49話A「髑髏と悪魔が踊るとき」
◆IA.LhiwF3A


 命はやがて息絶えて、肉は削げ落ち骨と化す。
 骸骨とは、言わば死の象徴。その骸骨を額に掲げし異端のMS、クロスボーン・ガンダムX2が緑の大地を往く。
 背部に取り付けられた『交差する骨』の如き外観を持つ大型スラスターにより突き進む漆黒の機体は、
 眩いばかりの陽射しの下にいながらも、大海原の波を渡りし幽霊船を髣髴とさせる。
 しかし、幽霊船の舵を取るのが常に朽ち果てた身の亡霊船長であるとは限らない。この場合においてもまた、然り。
「ゲームがヤな奴、この指止ーまれ……ってか」
 陰鬱とした死の匂いを纏わせる機体を駆るのは、そのような負のイメージとは程遠い、飄々とした印象を与える容姿をした黒服の青年。
 宇宙の始末屋、コズモレンジャーJ9に属する超一流のスナイパー、ブラスター・キッドこと木戸丈太郎は、
 機体の中心、コア・ブロック・システムと呼ばれる特殊な構造により設計されたコックピットの中、何の気もなしにそんな事を呟いた。
 何者にも縛られないというアウトローの信念に基づき行動を開始してから一時間余り、当初の目的である他の参加者との接触は未だ果たせずにいる。
 とりあえず、相手がこのクソ益体もないゲームに乗ってしまった相手であれば、容赦せずにこちらも牙を剥いてやるという決意は固めたが、
 最終的にどう動くつもりかと問われれば、キッドの中でもそのビジョンはまだ明確に定まってはいない。
 ゲームに乗らないということは、『最後の一人になるまで生き残る』というこのゲームでの基本原則に逆らうということだが――
 ……アレから無事に逃げ切ろうってのも、結構無茶な話じゃありません? いや、まったくその通りで御座いますとも。
 思考の中で勝手に始まって勝手に終わった問答だったが、実際のところ、間違ってはいない。
 この何処とも知れない世界へと自分達を呼び寄せ、状況の把握も済まない内に「殺し合いをしてもらう」などという戯言を吐き、
 無謀とも言えた少女の反抗に対してその異形を曝け出したこのゲームの主催者。
 自分達が元の世界で戦っている相手も、幽体離脱だの新たな宇宙の想像がどうだのといういささか浮世離れした事柄をやってのける存在ではある。
 けれど、あの空間で見たものは――違うのだ。
 カーメン=カーメンがイカレ野郎である事に関してはあらゆる異議も通すつもりはないが、アインスト――ノイ=レジセイアとか言っていたか。
 在り来たりな一言で、表してしまえば。
「……人間じゃねぇしな、どう見たって」
 次元が違うという言葉は、きっとああいったモノに対して使うべきなのだ。自分達が持っていた常識も、認識も、何もかもを覆してしまうモノ。
 コズモレンジャーJ9の誇りと、背中に刻んだウルフのマークに誓って、たとえ対抗する力がどれだけ巨大であろうとも、それに縛られるつもりなどは毛頭ない。
 が、仮に鎖を引き千切ることが出来たとして、そのまま飼い主の喉下へと喰らいつけるかどうかというのはまた別の問題である。
 いくら狼であろうとも、大怪獣が相手となれば流石に分が悪いというものだ。
「……かといって、このまんまって訳にもいかないでしょう、キッドさん」
 『現状維持』で固まる意識を、どうにかこうにか打破したいとは思う。
 けれど、結局答えの出てこないまま、いつの間にか目の前には鬱蒼と茂る雑木林が広がっていて――




 悪魔は、そこにいた。




 安易にあのような間の抜けた格好の可変形態に頼らず、わざわざ足を向けてここまでやって来た甲斐があった。
 自分にとっては最高のシチュエーション、相手に対しては最高のインパクトを与える登場の仕方が出来たので。
 重厚なる巨体をもって一歩一歩を踏み締めるたびに、薙ぎ倒される木々、沈み行く大地。
 圧倒的な"力"を誇示して全てを蹂躙するこのマシンを、相手は如何なる思いで目の当たりにしているだろうか。
 ――それは、クロスボーンと同じ漆黒のガンダム。けれど、一般的なMSの範疇を逸脱したその大柄な体躯から放たれる威圧感は、
 世間一般に有り触れている有象無象のMSの比ではない。剥き出しになったパイロットの悪意が、それを一層増幅させている。
 彼とこの機体が出会ってしまったことは、運命の巡り合わせだと言ってしまっても過言ではないだろう――
 サイコガンダムのコックピットの中、相羽シンヤはようやく出会うことが出来た"餌"の存在を前に、これ以上にない歓喜を露にして頬を緩ませている。
 面白い偶然があったものだ、と思う。対峙している相手の機体は、自分の乗っているマシンと同じ、黒の装甲で身を固めた"ガンダム"と呼ばれるMS。
 このゲームに、"ガンダム"の名を冠する機体は二つも必要ない。木偶――サイコガンダムの初陣の相手としては、うってつけの存在と言えるだろう。
 と、その時、断続的な電子音が二度、コックピットの中に鳴り響く。通信回線が繋がっている、目の前にいる"ガンダム"からだ。
 答える必要などまるでなかった。これから自分は、何の容赦もなくサイコガンダムの力を持ってこの"ガンダム"を叩き潰し、新たな獲物を求め往く。
 目の前にいる相手など、自分にとっては所詮通過点でしかない。通り過ぎていくだけの存在。忘れ往くだけの存在。己の糧となってもらうだけの、存在。
 けれど、何となく、興味が湧いた。
 理由など在りはしないだろうが、自分と同じ黒の"ガンダム"を与えられた人間が、自分に何を伝えるつもりなのか、それが少しだけ、気になった。
 通信回線を開く。ノイズ交じりの小さなモニターに映し出されたのは、余裕綽々とでも言えばいいのだろうか、掴み所のない、飄々とした表情の青年。
 向けられている双眸には、あたかもこちらの全てを見透かしているような光が宿っている。
 気に入らない、顔だった。満面の笑みを浮かべている訳でもなければ、逆に陰気臭い空気を漂わせている訳でもないが、ただ、気に入らない。
 生意気だ。不愉快だ。苛々する。鬱陶しい。
 何なんだよ、その目は。お前のことなんか相手にしている暇はない、とか言いたそうな、その目は。いや、違う――
 ――僕を哀れむような、そんな目を、向けるな。
「オカルト染みた感覚なんてのは、カーメンみたいな頭の大事な部分がどっかにイっちまった野郎だけが当てにするもんだと思ってたが――」
 訳の分からない言葉を途中で切って、男の表情が変わる。
 ある種の人間――人間が持つ『闇』の一面を知る者だけが纏うことの出来る、特有の剣呑な空気が、男の顔一面に張り付いていた。
「そういうのって、あったんだな。根拠も何もねぇってのに、頭のどっかが『これしかない』って決め付けちまう時が。
 でもって、どうもそいつは今みたいだな。お前みたいなのを放っておいたら、絶対にヤバいことになる。出会って早々で悪いが――止めさせて、もらうぜ」
「……何だ? 何なんだよ、お前は? 正義の味方でも、気取ったつもりなのか……?」
「そういうご大層な役職とは、違うな。オレは木戸丈太郎、人呼んでブラスター・キッド――」
 X2の紫色の瞳が鈍い輝きを放ち、両手で構えた巨大なライフルの銃口が真っ直ぐ、こちらへと向いて――
「――お前みたいな悪党を消す、宇宙の始末屋J9だ! イェイッ!!」
 ふざけた掛け声とともに、光は放たれた。


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