171話A「遺されたもの」
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タービンが猛回転し、伸ばした左腕が天井を砕き抉る。
ほどなくして、騎士凰牙は薄暗い地下通路から青空の下へとその身を晒す。
ソシエは傍らのロジャーに目をやった。浅い呼吸を繰り返す彼は、しばらく起きそうにもない。
ロジャーは気絶する前に南西に向かえと言っていた。
久々に思う存分機械人形を動かせると幾分高揚しつつ、現在位置を確認するためぐるりと辺りを見回したソシエの視界に巨大な影が飛び込んできた。

先頃交戦した、無敵戦艦ダイ。その残骸が――

そういえばロジャーからこの機体の説明を聞いた――無理やり聞きだした――とき、補給を行う際は通常の補給ポイントではなく専用の電池を用いるということだった。
ロジャーが携帯していた巨大な電池は四本。現在のエネルギー残量からして補給を行っておくのは妥当ではある。
が、手持ちの電池を消費すればそれだけ継続して動ける時間は短くなる。
ここはロジャーが一時身を寄せていて、予備の電池を置いてあるという話のダイに立ち寄っておくべきだとソシエは判断した。



近寄って見上げてみれば、酷い有様だった。
二匹の怪獣の上に要塞が設置されたその巨体も、今は艦橋部分は切り刻まれ、主砲は半ばから砕け落ちている。
最も目を引く怪獣も、右の方は頭自体が消し飛んでおり、左の頭は原形こそ保っているものの傷だらけだ。
八本ある足も二本が欠落し、他にも至るところで損傷が見て取れる。
素人目にももはやこの戦艦は死んでいるのだと知れた。
おそらくは、動かしていたパイロット――艦長もまた。

「ごめんなさい……と言うのも今さらよね。私達が来なければ、こうはならなかったんだし」

半日というほど前でもない戦闘を思い出し、沈む気持ちを頬を張ることで叱咤する。
今は後悔している時間ではない。騎士凰牙もダイの巨体によじ登らせ、格納庫があると思われる位置を探す。
タービンが唸りをあげて、隔壁を粉砕。ダイの内部に通じる穴が空いた。
だだっ広い格納庫へと足を踏み入れ、周囲を探索する。やがて騎士凰牙が携帯するものと同型の電池を発見した。
片腕に手間取りつつも、滞りなく補給は完了した。だが――

「これだけ大きな戦艦だったら、一つくらい私が乗れそうな機械人形だってあるわよね。いいえ、あるに違いないわ」

どうにも人の機体に間借りするだけでは座りが悪いソシエは、自分の乗機を求めて更に格納庫内を探索する。
ホワイトドールとは言わないまでもせめて普通に戦える機械人形なら何でもいいと思っていたソシエだったが、見つけた物は機械「人形」ではなかった。

「……こんなものしかないの?」

整然と並ぶ小型の戦闘機。10や20ではきかないだろう、おそらく100機以上はある。
だが、逆に言えばそれだけしかない。期待していた強力な機械人形は影も形もなく。
騎士凰牙から降りて手近な戦闘機へと乗り込んでみた。
首輪は操縦の仕方を送ってこない。怪訝に思いつつ、しかし慣れた手つきで計器を確認していく。
以前乗りまわしていたレシプロ機とは多少勝手が違うものの、所詮は同じ戦闘機だ。なんとなくだが、操縦できるだろうという確信が持てた。
機首からよくわからない光線が出るらしい。武装はそれだけだった。

「って、ちょっと! ミサイルとかビーム砲とかはないの!? どうやって戦えってのよ!」

苛立ち紛れにコンソールを蹴り付けた。これではたとえ操縦できたとしても何の戦力にもならない。
戦闘機を降りて騎士凰牙へと戻る。これなら借りものとはいえこちらのほうがマシだ、と思っていれば。

「お帰り、お嬢さん。何か宝物でも見つかったかい?」

コクピットではロジャー・スミスが組んだ腕に顎を置き待っていた。

「あら、もう起きたの? もうちょっと休んでても良かったのに」
「私もそうしたかったのだが、運転手が手荒い運転をしてくれたようでね。あちこち頭をぶつけてしまって、ろくに夢を見れなかったよ」

起きたロジャーはもう騎士凰牙の操縦権を譲るつもりはないとばかり、シートから腰を上げず。
ソシエは渋々ながらその隣りへと腰を下ろした。

「それで、ここはどこかね? 見た限り何らかの施設のようだが」
「ダイっていう戦艦の中よ。あなたも知ってるでしょう」

ここに来た経緯を説明する。手持ちの電池を無駄に使わなかったことは、この慇懃な男もさすがに礼を述べてきた。
気を良くしたソシエは先程見つけた戦闘機のことも自慢げに口に出してしまった。操縦できそうだが、武装が貧弱すぎて使えない。そんな愚痴までこぼして。
戦闘機をこき下ろすあまり、その一瞬ロジャーの目が細められたことは気付かないソシエだった。

「その戦闘機を調べてみよう、ソシエ嬢。何かに使えるかもしれん」

というロジャーの言葉、二人で戦闘機をあれこれと調べる。
だが先程乗ってみた以上のことはわからずお手上げとばかりロジャーに声をかけようとして、彼が戦闘機そのものではなくそれに対応するコンソールをいじっているのが見えた。
どうやらまだ動力は生きているようで、何やら次々に移り変わる画面を見てうむ、むう、これは、などと独り言を漏らしているロジャー。、

「ちょっと、どうしたのよ。何か見つけたの?」
「ああ……いや、見つけたというかな。これらの戦闘機は、手動で動かすこともできるが基本的には無人機のようだ」
「無人機っていうと、人が乗らなくても勝手に動くってこと?」
「ああ。本来そういう設計なのかは知らないが、ことこのゲームに置いてこれだけの機数を有人で運用するのは現実的に不可能だ。
 ユリカ嬢がこれらを使わなかったのは、細かな目標の指定ができなかったからだろう。
 誰それを攻撃しろとは命令できても、臨機応変に変化するこの戦場ではそれだけでは使えん。説得する相手を撃ってしまえば何の意味もない。
 ブリッジにもっと人員がいれば対応も不可能ではなかっただろうが、彼女は一人でこの戦艦を動かしていたようだからな」
「ふーん……で、結局何かに使えそうなの?」
「いや、どうやらこれらを無人で制御できるのはこの艦を中心とする1エリアのみのようだ。移動不能となった現状、1エリアしか稼動できん戦闘機に戦力は期待できんな」
「なんだ、期待して損した気分だわ。じゃあさっさとここから出ましょ」
「いや、それは早計だ。戦闘には使えないが、エリアの探索という点ではこれ以上手っ取り早いものもない。
 このエリアにに人がいるかどうか、確かめてからでも遅くはないだろう」

言いつつ、コンソールを操作するロジャー。やがて戦闘機は一機、また一機と動き出し、解放されたハッチから飛び出していく。
ものの10分ほどで、戦闘機がひしめき合っていた格納庫は閑散とし、広く感じるようになった。
その中に一機。ソシエが調べていた戦闘機のみが飛び立つことなく取り残されていた。

「ねえ、ロジャー。どうして一機だけ残したの?」
「いい質問だ、ソシエ嬢。あれは君が乗るために残したのだよ」
「……ハァっ!? ちょっと、嫌よ! 戦えないって散々説明したじゃない!」
「だが私は戦闘機の操縦などというメモリーは持っていない。首輪が反応しなかったということは、操縦の仕方のわからない私が乗るのは不可能だということだ。
 ならば、戦闘が不可能とはいえ少なくとも操縦はできる君が乗るのが筋だろう?」
「私が乗ったって、役に立たないどころか逆に危ないじゃない。いっしょにこの機械人形に載ってる方が安全よ」
「安全という意味ではその通りだが、役に立たないということはないな。理由はあれだよ」

と、騎士凰牙が抱える電池を指し示すロジャー。

「騎士凰牙はこの電池でしか補給を行えない。しかし一度に持ち運べるのはどうやっても四本が限界だ。
 そこで君の出番となる。このダイにある残り四本の電池を、君に運んでもらいたいのだ」
「私に荷物持ちをやれって言うの?」
「役割分担だと思ってくれたまえ。私としても戦闘を行うのは本意ではないが、止む無くそうせざるを得なくなったとき君が同乗していては全力を出せないのだ」
「むう……」
「すまないがここは譲れんよ。レディに戦わせるなど、紳士として恥ずべきことだ」

さっきはともかく、ロジャーはソシエを積極的に戦わせるつもりはないと言いたいようだ。
ロランみたいなことを言う、と少し不満に思ったものの。我を通して足を引っ張ってしまうのはソシエとてお断りだ。

「……わかったわ。でも、この先新しい機械人形を見つけたらそれには私が乗る。私にだって、生きて帰るために戦う権利はあるでしょう」
「やれやれ……ああ、今はそれでいいさ。とりあえずは……おっと、戦闘機達がいろいろ見つけたようだ。君も見たまえ」

ため息をついたロジャーが、こちらを手招きする。彼の覗きこむ端末には、発進した戦闘機が観測した映像が映し出されていた。
目を引いたのは、白い機械人形と緑の機械人形。
片方はソシエの知っている、そしてもう片方はロジャーの知る機体だった。

「武蔵……」

白い方、ホワイトドールによく似た機体――RX-78ガンダム。仲間が、武蔵が乗っていた機体。

「…………」

緑の方、龍を模した腕を持つ機体――アルトロンガンダム。かつてロジャー達を襲った少年、交渉に失敗した相手。

二機は奇しくも同じような傷跡が穿たれている。胴体中央、コクピットを撃ち抜かれている――そこに至る過程は違えども。

武蔵はテニアに、仲間と信じていた少女に背中から撃たれた。
キラは何か事情があるのかもと言った。先の交渉でもソシエは口を挟まなかった。
しかし、こうして武蔵の最期を見ると、やはり忸怩たるものがソシエの胸中を満たす。

名も知らぬ少年は、ロジャーとの戦闘中に飛び込んできたガイによって倒された。
そのことでガイを責めるのは筋違いだろう。彼はロジャー達を助けようとしたのであり、あの場でより危険だったのは明らかにあの少年だったのだから。
結局は説得に失敗した己の不手際だと、深く悔恨を噛み締めるロジャー。



しばし二人を静寂が包み込む。自分を責めている風のロジャーを見、ソシエがなんとか空気を変えようと端末を覗き込む。
そこにはもうさして目を引くものはなかったが、それでも一つ。話の種になりそうなものを見つけた。

「ねえ、ロジャー。これって凰牙の腕じゃないの?」

ソシエが示したのは、緑の機械人形の残骸からほど近いところに落ちている黒い腕。
紛れもなく、ロジャー自身が少年に叩き落とされた騎士凰牙の左腕だった。

「……あのとき切り落とされたものか。戦闘の余波で破壊されたと思っていたが、そうではなかったか」
「ねえ、これを回収してくっつけましょうよ! そしたら凰牙はもっと強くなるでしょう?」
「ふむ――いや、回収するのはいいが、現時点で補修するのは止めた方がいいな」
「どうしてよ? さっきだって両腕があれば、逃げずに勝てたかもしれないでしょう?」
「いくつか問題があるからだ。 まず一つ、私には修復作業を行うメモリーはない。
 乗りなれたビッグオーならともかく、昨日今日初めて乗った機体を手探りで修理することは困難だ。それは君とて同じだろう?
 二つ、そんな時間はない。よしんば修理できるとしても、相当の時間がかかるだろう。我々がまず優先すべきはナデシコとの合流だ。
 戦力の充実と引き換えに時間を浪費するのは得策ではない」
「むー……じゃあ置いてくの? もったいないわよ。それにここの設備を使わなきゃこの先いつ直せるかわかんないでしょう」
「そうは言っていない。三つめの理由だが、我々にはJアークがあるだろう。
 あの艦の設備はここに負けてはいない。腕を持って行きさえすれば、向こうでも修理は可能だということだ。
 キラ君にも手伝ってもらえるし、トモロのサポートがあった方が効率的だ。
 以上の理由で、ここでの修理は先送りにする。反論は?」
「はいはい、わかりました! じゃあ、電池と一緒にあれも私が運べばいいのね」
「理解が早くて助かるよ、ソシエ嬢。我々も息が合ってきたのではないかね?」
「お断りよ! カラスみたいなカッコの人と気が合うなんてごめんだわ」
「……君には一度、じっくりと私の美学のなんたるかを教授せねばならんようだな」


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