173話B「破滅の足音」
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キラの話を聞き、カミーユの話を聞いたブンドルの声がブリッジに響き渡る。
眼光は冷たく、鋭く。硬質な、固い声だった。

「なるほど状況を理解した。つまり、君は自分の非を認めた上でナデシコとの話し合いを望み、それをネゴシエイターに託したという訳か」
「そうなります」
「嘘はないのだろう。ナデシコ側(主に甲児くんからだが)から聞いた事実推移にもほぼ当てはまる。君の事を信用しよう。
 だが、一言言わせていただく。自分の犯した罪の精算を代理人に行なわせるなど、呆れ返る。
 それに人命が失われている以上、君の犯した間違いは謝って許されるレベルのものではない」
「カミーユにも同じようなことを言われました。それでも、人が集まることに意味はあるはずです。
 話し合って、それでも僕が原因でJアークとナデシコが手を組めないのなら、僕がこの艦を降ります」
「それは逃げだな」
「違う。そんなんじゃない」

その場をアムロは、一人冷静に眺めていた。
厳しい言葉を吐き続けているのは、ブンドル。だが、それをこの男はわざとやっている節がある。
覚悟の度合いを見ようと言うのだろうか。嫌われ役を買って出てくれてもいるのかもしれない。
いや、両方と見るのが妥当。
ならば、自分に求められているのは、集団のまとめ役ということか。
合流すれば少しは楽になるかと思ったが、どうも見通しが甘かったらしい。溜息混じりにそう思った。
そろそろ頃合、と見て仲裁に入る。

「そこまでにしろ。ブンドル、少し言葉がきつ過ぎるぞ。キラの覚悟はお前が思っているほど甘いものじゃない。
 キラ、軽々しく艦を降りるなどとは言うな。それはお前を信じてここに留まっているカミーユやアイビスを軽んじることになる。
 カミーユは少し気持ちを落ち着かせろ。言いたいことは分からないでもないが、お前が一番感情的になりすぎている」
「……そうだな。すまない少し言い過ぎたようだ。だがキラ、君はここの話が終わったら一度甲児くんとじっくり話をするべきだ」
「ええ……そのつもりです」

二人の会話の隅で、口こそはさまなかったもののカミーユが一人、納得がいかないという顔を向けていた。
やれやれ、ブンドルがその立ち位置を続けるつもりならば、気苦労耐えない位置に自分は立たされたと言うべきか。
年端も行かない子供達を纏め上げねばならなかったブライトの苦労が、少しは分かった気がした。
ともあれ、話は前に進めねばならない。

「ブンドル、そちらの話を聞かせてくれ。彼……甲児くんをガロードの代わりに連れてきたと言ったな。
 ならガロードは、今はナデシコか?」
「そうなる。ではナデシコとの合流から話をさせていただこうか」

そう言って語られ始めるのは、ガロードが同行しなかった理由、仮面の二人組との接触、基地の状況。
そして――

「このデータをそのユーゼスから送られた。アムロ、君の意見を聞かせてくれ」

ディスプレイに映し出されたデータ。円環状の物体の三次元図面に、アンチプログラムと銘をうたれた膨大な量のプログラム。
プログラムはともかくとして、この円環状の物体はほぼ間違いなく――コンコンと首輪を指で突付いて見せた。

「だが、意図的に情報の一部を抜かれたような感じだな。
 カミーユ、どう思う? お前が一番この中でユーゼスという男を知っている」
「俺が手を付けた部分はまだほんの少しですが、本物だと思います。実際にあいつはこの作業を行なっていた。
 だけど、あいつは恐ろしく打算的な奴で異常に頭も切れる。何の考えも無しにただこれを渡したとは考えづらい。
 何か裏に意図が隠されている、と見るべきでしょうね」
「私も同意見だ」
「そうか……キラ、君は?」

その問いに眉間に皺を寄せ、食い入るようにプログラムに目を通していたキラがはっと振り向いた。

「右の……プログラムの方ですが、量が膨大な上に複雑すぎてこれが何なのかは分かりません。
 詳細まで把握しようと思ったら幾ら時間が必要か……。
 だからこれは直感ですけど、アンチプログラムと銘をうたれてますが、ナノマシンか何かのプログラムだと思います」

考えを纏め上げるように、自分の頭の中を出来るだけ整理しながら少年は話し続ける。

「ただ、これを理解出来たとして、手を加えろというのならともかく、同じものを作れと言われたら、今の僕には到底不可能です。
 これは一人の天才が十年二十年と人生を懸けて構築するようなレベルの代物だと思います。
 だから幾らそのユーゼスと言う人が優れていたとしても、これをここに来てからの僅かな時間で作り上げたとは思えない。
 何かしら元となるものを見つけ、そこからプログラムだけ複製して抜き出した、そう見るべきだと思います。
 それにこれが本当にナノマシンのプログラムなら、これだけでは意味を為さない。
 プログラミングされていることを実行できるだけの器が、どこかにあるはずです」

キラは愚かこの箱庭にいる誰もが知らない。それがDG細胞と呼ばれるもののプログラムであることを。
地球環境を浄化を目的とし、「自己進化」「自己再生」「自己増殖」の3大理論を備えながらも、落着の際に狂いが生じたものであるということを。
だが、誰一人として同じものを知らずとも、幾多の次元から集められた中には類似の存在に触れた者が存在していた。

「少しいいか。私のデータベースにこれと同一のものは存在しないが、類似したものが二点存在している」

幾ら優れていると言っても所詮生身の人間であるキラと違い、トモロは高性能な演算能力を備えたコンピューターである。
プログラムの全貌を掴むのも人より遥かに素早い。
その結果、自身のデータベースから探り当てたこのナノマシンに類似したもの、それは――

「三重連太陽系の紫の星で開発されたストレス解消作用を持つ自律ユニットが、暴走し、性質を大きく変えて独自に増殖、進化したもの――ゾンダーメタルのプログラムだ。
 地球文明とは別系統の文明の為、使用されているコンピューター言語は異なるが、変換し、共通部分を抜き出すと見えてくるものがある。
 ゾンダーメタルは重原子が複雑に結合した金属結晶だが、知的生命体に寄生し対象をゾンダー化させる力を持つ。
 それに似た性質。このナノマシンは他者を侵食する可能性を秘めている。それを持ってアインスト細胞の除去を行なおうとしてるのではないか」
「そういえば、以前ユーゼスは三つの『これ』の違いについて、キョウスケ中尉の意見を聞いていました」

そう言って自身の首輪を指し示すカミーユ。

「三つの?」
「ええ、俺たちはこれを二つ回収できたんですが、全て形状が異なっていたんです。
 一つは玉の壊れたもの。一つは山火事の中で回収したものの異形の変化を遂げていたもの。最後は普通の状態のものです。
 それについて思い当たる節がないか、奴は聞いていました。
 それに中尉は、専門的なことは何も分からないが、仲間に機体に付けられた赤い玉を砕いたら元に戻ったことがある、と答えていました」
「だが、これを砕く程の衝撃を喉に与えるのは危険だ。加減を誤れば器官が潰れかねん」
「ええ、だから奴はこのナノマシンでの除去を思いついたんだと思います。採取源は恐らく山火事で回収したものでしょう」
「なるほどガウゼの法則か」
「ガウゼの法則?」
「同一のニッチ、即ち生態的地位に二つの種は長く共存することは出来ないという考え方だよ。
 生物学の考え方だが、仮にアインスト細胞とやらとこのナノマシンが同一のニッチに属するものなら、互いに滅ぼしあいどちらかが残ることになる。
 それを利用しようというのだろう」

これまでそれぞれ異なる道を歩み、それぞれが散らばる希望を集めて回った。
それが今、少しずつではあるが身を結び、前に進もうとしている。その手ごたえを感じる。
しかしそこに響くのは、このナノマシンと類似の性質を持つゾンダーメタル、それを敵とするトモロの忠告の声だった。

「ならば、止めておいたほうがいい」
「何故だ、トモロ」
「このナノマシンがゾンダーメタルと同系統の性質を持っていること前提で話を進めるが、一歩間違えれば機械昇華が起こりかねない」
「機械昇華とは?」
「惑星内のすべての物質とすべての動植物が、機械との融合体となった状態のことを我々はそう呼んでいる。
 浄解の能力を持つ者か、最低でも核を浄化できる力が見つからない限り、危険が大きすぎる」

確かに言われてみれば、だ。
人に、生物に侵食する可能性のあるものを首輪に注入して、人だけが無事でいられると言う保証はどこにもない。
むしろ影響を受けると考えるほうが遥かに自然。
ならば、だ。ならば、そのユーゼスという男はその危険性に付いて気づいていないのだろうか。
いや、話を聞く限りではこの危険性に気づかないような男とはとても思えない。となると――

「カミーユ、ブンドル、奴はその力に当るものを隠し持っていると思うか?」
「正直、分かりません。奴は一人で作業を行なっていた。具体的に何をしていたのか、俺はよく知らない。
 そういうものを見つけた素振りはありませんでしたが、何を用意していても可笑しくない、そういう奴でもあります」
「同意見だ。あの男には、一か八かの賭けに出るほど追い詰められた素振りはなかった。
 隠し持っている切り札が、これと言うことは十分にありえる。
 結局は自分に頼らざる得ないことをこちらに理解させ、協力を求めるのが、あの男の狙いなのかもしれん」
「あいつは協力なんて求めてきませんよ。ただ他者を利用しようとするだけです。
 それに奴の手持ちのナノマシンの量で、何人の解除が可能かも分かりません。
 利用するだけ利用しておいて切り捨てられるということは、十分に考えられます」
「どちらにしても、ナノマシンの除去を行なえる技術に心当たりがあると見て動くしかありませんね。
 勿論、僕達自身でも探さなければなりませんが……」

そう。その通りだ。自分たちだけで状況を打破できる道を得ない限り、結局はユーゼスの手の平の上と言うことになる。
一つでも二つでもいい。奴の手札を減らし、こちらの手札を増やす必要がある。

「トモロ、類似したデータが二つあると言ったな。もう一つは何だ?」
「詳細なデータを得たわけではないので確証は持てないが、フェステニア・ミューズの乗る機体に似たようなナノマシンが使われている痕跡がある。
 ただ恐らくだが、ユーゼスの持つものよりも若干性能が劣るだろう、場合によってはアインスト細胞に逆に駆逐される可能性もある」
「あれか……」
「心当たりがあるのか?」
「ええ、以前の交戦で霧のように空気中に散布されるのを見たことがあります。
 構わず飛び込もうとしたんですが、上手くいえないけど凄く嫌な予感がして、気づくと機体を止めてました」
「そうか……だが機会があれば、確保しておくべきだろうな」

一つ息をつき、とりあえずここまでの情報はまとめておくべきなのだろう、と思う。
その上で更に話し合いを重ね、意見を出し合い、深めていけばいい。それを口にしようとした瞬間――

「へへーんだ。誰が二度と捕まるかってんだ!!」

――威勢良くブリッジの気密度が開かれた。
思わず全員が一斉にそちらを振り向き、しまったという顔をした甲児の姿が目に飛び込む。

「あっ……やべっ!!」
「こら!! 待ちなさいって!!!」

言うが早いか引き返し、瞬く間に遠ざかっていく足音。それを追いかけているのかアイビスの大声も響き渡る。
顔を見合わせたカミーユとキラが溜息を吐いて、勢いよく飛び出して行った。

「ブンドル、素晴らしく行動力に満ち溢れた少年を連れてきてくれたものだな。将来が楽しみになってくるよ」
「……皮肉はよしてもらおうか」


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