33話B「The two negotiators」
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「交渉とは、互いが対等の立場であって初めて成立するものだ。先ずは機体から降りてはくれないか?」
「…断る」
モニターに映る全身黒尽くめの男がこちらを見上げて発した言葉を、九鬼は短く拒絶した。
九鬼正義は軍人である。
唐突にこのような状況に巻き込まれ、戸惑いはあったが、冷静さを失うような真似はしなかった。
この箱庭に放り出された彼がまず最初に行った事は、あくまで冷静に状況の把握に努めることだった。
といっても、現状では解らない事の方が多かったが。
数少ない解った事のうち、まず一つは、自分に支給された機体の名前と特性。
ドラグナー2型カスタム。
そう名付けられたこの機体は、全身に火器を搭載した重武装の機体だった。
距離をとっての射撃戦には有利だが、逆に距離を詰められての接近戦には不向きである。
そしてもう一つ確かなのは、あのドームに集められた人間の内、たった一人を残して全員がその命を失うまでこの狂った殺し合いは続くと言う事。
無論、彼とてこのような場所で殺されるつもりはない。ならば、自分が生き残るために成すべき事は何か。
殆ど時間をおかず、彼は結論を導き出す。彼の至った結論は、実に単純明快だった。
最後の一人になるまで殺し合いが続くと言うなら、その最後の一人になればいい。
しかし、その為の障害は多い。なにせ自分の命が掛かっているのだ。死に物狂いで向かってくる者もいるだろう。
ならば、どうするか。これも簡単だ。自分で戦わなければ良い。
あのドームの中にいた人間は、目算でおおよそ40人から50人。それだけの人数を相手に真正面から戦いを挑むなど愚の骨頂。
ほうっておけば、好戦的な者がその数を勝手に減らしてくれるだろう。自分は他の参加者同士が潰し合い消耗するのを悠々と眺めていればいい。
とはいえ、やはり保険の一つは欲しい。
もし仮にゲーム乗った参加者に遭遇したとして、自分一人では心許ない。手駒となる参加者が一人ないしは二人は欲しいところだ。
幸い、自分に支給されたのは遠距離からの砲撃を目的とした後方支援機。
盾となって前衛で戦ってくれる参加者を手駒に出来れば、襲ってきた参加者を撃退もしくは、最悪の場合は切り捨てて逃げることも出来る。
もしもドラグナー2型よりも優れた機体を支給されているのならば、殺して奪うのも悪くは無い。
そうしてこれからの行動を定めた彼が最初に出会ったのは、全身を黒いスーツに包んだ男と、栗色の長い髪をした少女だった。
「それは、こちらが信用できないととらえて構わないのかね?こちらは既に機体を降りている。敵意がないということはわかってもらえるはずだ」
ロジャー・スミスと名乗った、ネゴシエイターを自称する黒いスーツの男が再び声を張り上げた。
確かこの男は、主催者から殺し合いのルールを聞かされたドームで、たった一人毅然とした態度であの化け物に殺し合いの意味を問いただした人物だ。
「機体を降りたところを襲われない保障が何処にある?
君たちが信用にたる人間とわかるまで、機体から降りるつもりは無い。話があるのなら、そのまま話してもらおうか」
「では、どうあっても機体から降りないと?こちらは機体から降りている以上、これ以上は誠意の見せようが無い。対話をするつもりがあるのなら、
相手と対等の立場になって話すのが筋ではないのかな?」
「それは君の価値観だ。何でも自分の物差しで計ろうとするのは良くないな、ネゴシエイター」
九鬼は、このロジャーという男を警戒していた。
あのドームに集められた参加者で、一番冷静さを保っていたのはこの男だ。
そのような男なら、今自分達が置かれている状況を判断できないはずが無い。
自分と同じく、手駒を集めて安全を確保して、殺し合いを静観しようとしている可能性もある。
ともかく、状況が状況だ。慎重になりすぎて困る事は無い。彼はそう考えていた。

「どいてください!」
二人がそうして問答を繰り返していると、それまでロジャーの後ろで事の成り行きを見守っていたリリーナが、ロジャーを押しのけて前に進み出た。
いつまでも姿を見せろ、見せないといった事を議論し続けるロジャーに業を煮やしたのだ。
「リリーナ嬢、何を…!?」
「機体から降りるつもりが無いと言うのなら、そのままで構いません。私の話を聞いてもらえませんか?」
唐突に自分を押しのけたリリーナにロジャーは抗議しようとするが、当のリリーナは聞く耳を持たずに九鬼の乗るドラグナー2型へと語りかける。
「やれやれ、堪え性の無いクライアントは困る…」
その様子に、ロジャーは首を振って肩を竦めた。
だが、それ以上止めるつもりは無いようだ。一歩後ろに下がり、リリーナの行動を見守る構えをみせる。
「いいだろう、話せ」
「ありがとうございます」
明らかに上から見下したような九鬼の物言いに気を悪くすることもせず、律儀に礼さえ返して、リリーナは自らの目的を語り始めた。
「私達は、ゲームに乗るつもりはありません。話し合いでこの殺し合いを止められないか、と考えています」
「ほう…それは立派な心掛けだ。だが、恐らく多くの参加者はこのゲームに乗ってしまっているだろう。
そのような相手に、君の言葉が通じるとは考え難いな」
「それでも、話せば解ってもらえるはずです。このような殺し合い、誰も望んでなどいないのですから。
ですから、私達はこうして機体から降り、武器を捨てて話し合いを―――」
「…まて、今、なんと言った?武器を…捨てる?」
リリーナの言葉を遮り、九鬼はたった今リリーナの発した言葉を反復する。
「はい。私の掲げる完全平和主義に、兵器は必要ありません。争いのない、平和な世の中。それが、私の願いです」
「では、君たちはゲームに乗った相手に襲われても、決して戦闘をしないと…?」
「はい。いかなる状況であれ、武力を誇示することはしない。それが、私の目指す理想なのですから」
一片の迷いも無く言い切るリリーナの姿に、九鬼は軽い眩暈さえ覚えた。
一体、この女は何を言っているんだ?自殺願望でももっているというのか?
戸惑いながら、九鬼はモニターに映るリリーナの顔を注視する。
その瞳に、曇りはなかった。つまりは、彼女は大真面目なのだ。
「…そうか、わかった」
しばらくリリーナを見詰めていた九鬼が、溜息混じりに呟く。
「解ってくれたのですね!?では、私たちと一緒に…ッ!?」
その呟きを聞き、嬉しそうに綻んだリリーナの表情は、次の瞬間に凍りついた。
「あぁ、お前らにはもう用は無い」
自身に向けられたドラグナーのハンドレールガンの銃口と降り注ぐ九鬼の言葉に、
リリーナの全身をロジャーと合流することで忘れかけていた恐怖が支配する。
その様子に、九鬼は嘲るように鼻を鳴らした。
ゲームに乗っていないのならば手駒に出来ないかと話を聞いてはみたが、
まさか目の前で人を一人殺されてこんな事をいえるような甘い連中だとは思いもしなかった。
ここで友好的な態度を見せれば、彼らの中にもぐりこみ、信用を得ることも難しくはないだろうが、
こんな馬鹿げた理想論を振りかざす人間など足手纏いにしかならない。
まぁ、参加者を二人減らせるのだ。ここはそれで良しとしよう。
「では、お別れだお嬢さん。君の話は中々に楽しかったよ、実に面白い笑い話だった」
唇を醜く歪めて言い放ち、九鬼が引き金を引こうとした瞬間、黒い影がリリーナを抱きかかえた。
黒い影―――彼女の背後で二人の話を見守っていたロジャーが、リリーナを抱きかかえたままその左腕を伸ばし何かを射出する。
放たれた何かがロジャーに支給された機体へと巻き付き、二人の体はまるで引き寄せられるようにロジャーの機体へと向かっていく。
「なにぃ!?」
九鬼の上げた驚愕の叫びを聞きながら、ロジャーは自らに支給された機体の展開した胸部装甲へと降り立つ。
あのドームで目覚めたとき、身に着けていた道具のいくつかは無くなっていた。恐らく、あの主催者に没収されたのだろう。
だが、幸いにも他の小物に偽装した道具―――例えば、この腕時計に偽装したワイヤーフック内臓の通信機はどうやら難を逃れられたらしい。
ワイヤーを撒き戻し、素早く支給された機体のコクピットへと乗り込む。
「しっかり掴まっていたまえ!」
コクピットの中に状況についてこれずに呆然とするリリーナを押し込めて言い放ち、
ロジャーは懐から取り出した小さな手のひらサイズの機械を握り締めた。

「SP1!コマンドインストール!」
高らかに言い放ち、コクピット内のジョイントへ手にした機械―――ギアコマンダーを叩きつける。バイザーに隠された機体の瞳に、光が宿った。
次いでロジャーはかつての乗機―――ビッグオーを操る時にそうしていたように腕を胸の前で交差させると、もう一度、高らかに叫びをあげる。
「騎士凰牙!ショータァーイム!」
この声に呼応するかのように、凰牙の顔を覆っていたバイザーが開き、人を模したその顔が姿を現した。
両腕と両足に装備されたタービンが唸るように回転し、握り締めた拳を振りかざすと、宙に佇むドラグナー2型を射抜くかのように突きつける。
「ええい、貴様らァァァアア!」
通信機越しに聞こえる九鬼の憤怒に満ちた声と、その怒りを乗せて飛来するハンドレールガンの弾丸をロジャーは凰牙を膝立ちにし、
タービンの回転を利用した高速移動で避ける。
「はかったな!?何が完全平和主義だ、何が武力を誇示しないだ!偉そうな事を言いやがってェ!」
続く言葉と共に飛来するミサイルを巧みなタービンの操作で右へ左へとかわしながら、ロジャーは吐き捨てる。
「良くそんな台詞が吐けるものだ!謀り事にかけようとしていたのはそっちだろう!
残念ながら、君はあの主催者のように誠意が欠けていたらしい。そのような相手には、ネゴシエイションの価値もない!」
「だったらどうするゥ!?ネゴシエイタァーッ!」
九鬼の叫びと同時に放たれた肩のキャノン砲をくるりと回転してかわし、凰牙はその勢いのまま立ち上がる。
「ネゴシエイションに値しない相手には―――」
キャノンの反動によって動きの止まった一瞬の隙をついて、凰牙の右腕のタービンが唸りを上げた。
「―――こうするまでだ!」
更に回転を増すタービンに、凰牙の腕を中心とした烈風が巻き起こる。
そして裂帛の気合と共に、唸りを上げる凰牙のタービンは、渦巻く風を伴って突き出された。
吹きすさぶ風は、やがて竜巻となってドラグナーへと迸る。
「何だとォ!?く…おおおッ!?」
荒れ狂う竜巻は、更なる砲撃を行おうとしていたドラグナーを掠めて行く。
「くそ、聞いてないぞ…ッ!」
直撃を避けたとはいえ、その凄まじいまでの風の奔流はドラグナーの体制を崩させるのに充分だった。
揺れるコクピットの中、忌々しそうに九鬼が吐き捨てる。
外見から、火器を持たない接近戦特化の機体と高を括って、距離をとっての砲撃戦に持ち込めば勝てると踏んだのがまず間違いだった。
あのような飛び道具を持つ相手であるならば、ここは撤退するべきだ。
未だゲームは始まったばかり、生き残るためには、こんなところで消耗するわけには行かない。
「ちィ…覚えていろ!」
モニターに佇む凰牙に向かって捨て台詞を叩きつけると、九鬼はドラグナーを反転させ、すぐさまバーニアを吹かしてこの場を離脱していった。




「…行ったか」
遠ざかっていくドラグナー2型の姿に、ロジャーは凰牙の構えを解いた。
「怪我はないかね?リリーナじょ―――」
「何故撃ったのですか!」
ゲームに乗った相手の撃退し、クライアントの安否を確認しようと振り向いたロジャーに、突然リリーナは食って掛かった。
見れば、頬を紅潮させ、眉を吊り上げてこちらを睨み付けている。今の相手に応戦した事を怒っているのは明白だった。
「…リリーナ嬢。君は状況が理解できているのかね?向こうはこちらを殺すつもりだった。
君だって、私がいなければ殺されていたのだよ?礼の一つも言って貰いたいものだな」
「そんなことを言っているのではありません!貴方は私の理想に賛同してくれたのではないのですか!?
私の掲げる理想に、兵器は必要ないといったはずです!なのにこんな―――」
ロジャーの反論に耳を貸さず、リリーナは顔を詰め寄らせて更なる怒りを募らせる。
火に油、だったか。
その後も騒ぎ立てるリリーナの言葉を耳から耳へと聞き流し、ロジャーは気付かれないように溜息をつく。
頑固なお嬢さんだ、とは思っていたが、まさかここまで筋金入りだとは。
失敗すれば良い薬になるかとネゴシエイションを任せてみたのも、まるで効果はないらしい。
この融通の利かなさは、まるであの無愛想なアンドロイドのようだ。
そうと解れば、まともに相手をする事はない。
こういった頭の固い相手にまともに取り合っても疲れるだけだと言う事を、ロジャーは長年の経験で知っていた。
「確かに、私は君の依頼を受けた。だが、クライアントはその方法まで口出しするべきではないな。
君には悪いが、私は私のルールでやらせてもらう」
「な…!?」
その言葉に、リリーナは耳まで真っ赤に染めて言葉を失う。
こういった反応を返してくれる分、無愛想なアンドロイドと比べてまだ可愛げはあるな。
そんな失礼な事を考えながら、ロジャーは話題を切り替えることにした。
こういうときは、また騒ぎ出さないうちにとっとと煙に巻いてしまうに限る。
「さて、何時までもここでこうしているわけにもいくまい。機体に戻りたまえ、まずは…そうだな、西の市街地へ向かうとしようか」
そう言ってロジャーはコクピットを開け放ち、やや離れてしまったリリーナの支給機体を指差した。
「人の話を聞いてください!それに、私は兵器になど乗りたくありません!」
「では、ずっとここでこうしていると?我々の囚われているこの箱庭は広大だ。人の足で移動するなら、どれだけ時間があっても足りはしない。
君は自分の考えを他の参加者に説いてまわるのだろう?その為には、例え嫌でもあの戦闘機に乗る必要がある。
まぁ、そこまであの戦闘機に乗るのが嫌だというなら、私の機体に同乗しても構わんよ。尤も、兵器に乗る事に変わりはないが」
再び燃え盛ったリリーナの怒りに、ロジャーはあくまで静寂を称える水面のように冷静に反論する。
尤も、その水面にはいくつかの棘が突き出てはいたが。
とはいえ、彼の言い分は正論だ。唇を噛み締めて、リリーナは言葉をつぐむ。
言いたい事は多々あれど、気が昂ぶりすぎて、胸中に渦巻く感情を上手く言葉にできない、そんな様子だ。
だが、例え言葉に出来たとしても、弁論の達人たる百戦錬磨のネゴシエイターに掛かれば、たちどころに皮肉を交えた返答が返ってくることだろう。
ロジャーと出会ってまだ間もないリリーナだったが、その僅かな時間で、この男の性格は充分に理解できた。
だけど、それでも収まりのつかない彼女は、ぽつりと精一杯の反抗を試みる。
「…貴方って、最低だわ」
「生憎だが、その台詞は言われ慣れている」
悪びれる風も無く、黒尽くめのネゴシエイターはそう言って肩をすくめて見せた。


【ロジャー・スミス 搭乗機体: 騎士GEAR凰牙 (GEAR戦士電童)
 現在位置:F-7
 パイロット状態:健康
 機体状態:良好。ENを数%消費
 第一行動方針:リリーナと共に西の市街地へ向かう
 第二行動方針:リリーナを守りながら、参加者に彼女の完全平和主義を説く
 最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイションに値しない相手には武力行使も厭わないが、相手を殺す事はしない) 】
 備考:凰牙は通常の補給ポイントによる補給は不可能。
    セルブースターのハイパーデンドーデンチでしかENの補給は出来ません。

【九鬼正義 搭乗機体: ドラグナー2型カスタム (機甲戦記ドラグナー)
 現在位置:F-7
 パイロット状態:健康
 機体状態:良好。弾薬を多少消費
 第一行動方針:手駒に使える参加者を集める
 第二行動方針:確実に勝てる相手以外との戦闘は避ける
 最終行動方針:ゲームに優勝する 】

【リリーナ・ドーリアン 搭乗機体:セルブースターヴァルハラ (GEAR戦士電童)
 現在位置:F-7
 パイロット状態:健康。ロジャーに対して少し(かなり?)ご立腹
 機体状態:良好
 第一行動方針:参加者達に完全平和主義を説く
 最終行動方針:話し合いによって殺し合いを止める】
 備考:セルブースターはハイパーデンドーデンチ12本(凰牙の補給6回分)を搭載。
    ちなみに二人乗り。】

【初日 13:30】


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