66話A「アンチボディー ―半機半生の機体―」
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水面を二つの赤いしみがゆっくりと移動していく。その像は徐々に大きくしっかりとした輪郭を伴ってゆき、間もなくその像の主は水中から姿をあらわした。
姿をあらわしたのはブレンパワードとグランチャーと呼ばれる二機のアンチボディー。半機半生の機体である。
その二機のうち赤い機体は陸にあがると周囲を一度グルッと見わたした。
視界いっぱいに映ったのは砂の海。目測で前方30〜40kmはこの光景が続いている。
砂浜というには広すぎる。砂漠とか砂丘とかいう類のものだろう。
視界をさえぎるものがないためか見通しはよく、立ち並ぶビル群を遠目に確認することができた。自分達以外に機影もない。
時刻を確認する。時計の針は午後4時を指していた。
水中の移動は思ったよりも時間をくったなと思ったジョシュアは
「アイビス、ここから先は身を隠す場所がない。なるべくはやくに市街地まで突っ切る」
と声をかける。了解と返してきたアイビスの声を確認するとジョシュアは先にたって進み始めた。


ジョシュアとアイビスが市街地に入ったのは市街地を確認した20分後のことであった。
周辺に敵機がいないことを確認した二人は市街地の入り口付近、A-1・A-2・B-1・B-2という四つの地区の境目、A-1側の一角に陣取った。
姿を隠しつつ南から市街地を目指してくる機体を発見しやすいというのと禁止エリアに指定された場合他のエリアに動きやすいというがその場所を選んだ主な理由である。
『傭兵か・・・さすがに手慣れているな』とへんに感心しつつ、先に降りて休憩しているはずのジョシュアに習い休むことにアイビスは決めた。
機体を降りるとジョシュアが「お疲れ」と声をかけてきた。続けてブレンにも「お疲れ」と声をかけ二三度軽く撫でていく。
「お疲れ。・・・何してるの?」
「こうしてやるとブレンもグランも喜ぶんだ。アイビスにも喜んでるブレンの声が聞こえるだろ?」
「う、うん」
『ブレンの声?何を言っているんだ』と思うも返事を返す。
ブレンを見上げてみた。そこにはいつもと変わらない小型の巨人がただずんでいるだけであって声はおろかそこに感情が潜んでいるなどとはアイビスには到底思えなかった。
「先に休んでる」
とジョシュアに一声かけるとアイビスはその場を後にした。



「わが名はギム・ギンガナム。そこのパイロット、名乗りを上げい!」
我に返ったギンガナムの武骨な声があたりに響き渡った。分離し一部を置き去りに飛び去った相手にもはや興味はなく、新たな相手を前にギンガナムは胸を弾ませた。
その名乗りで我にかえった統夜はゲッターの変形機構から思考を目の前の相手に向ける。
先ほどの戦闘から分かるのは小型機らしい俊敏な機動性と(自機とは比にならない重さを有しているであろう)50m級の機体をも投げ飛ばし殴り飛ばす怪力。
装甲の厚さは不明だが武器というものは当たらなければ須く意味がない。ヴァイサーガの装甲がそうそう破られるとも思えなかったが、攻撃を当てれるかというとどうだろう・・・。
そう簡単に攻撃を受けてくれる相手とも思えない。
とにもかくにも極力戦いたくない相手には違いなかった。
そこまで思考をまとめた統夜は策を決め腹をすえた。そして羞恥心を押し殺し柄にもなく大声を張り上げ名乗りをあげる。
「紫雲統夜!参る!!」
名乗りと同時に刀を抜き打ち、地面を滑るような衝撃波を繰り出す。
そしてそれはギンガナムの手前100mというところで周囲のビルを薙ぎ払い、大量の瓦礫を舞い上げる。ギンガナムの周囲に粉塵が立ち込めた。
「見事な先手!小生の視覚を潰しおったか・・・!!」
周囲を見渡せない状況がかえってギンガナムのテンションをあげる。
レーダーの利かないこの世界において視覚を潰されるということは索敵能力を潰されるに等しい。しかし、逆に取るとこの状況下では相手もこちらの正確な位置は捕らえられない。
ゆえに遠距離攻撃は考えられず、この粉塵にまぎれて近距離戦を仕掛けてくるはずであるとギンガナムは読む。
その予想される相手の攻撃にカウンターを合わせるべくギンガナムは相手の一撃を待った。
やがて視界が晴れたころ、ギンガナムは遥か彼方に遠ざかっていく巨体を見つける。
このとき統夜の取っていた策は実は逃げの一手であった。
眉間にしわがより、鬼の形相を呈したギンガナムは
「小生を謀りおったな・・・だが!!逃がしはせぬぞおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その声にドップラー効果がかかるほどの勢いで統夜を追いかけ始めた。



ほぼ同時刻、戦場から離脱し北に向かって遠ざかりつつある二機のコマンドマシンがあった。
「ガロード、引き返すぞ」
後方に遠ざかっていく戦場の様子を注意深く観察していたクインシィはガロードに通信を入れる。
「へっ?さっきは離脱するって・・・な、なんでまた・・・」
「戦場が動いた。この隙にベアー号かお前の機体を回収したい。コマンドマシンでは心もとないだろ?」
言うが早いか大きく弧を描いて真イーグル号を反転させたクインシィに大慌てでガロードも続く。
なるほどさき程離脱した戦場から離れていくヴァイサーガの巨体がどうにか見て取れる。
小型機のほうはここからではさすがに見えないがお姉さんのほうからは見えているのだろうか?そんな疑問が浮かび口を開く。
「お、お姉さん!」
「どうした?」
「さっきの小さいほうの機体は?」
「なんだ。そのことか・・・」
予想よりも冷静な言葉が返ってきて取り越し苦労かと胸をなでおろした。
きっと、策か何かあるのだろうと思い続きを待つ、そこに
「姿は確認できないが、あれほど好戦的な奴だ。大きいほうを追いかけていったに決まっている」
と的を射ているような射てないような返事がガロードに返ってきた。
ガロードが先行きに感じる言いようのない不安などお構いなしに二機のコマンドマシンは僚機を回収すべく駆け続けていった。



「ふははははっ!待てええええぇぇぇぇぇいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
通信から楽しそうな大音量の声が流れてきて思わず統夜は顔をしかめた。
えらい変態さんに目をつけられてしまったもんだと暗たんとした思いが胸をよぎり、絶っ対に逃げ切ってやるという思いを強くする。
しかし、不幸にもヴァイサーガの巨体はビルの密集するここの地形に適しておらず、逃走開始時にかなり広げたはずの距離はずいぶんと縮められていた。
そのことを確認すると焦りが生じてきた統夜は周囲を見渡す。
そして、目ざとくも左前方に他の参加者を発見する。口元に笑みがこぼれる。
一度後方との距離を確認して距離的にもちょうどいいと踏んだ統夜は全速で機体を走らせた。哀れな贄の元へと・・・。



休憩を終えたアイビスは再びブレンを見上げていた。
そうする気になったのはバルマー戦役時に活躍したある兵士が超機人とかいう生きた機体に乗っていたという話を休憩中に思い出したからではない。
その手の話は兵士が自分で箔をつけようと流したものかあるいは驚異的な働きをした兵士に神がかり的なものを感じた敵味方に流れるものとして別段珍しくはなかった。
だからそういった尾ひれのついた話に流されたわけではない。
ブレンの声が聞こえるというジョシュアの言に何かひっかかるものを感じたからこそこうして再び見上げてみる気になったのだった。
しかし、依然としてその表情からは何も読み取れなかった。ジョシュアがしてたように撫でてもみたが結果は同じだった。
しばらくの思案の後、への字にしていた口元を緩ませると
『バカバカしい・・・気にするのは止めよう。どうせ私には・・・関係ない・・・』
とアイビスは結論付けた。そこには自嘲の色が見え隠れする。
そのとき、アイビスは地響きのようなものを耳にする。体に緊張が走り周囲を見渡す。
砂漠に敵影は見えない。ビルの隙間からも見えない。
気のせいかと思ったが今度は先ほどよりも大きな地響きを耳にする。同時に大地が震える。
瞬間、転がり込むようにブレンに乗り込む。少し遅れてジョシュアもグランチャーに乗り込むのが見えた。
―――間違いない。巨大な何かが接近してくる。
その予感はまもなく確信にかわった。ビルの谷間から50mはあろうかという巨体が姿を現しこちらに迫ってくるのを見つけたからだ。
「アイビス!」
同時に確認したらしいジョジュアから通信が入る。
「な、何っ」
「万が一戦闘になったら離脱しろ」
反論を口に出そうとした瞬間、ジョシュアが言葉を続ける。
「ブレンには武装がない!危険すぎる」
「い、言われなくてもわかってる・・・・・・ジョシュアはどうするのさ?」
「大丈夫だ。危ない橋を渡るつもりはない・・・適当に時間を稼いだら離脱する・・・」
そして程よく接近中の機体から通信が入る。
「応答を。こちら紫雲統夜。そこの二機答えてください」



その機体の大きさに若干距離感を崩されながらも、通信に答えようとするアイビスを制してジョシュアは通信に答えた。
「通信聞こえている。こちらに交戦の意思はない。こちらから一定の距離で静止してくれないか」
「無理です!ゲームにのった凶悪な奴に追われています。助けてください・・・」
何か違和感を覚えたジョシュアは追われていることだけでは追っ手がゲームに乗っているものとは判断できないと、そう反論を口にしようとして突如入った通信に遮られた。
「わが名はギム・ギンガナム。そこの二機のパイロット、名乗りを上げい!」
その唐突な小型機の名乗りにジョシュアとアイビスは面くらった
「名乗りをあげろ・・・?」
「何・・・・・・あいつ・・・」
奇妙な雰囲気が場を占め、巨大な機体の接近以来張り詰めていた空気が弛緩する。
その隙に紫雲統夜と名乗った男はこちらに機体を近づけてくる。

ぞくり――

その行動に背筋の凍りつくような感覚を感じたジョシュアは我知らず一歩退く。その鼻先を音もなく巨大な切先が通過していった。
同時に目の前に傷一つない綺麗なボディーが横切っていった。襲われたにもかかわらず損傷のまったくない機体・・・先ほどの違和感の正体はこれかと気づく。
結果としてすれ違いざまの抜き打ちをかわしたことになったジョシュアはヴァイサーガを追って機体を反転させ振り返る。
そこで目に飛び込んできたのは、自機よりも数倍の大きさを誇る機体に叩き潰されビルに沈み込むブレンと、そのまま止まらずに離脱していくヴァイサーガの後姿であった。
「アイビス!ブレン!!」
とっさに駆け寄ろうとしたその時
「むぅ・・・実に見事な名乗り!アイビス・ブレンよ・・・いざ参る!!」
「待てくれ!こちらに戦う気は」
「問答無用!!」
相手の言を完全に無視して、盛大な勘違いをしたギンガナムがジョシュアに襲い掛かった。


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