す。
確実に殺す。絶対に殺す。これだけは自分の手でやらなければならない。
自分が何を奪ったのか、理解させたうえで、何をしてでも殺す。
ふと、甲児君に、比瑪君に、自分のやろうとしていることを打ち明けてはどうだろうか、と考えがよぎる。
小さくシャギアは頭を振った。あの二人は、何の事情があろうと殺すことをよしとしないだろう。
それどころか、テニアの言葉を信じ、あれが人殺しであることを信じようとすらしないかもしれない。
自分が、やらねばならない。
二人を……話し合いの場まで、そう、「駒」として……生き延びさせるためにも、自分のためにもやらなければいけない。
誰の助けもいらない。理解されようともかまわない。自分ですべて完遂する。
この先を決めるのは、それからでいい。
決断を先延ばしにする後ろ暗い安息と、一時的には言え自分を支える支点を築くことで、
シャギアは自分を奮い立たせる。
だが、しかし彼は気付いていない。彼は、「駒」と呼んだ者たちを気遣ってしまっていることに。
ブリッジから通信が入る。
映し出された映像には、ベルゲルミルが写っていた。
◇
一方、こちらはナデシコのブリッジ。時は少しさかのぼる。
ガロード、バサラ、比瑪の三人は、周囲を警戒しながらも、ごそごそと何かをやっていた。
『これで本当に声が戻るのか?』――バサラの筆談。
明らかに疑った顔で、バサラはガロードの持ってきた、銃のような形をした注射器を凝視している。
「声が戻るわけじゃないけど……多分、歌えるようになると思うよ」
「とりあえず、やってみましょ!」
バサラは恐る恐る注射器を二の腕に押し付ける。二人の顔に、明らかに悪意はない。
それに、自分をどうにかしようとするなら、あれほど気絶している時間があったのだ。
わざわざ目が覚めてから、こんなもの押し付けてどうにかしようとするとは思えない。
チクリ、と挿す感覚。そのまま、じっとしているが……何か変わった様子はない。
特別体が痛んだりもしないが、よくなる兆候もなし。
「……ッ!?」
声の出ない喉から、息が漏れる。よく見れば、手の甲には、よくわからない印ができていた。
それを見た比瑪とガロードは、今度はシールみたいなものを取り出し、突然バサラの喉に張った。
突然のその行動に、当然バサラは反射的に抗議の声を上げる。
「ナ……ニッ!?」
当然、口は動くが喉からはかすれた息が漏れるだけだ。それを改めて理解し、肩を落とした次の瞬間。
『俺に何をした!?』
自分の声が、スピーカーから流れ出した。思わずスピーカーを見て目をむくバサラ。
その後ろでは、比瑪とガロードが「イェイ!」とハイタッチをしている。
「…………」
『おい、これはどういうことなんだ?』
口を動かす。すると今度はタイムラグなしで正確に自分の声がスピーカーから発される。
TVが突然チャンネルセットされ、謎の映像が流れ出した。
3、2、1、ドッカーンと気の抜けるエフェクトののち、金髪の女性が映し出される。
『説明しましょう! もともと、IFSは人体の感覚をエステバリスなど有人機にフィードバックする機構。
つまり、これを利用すれば、何らかのサーバさえあれば擬似的に五感を再現することもできます。
逆を返せば、失われた人体の機能を、幻視痛のように返すことで再現することもできるというわけね。
今回のケースの場合、IFSから喉の装置を通し、喉の筋肉、骨格などから元の声を算出。
その後、変化からなんという言葉をしゃべりたいか逆算し、スピーカーから生み出しているわけ』
そこまで言って、映像はプツンと切れる。
『あの金髪のおばさんはなんだ?』
「……よくわからないけど、説明するときだけ出てくるようになってるみたい」
「便利か不便かよくわからないな、それ」
ともかく細かく聞けば、比瑪もガロードも、IFSを撃てば、もしかしたら通信も可能になる上、
そこから文字を画面に直接表示できれば意思疎通も楽になると思ってやってみたわけだ。
結果は、どうやら彼らの予想以上の結果に終わったのだが、そういうものなら事前に少し言ってほしかったと思ったバサラだった。
だが、そんな事は些細なことだ。
今の自分は、喋れる! 機械を通してとはいえ、声が戻った!
唄を歌うものとして、少し思うところもあったが、今は声が出ることを純粋に喜びたかった。
バサラは、どこからともなく相棒を引っ張り出すと、それをかき鳴らす。
『一曲と言わずいくぜ! 俺の歌を聴けえぇぇぇぇ!!』
この戦艦のAI、オモイカネが、エレキギター以外の楽器の音を控えめながらも演奏する。
自分本来の声ではない。ミレーヌのような自分本来の仲間たちではない。
しかし、それでもバサラは歌う。
眠っていた時間を取り戻すように、歌えなかった時間を取り戻すように。
ベルゲルミルがレーダーに映り、彼が歌い終わるまでそれは続いていた。
◇
「あ! いた!?」
テニアは、対岸にいるナデシコの姿を確認し、再度飛行を開始する。
思ったより早く合流できたことに、わずかに安堵を覚える。まだ、ベルゲルミルは完全に再生していない。
残っている傷跡は、如実に誰かに襲われたことを示していた。
その傷は、エネルギー兵装しか持たないディバリウムではつけることはできない傷だ。
おそらく、この姿を見れば向こうは心配するだろう。そして、疑うことなどしないだろう。
ふらふらとナデシコへ飛ぶ。すると、むこうからの通信が入った。
「テニア、どうしたの!?」
映るのは、心配そうな顔をした比瑪。怪しんでいる様子はない。
自分の思うとおりだと内心笑いながら、テニアは泣きそうな顔をして見せた。
「基地に……基地にとんでもない化け物がいて……」
そこで、いったん言葉を詰まらせる。それだけで、比瑪は悲しげな顔をした。
横からは、前拾った眼鏡の男と、統夜より少し下くらいの知らない少年が映っていた。
「オルバが……基地に残ってるんだ! 先に逃げろって……」
途切れ途切れにそう伝える。目を見開く眼鏡の男と比瑪と……一人眉をひそめる小年。
「オルバが? 残るって言ったのか?」
明らかにオルバを知っているとしか思えない口ぶりで、少年は言う。
こいつ、明らかに怪しんでいる。態度からそれが見て取れた。だが、今説明を変えるわけにはいかない。
涙を目元にたっぷりうかべ、テニアは絶叫する。
「そうだよ! 急がなきゃ……急がなきゃオルバが死んじゃう!」
そうこういっている間に、ナデシコの格納庫は目の前だ。
甲板の上におかれたヴァイクランの下をくぐり、格納庫にベルゲルミルが入る。
あえて、ショックを受けていることを見せるため、コクピットから出ない。
そうこうしているうちに、映っていた三人が、格納庫へやってきた。
「テニア……大丈夫?」
比瑪が、ベルゲルミルの足元から、テニアを見上げる。
発作的に、このまま踏み潰したいと衝動が沸くが、それを抑える。背を押すのも、踏み潰すのもまだ先だ。
ゆっくり、降りる。そして、顔を手で押さえる。心配そうに、男たちも寄ってくる。
シャギアの姿はない。いったい、どこにいるのか。
まあ、それは後回しでもいいか。
手を肩にかけてくれる比瑪に、もう一度基地に向かうように告げようとする。
そのときだった。
「茶番はそこまでにしてもらおうか、フェステニア・ミューズ」
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