170話B「Lonely Soldier Boys &girls」
◆ZqUTZ8BqI6



びゅう、と格納庫に風が入り込む。
風の元を見ようと振り向くと、格納庫のハッチが開いていて……え?

隙間から入り込んだのだろう。そこには、数mはある巨大な機械が浮かんでいた。
つけられた銃口は、間違いなく自分を捕らえている。これは、シャギアのヴァイクランのガンファミリア?
でも―――

「ど……どうして?」

もれる呟き。さっきの声は、シャギアの声だった。
シャギアの姿はなかったが、どこかで通信を聞いていたのだろうか。
だが、そうだとしても自分がオルバを切り捨てたとわかるようなことは口にしていない。
死んだ、とすら言ってない。戦っているのだから迎えにいってほしいと自分は言ったのだ。
疑われることはあっても、シャギアの理性を決壊させるような要素はなかったはず。
だというのに、どういうことなのか。

「ちょっとシャギアさん! なに!?」

怒った調子で、銃口から自分をかばうように胸をそらし比瑪が立つ。
あいかわらずの甘さ。それに隠れる自分。比瑪の背中にすがりつく。
しかしシャギアの声の調子も、銃口も何も変わらなかった。

「どいたほうがいい。 そこにいるのはオルバを殺した張本人だ」

瞬間、時が凍る。誰もが「え?」という表情を浮かべている。
どうしていいのかわからず固まった格納庫にいる全員を無視し、シャギアは語る。

「お前は知らなかったろうが、我ら兄弟は、ニュータイプよりも強固な心のつながりを持っている。
 兄弟どれだけ離れていようとも、何を見て、何を感じ、何を考えていたのか、お互い知ることができる」

シャギアが放つ疑問の答え。それは、予想もできない真実だった。
嘘だ、と言いたい。けれど、口ぶるが震えて言えなかった。
そんな嘘みたいな魔法の力、あるはずがない。そんなもの、そんなもの……

「我らがこの殺し合いに参加させられたとき、即座に合流できたのはその力のおかげだ。
 信じられないか? だが事実だ……そこにいるガロード・ランに聞いてみるといい」

銃口が、わずかに右に揺れる。
それにつられてテニアも視線を動かす。そこには、先ほど自分を疑うような目を向けていた小年。
彼が、ガロードなのだろう。

「ああ、そうだ。フロスト兄弟は、そういう力を持ってた。同じ世界で、そのせいで何回も手を焼いたんだ」

さらに、シャギアは続ける。
戦闘での、彼らの完璧なコンビネーションも、そこから起因するものであることを。
その力があったがゆえに、逆に世界から虐げられることになったことも。

動けない。
もし、一歩でも比瑪の影から出れば、シャギアはその瞬間自分を撃つだろう。
さっきよりも硬く比瑪をつかむ。

「理解したか? つまり、私は知っているということだ。
 お前が、あの蒼い機体を相手に、オルバを切り捨てたことも!
 ロジャー・スミスと会ったことも! 全て! 知っているということを!」

ついに、シャギアの声は怒声へと変わっていた。最初の、どうにか押さえている調子ではない。
完全に、切れている。そして、最悪なのは、シャギアの言っていることが全て事実であるということだ。
自分しか……いや、自分とオルバしか知りえないはずの出来事を、克明にシャギアがさらす。
間違いないのだ。こいつは知っている。自分が何をしたか知っている。された側が……オルバが何を考えていたかまで。

「分かるか!? オルバ最期に送ったのだ……『兄さん助けて』と! そして、お前が何をやったかを、我々のために!」

横を見る。眼鏡の男は、ギターを握り締め、腕を震わせている。自分のやったことに怒っているのだろうか。
ガロード・ランと呼ばれた小年は、いつでも動けるように構え、敵意の目を向けている。
きっと、見えないけれど比瑪も同じような顔をしているだろう。

最悪だった。
カミーユにもばれた。ロジャー・スミスは、自分を疑っていた。Jアークもそうだ。
そして、最後の砦のはずだったナデシコまでが、ついに墜ちた。
残りの知り合いは……ガウルンが、自分を助けてくれるはずがない。カティアも、メルアも逝った。
一人ずつ、頭に思い浮かべる顔に、バツ印が刻まれる。

そして最後に残ったのは、統夜だった。

――そうだ、統夜が自分にはいる。

最後の最後に残った、自分の想い人の顔が浮かぶ。
ここにいるのは自分の知る統夜ではない。それでも、統夜の人柄は知っている。
統夜なら、統夜一人でも仲間にできればなんだってできる。

そう想うだけで、くじけかけた意思が振い立つ。

もう、駄目かもしれない。けど、最後までやってやる。あきらめたりするもんか。
ここに来て、何回ピンチを乗り越えてきたか。何をやってきたか。
絶対に、くじけない。挫けてたまるか!

まずは、比瑪を人質に取る。その上で、どうにかこの場を切り抜ける。
どう考えても穴だらけだ。シャギアがだからどうしたと引き金を引く可能性もある。
それでも、やらないよりは百倍ましだ。

そう思い、目の前の比瑪の首に手を回しそうとして、


「めぇ、でしょーっ!!」


比瑪の声が響く。さらに、突然スピーカーから耳をつんざく音楽が溢れた。
たわみがなくなるか分からず、惨事につながりかねない張り詰めていた空気が、僅かに緩む。

『少しは、落ち着いたかよ』

スピーカーから流れる男の声。ギターを掻きならした男のそばのスピーカーが音の出どころだった。
明らかに、オモイカネの声ではない。

『悪い、喉がすこし悪くてな。機械の音で』

どういう理屈か知らないが、髪を立てた眼鏡の男の声がスピーカーから流れているらしい。
突然歌い出すなんて、いったい何のつもりなのか、意図がまったくうかがい知れないことをやらかした男。
今では憮然とした顔で落ち着き払っている。

『殺したからって殺し返すなんてくだらねぇ……それに本当に死んでるかまだわからねぇだろ』

テニアは、知らない。
この目の前にいる男、熱気バサラのその言葉は……かつてアスラン・ザラにも送られた言葉であることを。

「シャギアさんも、落ち着いて。ねえ、テニア。何があったか、教えてくれない?」

顔をあげる。そこには、自分の顔を覗き込む比瑪の顔があった。
自分が想像したような、軽蔑や疑惑のこもった目ではない。人を信じて疑わない温かい瞳が、じっとテニアを見つめている。

――ああ、そうか。

ギターの男も、比瑪も、テニアのことを疑ってない。いや疑っているかもしれないが、悪意を向けはしない。

「シャギアさんが言っているも本当なのかもしれない。けど、なにかテニアにだって事情があったのかもしれない。
 一方的に言いきって終わりにしようなんて、絶対に駄目でしょ!」

比瑪は、今にも熱線が放たれそうな銃口を見つめ、凛とした声で話しかけている。
朝日を一緒に眺めた時と同じ、小さな背中が視界に広がる。でもその背中が今ではとても広く見えた。
どうもおかしなことになっている。あの時と同じようにそう思った。

宇都宮比瑪というこの少女の独特な雰囲気に、ペースが狂わされている。

こんなときでも自分をかばってくれる比瑪。そんな比瑪を見て……テニアは決断する。

思い切り、比瑪の首に腕を巻きつける。少し背伸びする形になったが、自分のほうが力は上だ。

もしナデシコの誰かを殺したとして、それを知ったら比瑪は泣いて悲しむのだろうか。
それはちょっと嫌と思った。あの顔には笑っていて欲しい、そんな感情は嘘じゃない。
お人好しなんだ。誰も彼もがお人好し過ぎるんだ。

だから――比瑪を殺そう。

仲間の死を知って、自分の裏切りに気づいて、比瑪の顔が悲しむことはないように。
彼女は幸せなまま逝く事が出来るように。 今じゃその思いも無理かもしれないけど。
それでもできることをしよう。
最初に殺す。それがテニアの出来る彼女に対する精一杯の恩返し。

「おのれ……! 比瑪君を放せ!」

シャギアのあせる声。しかし、私は無視して、比瑪を引きずるようにベルゲルミルへにじり寄る。
比瑪が何かを言っていた。――ひとつも悪いことは言っていなかった。ただ、理由を問うていた。
泣きたくなる。けど、まだそれはできない。

あと、ベルゲルミルまであとちょっと。
男たちはこちらの行動に動きかねているのか固まったままだ。

あと、少し、あと少しで届く。昇降用の足場つきのワイアーまで。

あと3m。

「くっ……!」
ガロードという少年の歯軋り。

あと2m。

『………』
無言を貫くギターの眼鏡の男。

あと1m。

「ペガアアアアアアアアアアアッスッ!」
シャギアの、叫び。――叫び?

「ラー……サー」

きしむ歯車の音。鳴り響く機械音。油圧の変化で起こる独特の音。

それらが、真横から聞こえる。テニアが振り向くのと、彼女が弾き飛ばされるのは同時だった。

「ペガスは、自己の主を自動的に守るようにプログラムされている。呼びかけなければ行動できないが、
 呼びかけさえすれば……最後に乗っていた今の主である比瑪君を守るため動き出すのは当然ということだ」

比瑪の横で、腕を張り、力強く大地を踏みしめる小型ロボット。
まさか、最後の最後でこんな切り札をシャギアが持っていたなんて。
二重三重、いや四重五重にシャギアのほうが策士として格上であることを思い知る。

「お前はこのナデシコに帰ってきたときから……いやオルバを殺したときから詰んでいたのだ!」

ガンファミリアがこちらに銃口を向けるべく動き始める。
この程度であきらめるか。それでもテニアはあきらめずにベルゲルミルへ走る。

「駄目ッ!」

比瑪の叫び。比瑪がこちらへ走ってくる。
だが、明らかに遅い。ベルゲルミルにつくのも、比瑪を盾にするのも、間に合いそうにない。
はるかに銃口が火を噴くほうが早い。


「こんなんで死ぬもんかっ! 私は! 統夜と幸せになるんだぁぁああああああっっっ!!」


その言葉を最期に、次の瞬間一人の人間が、灰になる。


そう、



C-Part