173話A「破滅の足音」
◆7vhi1CrLM6
「『機体の整備』はもういいのか?」
ブリッジに足を踏み入れるなり、声を掛けられた。
この戦艦そのものの声と言っても過言ではないJアークのメインコンピュータートモロの声。
それに「今はカミーユとキラがやってくれている」と返す。
事実、二人は機体の整備を続けていた。
VF-22Sへの反応弾の搬入は既に終わり、書き換えられたF91のOSの復旧を今キラは行なっている。
アムロに最適化されたOSがキラに扱いづらかったように、戦闘中に書き換えられたOSよりも元の方がアムロに適していた。
そして、手の空いたカミーユが向かい合っているのが『機体の整備』、即ち首輪の解析。
その手伝いもせずにアムロがブリッジへと引き返して来たのには、それなりの理由がある。
「指定されたポイントには到着した。それでどうする?」
現在Jアークは、模擬戦を行なったD-3地区を南下し、エリア境目ギリギリの位置で止まっている。
目と鼻の先はもうD-4地区――禁止エリア。
だが、ブンドルの言が正しければその超高々度に――
「少し調べたいことがある。トモロ、D-4地区の地図を展開してくれ」
――天国へと至る門、即ちヘヴンズゲートが存在する。
巧妙に隠蔽され、これまでサイバスターのラプラスコンピューターでしか感知できなかったその存在。
だがしかし、その本質は不安定さからくる空間の綻びである。
ES空間という別次元の空間の運用を前提としたこの戦艦ならば、観測できる可能性は高い。
メインモニターに展開された地図とブンドルの話を重ね合わせつつ、幾つかの地点を指定していく。
それは、サイバスターによって綻びが観測された中から、アムロとブンドルが選別を行なったポイント。
「アムロ、ここに何かあるの?」
「何か……そうだな。一先ずヘヴンズゲートとでも呼んでおこうか。それを探しているんだ」
盗聴を警戒しているとは言え、我ながら答えになっていないと思いつつ返す。
案の定、首を傾げたアイビスは怪訝な顔をしていた。それに「じきに分かるよ」と言って端末に向き合う。
ここからは全てタイピング。
盗聴どころか盗撮までされていたらお手上げだが、それはないと信じてトモロに指示を出す。
『なるほど空間の観測を行なうわけか』
『Jアークならできるな? 発生の前兆、あるいは周期と規模が知りたい』
空間の綻びというものは、常何時でもそこに存在するという類のものではない。
空間そのものが持つ力か、あるいはこの空間を作り出した者の力か、綻べば繕われ、穴が空けば塞がれる。
ならば重要になってくるのは、発生の時期と規模に、発生した瞬間繕われるよりも早く強引に突き破られるだけの力。
それに必要なのは、膨大な量のエネルギー。
ブンドルの見込みでは、コスモノヴァと同等以上の火力が最低三つと曖昧なもの。
詳細な量は分からず、未だ条件も揃わない。
だが、ナデシコとの合流が成れば、条件を満たす可能性が出てくる。その時に備えて出来るだけのことをしておく必要がある。
『細かな状態を観測するのは、この距離では不可能だ。レーダー類も本調子ではない。
統計から綻びの生じやすい箇所を特定することは可能だが、どちらにせよ一定時間の観測が必要だ』
『ミノフスキー粒子の影響か……仕方ない。Jアークを一時この場に固定する。
時間は多少かかってもいい。出来るだけのデータを集めてくれ』
「了解した。少々時間を貰おう。だがその前に、東から未確認機が二機接近してくる」
時刻は12時半。ロジャー・スミスがJアークを離れて既に5時間半が経過。
そろそろ接触を持った者たちが集まり始めてもおかしくはない。とは言え会談までにはまだ間がある。
偵察がてら周囲の探索を行なっている者たちならばいいのだが、そう楽観視もできない。
「カミーユとキラに連絡を。F91のOSの状態次第で、俺かキラのどちらかが艦に残る」
◇
「ちょっと待った、ブンドルさん!!」
先行するサイバスターから送られてきた映像を一目見て、甲児は声を上げる。
廃墟の街並みの上空に浮かぶ一隻の戦艦。
その姿を知っている。
かつて、とある戦艦の救援に駆けつけたD-7地区で、直に干戈を交えた相手。
その脅威を知っている。
そして、テニアを虐げ、彼女の姉とすら言える人の首を刈ることを強要した極悪な集団。
その許せなさを甲児は――知っている。
テニアの話を思い出しただけで胸が痛み、胸糞が悪くなってくる。その気持ち悪さごと吐き捨てるようにして、甲児は叫んだ。
「Jアークだ!!」
その一言で十分だった。これまでの道中で既にナデシコの話は済んでいる。
警戒を強めたサイバスターが、前方で動きを緩める。その先で、Jアークから数機が飛び立つ。
一、二、三、その数三機。
Jアークに残っているのは、キラ・ヤマトとソシエ・ハイムの二人だけのはず。
「どういうことだ!? 数が多いぜ」
「あの機体は……待て、甲児くん。私の知り合いだ」
「ブンドルさんの知り合い!? じゃああれはJアークじゃないのかよ」
ストレーガを止めようとブレーキをかけ――
「こちらJアーク、キラ・ヤマト」
「やっぱりJアークじゃねぇか!!」
――大きくバーニアを噴かす。一気に速力を上げ、脇目もふらずただ一直線に。
「甲児くん!!」
「分かってるって。あのキラって奴をやっつけて、騙されてるブンドルさんの知り合いを助けるんだろう」
「いや、違っ」
「やいやいやい、キラ・ヤマト!! この俺、兜甲児と雷の魔女ストレーガが相手になってやるぜ!!!」
「ちょっと待って。僕の話を」
「恍けやがって!! だがこれ以上お前の好き勝手はさせねぇぞ!!! ライトニイイィィィィィングショォォォオオオオオオット!!!!!!」
「ちょっと撃ってきたよ。どうするの、アムロ?」
「アムロさんの知り合いでしょ? どうにかしてください」
「……ガロードじゃないのか?」
ざわめき、瞬く間に場が混乱していく。
その中で甲児の気を引いたのは女の声。蒼い機体から流れてきた声だ。
「お前がソシエか! 女だからって容赦しねぇからな!!」
「へっ?」
「待ってろよ! キラを倒したら次はお前の――」
「少し落ち着け、甲児くん」
脇見をしながら全速で突撃していたストレーガが、先回りしたサイバスターに足を引っ掛けられて盛大にすっ転ぶ。
もんどりを打って肩からアスファルトの大地に激突し、弾んで背中を打ち、なおもコミカルに三四回転して勢いはようやく止まった。
廃墟の街並みに真一文字の土煙が巻き上がる。
回るコックピットの中、上下前後無茶苦茶に振り回されながらも、しかし甲児はめげない。
桁外れのパワーを誇るマジンカイザーの反動に比べれば、この程度屁でもない。
「この程度でこの俺とストレーガが止められると思うなよ!!」
素早く起き上がるストレーガ。倒すべき敵Jアークだけを見据えたその瞬間、背後から羽交い絞めにされた。
「何すんだよ、ブンドルさん!!」
「ブンドル、どういうことだか事情を説明してくれないか?」
「原因はそちらにある。だが今は落ち着いて話をするためにも取り押さえるのを手伝ってくれ」
「なんだって! くそっ!! まさかブンドルさんまであいつに騙されてたなんて……許さないぞ、キラ・ヤマト!!!」
「君は少し人の話を聞け」
機体サイズはサイバスターのほうが遥かに大きい。
だが、機体そのものの純粋な力ならストレーガはここの誰よりも強い。
その地力にものを言わせて暴れまわったストレーガが、サイバスターを引き剥がす。
「くっ! 油断した」
「逃げたよ!!」
「追うぞ!!」
「どこに逃げたんだ?」
「へへーんだ。そう簡単に捕まって堪るかよ!!」
「その声、北か!! 追いかけろ!!」
そんなこんなでよく分からぬままに兜甲児捕獲作戦が展開されること十数分。
さんざてこずらせながらも多勢に無勢で次第に追い詰められ、甲児はとうとう捕まってしまった。
「何しやがる!! 放せ!! 放せってんだよ、この野郎!!!」
◆
「原因はこちらにあると言ったな、ブンドル。事情を話してもらおうか」
甲児を取り押さえた数分後、Jアークのブリッジにアムロの声が響いた。
その声に、もう少しでギンガナムの二の舞になるところだった、と安堵していた思考を呼び戻し、ちらりと二人の少年を見やる。
「彼らは?」
「Jアークを動かしているキラ・ヤマトと以前話したカミーユ・ビダンだよ。
それと……今甲児くんを見張っている彼女は知っているな? アイビス・ダグラスだ」
黒い髪の少年と青い髪の少年を値踏みする目で眺め、黒い髪の少年を指して言う。
「なら、原因は彼とこの艦にある。甲児くんはガロードの代わりにナデシコから連れてきた少年だ。
この戦艦との二度の交戦を経て、彼を危険人物と見なしている」
キラという少年の顔が曇っていく。だが、それに躊躇することなく言葉を続けた。
「かつてこの艦に捕縛されていたテニアという少女の話だが、彼は彼女の仲間の死骸から首輪を取ることを強要し、共犯者になれと迫ったとも聞いて――」
「それは違う!!」
少年が短く鋭く叫んだ。
真っ直ぐにこちらを射抜いてくる視線。怒りよりも悲しみを多分に含んだ眼光。
いい目だと思いつつ、圧し返すつもりで視線を合わせる。
「僕はそんなことしていない」
だが、少年の瞳が揺れることはなかった。
無理に踏みとどまったのではなく、後ろ暗いことは何もしていないと自分を信じきった目だった。
「あなたはどうなんですか?」
不意にもう一人の少年――カミーユが、どこか責めるような口調で横から言い放つ。
「どうとは?」
「その甲児って奴がどう考えているのかはわかりました。でもそれは、甲児がどう考えているかだ。
あなたはまだ自分の考えを言っちゃいない。他人の考えを自分の考えのように言っているだけです。
それって卑怯だとは思わないんですか?」
「カミーユ」
嗜めるアムロの声に「だってそうでしょ」と返すカミーユ。
なるほどセンシティブだ。感受性が強く、繊細な感性を持っている。だが、それだけでもない。
この少年もやはり真っ直ぐなのだ。感じたことを率直に言いぶつけられる若さがある。
「答えてください。俺はまだあなたの意見を聞いちゃいない」
納得がいくまで退かない視線をそこに感じて、感づかれないよう心の中で微笑む。
キラもカミーユも、そして今縛られている甲児もサイバスターの操者候補として悪くない。
「そうだな。私の意見を言わせていただこう。率直に言うと、まだ信用できないといったところか。
私自身がテニアの話を聞いたわけでもなければ、会った事があるわけでもない。ただ彼女の言い分を知っているだけだ。
それに対して君達とも今始めて会ったばかり、やはりよく知らない。だから君達のここまでの行動と言い分を聞かせてくれ。
それで君達が信じるに値する者かどうか、私なりに判断させていただく」
◆
一方そのころ別室では、縛られた甲児とアイビスが向かい合っていた。
椅子の背もたれに両腕を組み、顎を乗せた格好で、ウィダーinゼリーを啜りながらアイビスが言う。
「だ・か・ら、何回も言ってるけどあんたがそのテニアって娘に騙されてるんだってば」
「何言ってやがんだ。キラって奴に騙されてるのはそっちだろ」
それに、後ろ手に縛られた上にベッドの足に縛り付けられた甲児が言い返した。
アイビスが言えば甲児が言い返し、甲児が言えばアイビスが言い返す。
「悪いのはテニア」
「キラだ」
「テニア」
「キラ」
「テニア」
「キラ」
「テニア」
「キラ」
・
・
・
「ああ、もう!! どうやったらキラが悪者じゃないって分かるんだ!!!」
既に何度繰り返されたのかすら分からないこのやり取り。
議論は常に平行線。互いに一歩も譲らないまま時間だけが無為に過ぎ去っていく。
あまりの相手の頭の固さについ苛立って、大声を上げてしまった。
でもそれはきっとお互い様だったのだろう。甲児も負けじと大声を張り上げて反論を返してくる。
「そっちこそどうやったらテニアは悪くないって信じてくれるんだよ!!!
テニアは俺達が保護したとき震えながら泣いてたんだぞ。仲間を、大事な大事な友達を殺された。その首輪を無理やり取らされたって。
それが全部嘘だってのかよ!! そんなわけがねぇ。悪いのは人を人とも思わないキラなんだ。あんたは騙されてるんだよ」
「私はね。ここに来てからいろんな人に守られて、私だけが生き残ってしまって、罪悪感に押し潰されそうになってた。
それでも色んな人のお陰で持ち直せて、その人たちの為にも精一杯生きて行こうって決めて、でも何も具体的なことは思いつかなかった。
そんなときにキラに会ったんだ。キラはこの廃墟で、いるのかどうかも分からない私に向かって呼びかけた。
戦うことを、生きることを否定することはできないって。大事な人が殺されたのなら、殺した誰かを憎むことは、当然のことだって。
でも、それが全てじゃないって。
キラも亡くしたんだ。友達を、大事な人を。でも、誰かの命を糧に生き返ることを、そのために誰かを殺すことを、その人達は絶対に許さない。
だからこの戦いの原因を一緒に討とうって言ったんだ。無謀なことだけど、それがきっと、もういない人たちへの、弔いになると思うからって。
私はその言葉が嘘だったなんて思いたくない。例え、甲児の言うようにそれが嘘だったとしても、一瞬でもその言葉を疑うような自分でいたくない」
「分かってんだ、そんなことは。誰かを生き返らせるために誰かを犠牲にするなんてのは間違ってる。そんなことは分かってんだよ。
だから許せねぇんだ! 大事な人を無理やりにでも手にかけさせたあの野郎を!!
俺は決めたんだ! これ以上こんなことを続けさせてたまるか、俺たちで止めてみせるって。
絶対に、この殺し合いを終わらせてみせるって。そう誓ったんだ!!」
立ち上がった反動で椅子が倒れ、ガタンと音を立てる。
精一杯乗り出した上半身に引っ張られて、ベッドの足が軋みを上げる。
「だったら私らに力を貸してよ!!」
「そっちが俺たちに力を貸せよ!!」
言ってることも考えていることも同じだ。
同じはずなのに。何も違わないはずなのに。キラを信じているか、テニアを信じているかの一点だけで分かり合えない。
たったそれだけの違いなのに、互いに歩み寄れない。それが悔しくて唇を噛んだ。
「……なんで分かってくれないんだ」
理由なんて分かっている。同じなんだ。自分がキラを信じているように、甲児はテニアを信じてる。
相手の主張を認めてしまえば、それは信じた仲間への裏切りになる。そんなことが出来るはずがない。
そして、自分は間違っていないと確信している。
だからどちらからも歩み寄れない。足が前に出て行かない。今ここでどれだけ言葉を重ねても、互いの言い分は覆らない。
私は――『無力』だ。
甲児をじっと見つめ、そう思った。真っ直ぐに見返してくる目。急速に徒労感が体を満たしていく。
「ハァ……もうこれ以上何を言っても無駄かぁ……暴れないでね」
そう呟くと甲児に近づいて、後ろ手に縛っていた縄を解いてやった。
「いいのかよ?」
「よくないよ。でもいいんだ。あんたが悪い奴じゃないってのは、よく分かった」
腕に残った縄の跡を摩りながら呟いた甲児の声に、溜息まじりに答えながら思う。
何をやっているんだろうなって。きっと皆に見つかったら怒られることをしてるんだろう。
でも、どうにもこいつをこれ以上縛っておくのは違う気がして、忍びない。悪い奴じゃないんだ。
あーあ、やっちゃったなぁ、と困り顔でいたそのとき、予想外の提案が持ちかけられた。
「なぁ、一つ賭けようぜ。テニアとキラ、どっちが正しいのか。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つって条件でさ」
「え〜」
「だってアイビスさんはキラが正しいって信じてんだろ? それとも自分が間違ってましたってここで認めるのかよ」
「認めないよ、私は」
「だったらアイビスさんはキラに、俺はテニアに賭ける」
「待ってよ。私は賭けをやるなんて一言も」
「何だよ。逃げるのかよ。キラって奴の信用度もその程度なんだな」
「うっ……に、逃げないもん」
「へへ、なら決まりだな」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
乗せられて上手く誘導されたような気がして、何となく釈然としないものを感じてアイビスは唸る。
そして、この選択が数分後さらにハチャメチャな方向に彼女を引っ張っていくことになるのだが、このときはまだ知る由もなかった。
「ハァ……なんでこうなったんだろ」
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