148話B「疾風、そして白き流星のごとく」
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 残ったのは、白。F91が地に降り立ち、膝をつく。
 バイオコンピューターのオーバーロード、ジェネレーターの過剰発熱。
 力を出し尽くしたF91はしばし、機能停止に陥った。

「……勝った、のか」

 激しく息をつくアムロ。戦闘による疲労、頭部からの出血、そしてバイオコンピューターとの同期による消耗。
 F91も、そしてアムロももう限界だ。これ以上は戦えない……
 周囲にマスターガンダムの影はない。完全に破壊できたようだ。
 最後の瞬間、ガウルンは反撃を仕掛けてきた。ビームサーベルを黒く輝く指で押し返そうと。
 その最中、敵機の左腕が爆発。蓄積されたダメージに更なる負荷が上乗せされたのだろう。
 アムロが確認できたのはそこまでだ。閃光が収まった後、マスターガンダムの姿はなかった。

「とりあえずはこの傷を処置しなければ、な……。ガロードとの合流はその後だ」

 排熱が完了。なんとか、動くことはできそうだ。
 立ち上がるF91。歩き出し、放り出したビームランチャーを回収する―――

「―――ッ!?」

 F91の腕がビームランチャーを掴む寸前。
 砲身が「中心から溶けるように割れ」て、入れ替わりに指が飛び出してきた。
―――ビームシールド……起動しない!? なら……ッ!

 指はF91の左腕に喰らいつく寸前、機体のエネルギーに依存しない頭部バルカン砲を半壊したビームランチャーのジェネレーターに叩きこむ。
 爆発、F91は構わず全力で後退。

 爆煙が晴れ現れたのは。地面から這い出た、左腕が欠落しているマスターガンダム。

「チッ、勘の良い奴だな。今のはイケたと思ったんだがよ」
「貴様……生きていたか」
「あんたのおかげさ。見てみな、この地下道。あんたが派手に撃ってくれたおかげで剥き出しになったわけよ」

 マスターガンダムが這い出てきた大穴。その先には大きな空間があるのか、暗く底も見えない。
 ビームサーベルに競り負けたあの一瞬。
 ガウルンはメガ粒子がコクピットを灼くより一瞬早くこの空洞に気付き、わざと左腕に過負荷を与え爆発させた。
 爆発はアムロに破壊したと誤認させ、また反動でマスターガンダムを口を開けた穴に滑り込ませた。

 空洞の中、ガウルンは素早く機体のコンディションを確かめる。
 左腕は肩から欠落し、右腕も指の動きがぎこちない。ダークネスフィンガーはかろうじて使えるだろうが、ヒートアックスは握れないだろう。
 全身の装甲は焼け爛れ、だがそれでもまだ動けるのは苛烈な格闘戦を本分とするモビルファイターという機種の頑健性ゆえか。
 痛みはいよいよ耐え難いものとなってきた。だがガウルンは逃げの一手を打たない。
 獲物はまだ上にいる。そう、自らの勝利を確信した、隙だらけの姿で。

 機体を停止し耳を澄ませる。近づいてくる巨体の足音、今、真上に―――
 ダークネスフィンガーで天井を突き破る。狙いはドンピシャだったが、向こうの反応の方が一瞬早かった。

「まあ、結果は変わらんね。どうやらあんたの機体はロクに動かんようだしな」

 ガウルンが迫る。
 両腕が使えずとも、マスターガンダムの蹴りはモビルスーツを容易く破壊してのける威力がある。

 F91は動かない。
 やっとのことで歩けるようになったのに、先の爆発でまたシステムがフリーズしてしまった。
 モニターに映るマスターガンダムが足を振りかぶる。

「あばよ、大尉殿。楽しかったぜ」

 斧のごとき踵が振り下ろされ―――――――



 疾風が、吹き抜けた。

 F91を撃ち砕くはずだったマスターガンダムの踵を、白銀の剣が受け止めている。
 レーダーには直前まで反応がなかった。探知範囲外から一瞬で飛び込んできたそのスピード。

「先ほどは名乗っていなかったな、闘争を望む醜き者よ。
 我が名はレオナルド・メディチ・ブンドル。美しきを愛する騎士である」

 風の魔装機神、サイバスター。風の名に恥じぬこと、まさに疾風。

「……こちらはアムロ・レイ。いいタイミングだ、ブンドル」
「アムロ、君だったか。その機体は……なるほど、腕に見合う美しい機体に巡り合ったか」

 アムロの内にそれほど驚きはない。
 拡大した知覚領域で数分ほど前にこのエリアに新たな反応が現れたことを知った彼は、その反応が知ったもの……ブンドルであると悟った。
 そして万が一ガウルンを仕留め損ったとき彼が介入できるように、派手にビームを撒き散らしてこの位置を伝えたのだ。
 サイバスターは満足に動けないF91の前に出る。

「おいおい、良いところだったのによ。あんたはまったく人の邪魔ばかりしてくれるねぇ」
「それは申し訳ないな。だが私としても君の顔を見るのは嬉しいものではないのでね、ここでご退場願おう……!」

 焦りのないガウルンにやはり油断ならないと肝に銘じ、疾風が今にも駆けんと――――

「おおっと、二対一ってなぁフェアじゃねぇなあ。ここは退かせてもらうとするぜ」

 する、その前にマスターガンダムは後退する。
 追撃しようとするサイバスター、だが一瞬早く飛来した何かがF91を狙う。
 軌跡を見極め、弾く。それはビームで形成された短剣だった。
 その一瞬の隙を突いてマスターガンダムはF91の砲撃により顔を覗かせた地下通路へと身を躍らせた。

「中々面白かったぜ、アムロさんよ。機会があったらまた闘り合おうじゃねえか。
 それにあんたはブンドルって言ったか? 二度も邪魔をしてくれたんだ、あんたはいずれ殺してやるよ。じゃあな」

 一瞬の内にマスターガンダムの黒い躯が漆黒の闇へと融ける。

「フン、見事な引き際だな。戦を心得ているか」
「逃がすか……!」
「待て、アムロ! 追うな!」

 F91を再起動し追撃しようとするアムロをブンドルが制する。

「この地下部がどれほどの規模かはわからないが、そこでは奴には勝てん。それがわからん君ではないだろう」

 狭く暗い空間。F91のビーム兵装は崩落の危険があるために使えず、サイバスターの機動性もほぼ殺される。
 対して敵機、闇に同化するマスターガンダムは四肢による格闘戦を本分とし、スラスターではなく脚部を用い移動するため狭隘な空間でも小回りが利く機体。
 手負いとはいえ二機がかりでも敗走は必至。地下は今やガウルンの狩り場なのだ。

「……ああ。悔しいが今は奴を仕留められない、ようだ。だが、次こそは……!」
「そうだ、我々はまだ負けたわけではない。次の機会あらば確実に奴を打倒してみせよう。
 ……さて、アムロ。情報を交換したい、場所を変えよう。
 色々あったようだが、ここでは奴の気が変わって……といったことになるかも知れんからな」



 マスターガンダムが地下に逃げ去った後、安全と思われる所まで移動した二人は周囲の警戒を切り上げ一息ついた。

「すまない、ブンドル……助かった」
「間に合ったようでなによりだ。それにあの男は私が取り逃がした男でね、礼を言う必要はない。元はと言えば私の不手際だ」

 アムロの頭部の傷を処置しつつ、別れた後の経緯をお互いが語り出す。
 ギンガナムを仲間に引き入れたことにアムロは驚いたが、その彼ももういない。

「おそらく、ギンガナムと戦っていたその流線型の赤い機体。乗っているのは俺の知り合いだ」

 ブンドルの話でアムロの興味を引いたのは、突如転移してきた赤い機体。
 覚えがあるのも当然だ。あの男……シャアが命を賭けて守ったであろう少女なのだから。
 だが彼女は不安定ではあったが、見ず知らずのブンドルにまで見境なく襲いかかるほど戦いに呑まれてもいなかった。
 ならばおそらく原因はギンガナム。どこまでもはた迷惑な男だ、と嘆息する。

「ブンドル、俺は彼女と合流する。俺ならばまだ話は通じるだろう」
「心得た。ではガロード・ランのところには私が行こう。彼女を守ってやってくれ」
「ああ……そうだ、もう一つ。君はカミーユにあったと言っていたな?」
「カミーユ・ビダンか? うむ……今から半日ほど前だ。
 同行していた仲間が皆逝ったようだが、あの少年はまだ生き延びているようだな」

 少年? カミーユはグリプス戦役時はたしか17歳だったはず。それから4年たっているからもう青年と言える歳であるはずだ。
 アムロの時間からすればカミーユはもう少年ではない。とはいえグリプス戦役の後、碌に顔を合わせてはいないのだから確かだとは言えないが―――

 そこでアムロはアイビスとの会話を思い出す。
 彼女は一年戦争もジオン軍も、ネオ・ジオン軍による5thルナの落下も知らなかった。
 一年戦争後の生まれならともかく、15は超えているだろう彼女がネオ・ジオン軍を知らないとは考えにくい。
 そこからアムロとシャアは、「参加者はパラレルワールドから集められた」という突拍子もない解釈を導き出した。
 その解釈からもう一歩、踏み込む。
 異世界間の移動ができるほどの技術なら、同世界内での時間遡行も可能ではないか―――と。
 そもそも、今アムロが搭乗しているこのガンダムF91。この機体にはアムロの時代より何世代も先の技術が使用されている。
 アナハイム社が極秘裏に開発していた、という線もなくはない。
 だが、より大型・より高火力のモビルスーツ開発に傾倒していたあの時代にこのような小型機を開発しようとするニーズはないだろう。
 アムロの時代より未来から持ってきた……と考える方が自然に納得できる。
 ブンドルに今考えた推論を話すアムロ。
 彼とて納得し難い様だったが、おそらくはできるのだろう、と返してきた。
 ブンドルが元々知る超エネルギー、ビムラー。それにここで新たに検知したゲッター線という未知のエネルギー。
 それらを意のままに操れるなら、時間操作とて不可能ではないかもしれない。

「だがアムロ。それがカミーユ・ビダンに何の関係が?」
「俺の時代からカミーユが参加しているならそれほど問題はないが、それ以前……特に戦時中のカミーユだと少々まずいことになる。
 先の放送で―――その、シャア・アズナブルという名が呼ばれただろう?」
「シャア・アズナブル……君の宿敵だったか。それで?」
「シャアはその頃のカミーユの上官……いや、ある意味での導き手だった。」

 シャアの名を口に出すと同時、アムロの胸に僅かな痛みがよぎる。
 この手で決着を着けることが叶わなくなったから……それだけだろうか?

「カミーユは俺とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされた感性を持っていた。
 あの頃のナイーブな彼が呼ばれたのだとすれば……」
「シャア・アズナブルの死に必要以上に動揺する?」
「そうだ。いや、動揺では済まないかも知れない。彼はあの男に地球圏を導くという役割を求めていた。
 それほど奴の存在は彼の……いや、俺達の中では大きいものだった」

 アムロの様子には気付いたろうが、ブンドルは何も言わなかった。
 それを有難いと思うアムロは、やはり己もシャアの死を未だ受け止めきれていないのだ……と自嘲する。

「とにかく、カミーユに会ったら俺の名前を出してくれ。信用されているかはわからないが、少なくとも敵対されることはないはずだ」
「心得た。……私としても、彼には個人的に興味が出てきたよ」

 後半の言葉はアムロには聞こえなかったようだ。
 そしてひとしきり情報を交換し、行き先を決める。
 アムロの機体に関する懸念も解消された。これなら分散しても大事はないだろう。

「ではアムロ。彼女と合流できたら次の放送までにG-6の基地で落ち合おう」
「了解だ。死ぬなよ、ブンドル」
「そちらもな」

 白き流星が飛び立つ。その軌跡を眺め、ブンドルは思う。
 この機体、サイバスター。本来の操者が散った今、この機体自身が新たな操者を選ぶことはあるかも知れない。
 だがきっと、それは自分ではない―――と。

 マサキが逝った具体的な時間はわからないが、ゲーム開始当初には感じなかった違和感がこの数時間幾度かブンドルを襲っていた。
 ブンドルはそれをサイバスターの意志とみている。己が操者にふさわしいか品定めをしていたのだろう。
 そして結果は、『否』。意志は感じられども新たな力が引き出されるようなことはない。
 アムロの機体がニュータイプとやらを擁せねば力を出し切ることができないように、サイバスターもブンドルでは駄目なのだ。おそらくはアムロでも。
 サイバスターが求めているのは理屈や論理に優れた大人ではない……もっと若い心、善悪の価値観や感情からではなく、言うなれば「魂」で倒すべき敵を見定められる者。
 非力な機体でサイバスターに立ち向かおうとしたマサキ・アンドーのように、大きな危機に際し打算や私怨に囚われず戦える者……そんな気がする。

「もし……そんな者が私の前に現れ、我らと志を同じくするならば……」

 そのときは託そう、このサイバスターを。
 強力というだけではない、ラプラスコンピューターというゲーム打破の「鍵」となり得る力を持つこの機体を。
 それがあの邪悪な主催者を討つ一歩となるなら。
 今話に出たカミーユ・ビダン。彼なら一見条件を満たしているように思えなくもないが。

「いや……まだ結論を出す時ではないな。未だ見ぬ誰かであるやも知れぬ」

 ビームナイフを回収し、サイバスターが飛ぶ。行き先は北西、ガロード・ランのいる場所。

「願わくば……その誰かは、美しき者であってほしいものだ」


【アムロ・レイ 搭乗機体:ガンダムF91( 機動戦士ガンダムF91)
 パイロット状況:F91によるニュータイプ能力の意識拡大 疲労 頭部から出血(処置済み)
 機体状態:EN10% ビームランチャー消失 背面装甲部にダメージ 
      ビームシールド一時機能停止 頭部バルカン砲・メガマシンキャノン残弾80%
 現在位置:D-8
 第一行動方針:どこかで補給を行い、アイビスと合流する
 第二行動方針:基地に向かい首輪の解析
 第三行動方針:基地にてブンドルと合流
 第四行動方針:協力者の探索(カミーユ優先)
 第五行動方針:首輪解除のための施設、道具の発見
 最終行動方針:ゲームからの脱出
 備考:ボールペン(赤、黒)を上着の胸ポケットに挿している
    シャアの死亡を悟っています
    ガウルンを危険人物として認識
    首輪(エイジ)を一個所持】

【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
 パイロット状態:主催者に対する怒り、疲労(主に精神面)
 機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊 ビームナイフ所持
 現在位置:D-8
 第一行動方針:ガロード達の集団に接触する
 第二行動方針:三四人の小集団を形成させる
 第三行動方針:次の放送までに基地へ向かう
 第四行動方針:サイバスターが認め、かつ主催者に抗う者にサイバスターを譲り渡す
 第五行動方針:閉鎖空間の綻びを破壊
 最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
 備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能
    空間の綻びを認識
    ガウルンを危険人物として認識
    操者候補の一人としてカミーユに興味】


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