131話「解し得ぬ存在」
◆7vhi1CrLM6
実に不可解な現象が起きていた。首輪にだ。
AI1にかけた首輪の解析は捗ってはいない。変質パターンの解析は終わっていないのだ。
しかし、無為に時間が過ぎたのかというとそうではなかった。二種類のナノマシンが確認されたのである。
一つは無機質で機械的なものに生物的な特徴を付与したもの。恐らくは自己増殖のプログラミングを施されたもの。
もう一つは有機的で生物的なもの。こちらも侵食性を見せている。
両者は性質的に極めて近い。近いがゆえに相容れない存在だ。相手の領土を侵食しようと互いが互いを喰らい合っている。
おそらくは有機的なものの方がアインスト細胞なのだろう。玉の周辺により多く展開していた。
今のところは機械的なものの方が侵食力が強い。結果、首輪は徐々に異形からさらなる異形へと変化していっている。
ただしこれらは全て表層の変化である。視認可能な見かけの形状変化。それをナノ単位まで落としたものに過ぎない。
ゆえにどういった変化が生じているのかは分かれども、変化の規則性は現時点では見出せてはいなかった。二つのナノマシンの動きは複雑さを極めている。
これらの情報の中で重要なのは――
「なるほど……このナノマシンの侵食力はアインスト細胞を上回っているのか」
そう。機械的なナノマシンがアインスト細胞の侵食力を上回っているという一点。
これは別の可能性を示唆している。
この機械的なナノマシンをコントロール下に置けばアインスト細胞の除去が行なえる可能性を秘めているということだ。
それに、それだけではない。弾頭にでも仕込み、着弾と同時に侵食させれば、あの化け物に対する切り札となりえる。
それだけの可能性をこのナノマシンは秘めていた。
「面白い」
唇を噛み締めて仮面の男は噛み殺すように笑う。
無論、そこに到達するためには幾つものハードルが存在する。ナノマシンの解析は必要不可欠である上に、自身の手で改良を施さなければならないのだ。
常識的に考えれば時間が足りない。時間を費やせば費やすほど犠牲者は増える。しかし、だ。
しかし、この男はただお気に入りの玩具を与えられた子供のように無垢な笑い声を上げていた。
◇
レーダーに灯りが灯る。暗緑色の画面に映し出される光点。そこに添えられている文字はUNKNOWN。
それが電磁波の跳ね返りを受けるごとに瞬き、電子的な警告音を伴って場所を知らせてきていた。
その音に、知らず知らずの内に泥のような眠りに引きずり込まれかけていたベガは、ハッと目を覚まし、慌ててレーダーを見やる。
相対距離は20キロ未満。歩みは遅いが程なく目視圏内に入るだろう。
手早く情報を整理すると手を伸ばし通信コンソールのパネルに触れた。小気味のいい音を立てて通信がユーゼスの乗機ゼストへと繋がる。
「何事だ?」
「基地西部からアンノウン一機接近中。ユーゼス、どうします?」
「ふむ……そうだな、ローズセラヴィ単機で接触。信用が置ける相手かどうかの判断は任せるが、極力施設には近づけさせないでもらいたい。
それと私の援護は期待できないものとして当たれ。いいな?」
援護が期待できない――そこに僅かな引っかかりを覚える。ふと視線が絡む。
そこで感情を読み取ったのか、ユーゼスは首輪を指し示しながら言葉を重ねてきた。
「私の機体はこちらに回していて他の事に割く余力がないのだよ。無論、動きが取れるようになり次第加勢には出るが、余り期待しないほうがいい」
『メリクリウスは……』そう喉元まで出掛かった声を押し殺した。
きっと彼に考えがあるのだろう。理論的に物事を捉える人だ。メリクリウスのことを見落とすはずはない。
ならば、要らぬ詮索は必要ない。要るのはただ一つの言葉だけ――
「……了解」
「では、健闘を祈る」
それで交わした視線は離れ、通信は砂嵐に塗れて閉じられた。胎の底に冷え冷えとしたモノが残り、僅かな嫌悪感が身に纏わりつく。
それを頭から振り払い――
「彼は感情表現が不器用なだけなのよ」
思いなおした。
だから自分がしっかりせねばならない。その不器用さから起こる衝突をフォローしなくてはならない。
その為には誰よりもまず自分自身が彼を信頼すべきなのだ。それが彼が見せる未来に、道に身をゆだねると決めた者の最低限の責務なのだ。
そう思い定めると、迷いを振り切るようにローズセラヴィーをベガは発進させた。
◇
何かが頭上を通り過ぎる重音と駆動音が地下の天井を揺らし、鉄骨に吹き付けられた耐火皮膜がパラパラと降って来た。
それを両手を後ろ手に鉄骨に縛り付けられたままぼんやりと眺めている。
『俺の言葉はお前の言葉だ。俺の考えはお前の考えだ。 ……さぁ、もう一度聞くぞ。
――お前は一体どうしたいんだ?』
あれからずっとその答えを考えている。そして、その最も単純な答えは見つけていた。
生きたい。そこに疑いはない。何の為に生きたいのか、その明確な目標もある。
アルに、クリスにどうしようもなく会いたいのだ。あの温かい日々が恋しいのだ。
だったらあの男の誘いに乗ればいい。そう思う。それしか生きる道はないのだ。
だが、それでもあの声が耳元でざわめく。
『殺して生き残って、それでもアルやクリスに会えるのか? 人殺しの癖に胸を張って会いに行くのかい?』
あの男の言うがままに動けば、死ぬことよりも更に恐ろしいことになる。 あのとき、感じたそんな予感。
人殺しなんかよりも遥かにおぞましいモノに加担してしまうのかもしれない。今、ひたひたと忍び寄ってくるそんな予感。
それを感じるだけに余計に言葉が詰まる。当たり前だったはずの答えが出ず、思考は堂々巡りを繰り返す。
結局は夢の中と何も変わりはしない。煮えきらず。流れ流される半端者。
そんな思考の波の中でバーニィはふと思った。
――本当にあの男に従うしか、生きる方法はないのか?
◇
通信を閉じたあと、シートに浅く腰掛け直すと体重をシートに預けてグッと体を伸ばした。
それだけのことをしてもコックピットシートは軋む音一つあげはしない。
中空を見つめて目を瞬かせたあと、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
――他の事に割く余力がない? 馬鹿を言うな。
通常AI1のメディウスの制御に割かれているものまで総動員して首輪を解析するなど、自らの身の安全を丸ごと他人に委ねるなど、誰がそんな馬鹿げたことをするものか。
あんなものはただの口実だ。
接近してくる機体とローズセラヴィー、二つの機体のデータを収集しAI1に学習させる。そのための口実だ。
「その程度ことも見抜けないとは……自ら目を塞いだか」
本来ならば、この程度の嘘など軽く見破るだけの洞察力を備えた女であるとユーゼスは見ている。
にもかかわらず、見えていない。いや、見えてはいるのだろう。しかし、そこから必死に顔を背けている。
人は自らが見たくないものを見ようとしない習性があるという。
これがまさしくそうだ。
『信頼』などという形のないモノに囚われて、目を塞ぐ。それも四方八方の者に対してだ。
実に愚かな行為と言えるだろう。だが、それだけに――
「……惜しいな」
そう思わずにはいられない。自分のみ忠誠を誓い、他の者に対して非道に徹しきれれば、どれほど有能な駒となれるものか。
才を活かしきれぬ者。それが残念でもあり、不憫でもあった。
「まぁいい。今はメディウスの……いや、ゼストの糧となれ」
呟く。これからの行動は全てAI1に解析され、フィードバックされる。ベガの動きも、新手の動きもだ。
才を活かせぬ存在とは言え、AI1の教育には利用できる。その上で戦況如何では介入も辞さない心構えだった。
そして、もし万が一相手の機体の必要性をAI1が、いやユーゼスが感じたそのときは――
「ッ!!」
瞬間、コックピット内に響き渡った警報に顔を上げた。
咄嗟に目を走らせたディスプレイが真っ赤に染まるのを確認して、思わず唇を噛み締める。
――ウィルスだとッ!!
手元に引き寄せたキーボードを素早く叩き、撃退ワクチンを投入する。
リセットされる警報に胸を撫で下ろしたその瞬間、再び警報がざわめきを発した。
ディスプレイが防壁突破の事実を指し示す。
舌打ち一つ。無意識下で複数のワクチンを投入しながら頭を巡らせたユーゼスは、解析中の首輪を睨みつけた。
その周辺はベンゼン環を思わせる六角形の金属片に変質している。侵入経路は疑うべくもない。
再び唇噛む。ワクチンなど何の役にも立ってはいなかった。侵食力が強すぎる。
打つ手がなく、AI1の中枢プログラムへと侵入が開始される。
その時だ。ラズナニウムの自己修復プログラムが起動を果たした。
ラズナニウムの自己修復プログラムはあるべき状態に機体を保つためのプログラムである。
正常な状態に機体を維持するべくラズナニウムが活性化する。
それがナノマシンを押さえ込み、ソフト面とハード面両面からの侵食を押さえ込みにかかった。
だが、まだ弱い。
AI1の中枢プログラムまで侵入しかけたウィルスの進行を押さえ込むことには辛うじて成功した。
だが、それは辛うじての均衡だ。
膨大な数の防壁の敷き合いと崩し合い。それがAI1とナノマシンの演算の元行われている。
奪われては奪い返す。その均衡は、剣切っ先を突き合わせて全力で押し合っている形によく似ている。
一度切っ先がずれればどちらの胸元に剣先が突き刺さるかは分からない。
そんな簡単に崩れ去る均衡だった。
事実、均衡は簡単に崩れ去った。一連の流れの傍らで作成した自作のプログラムをユーゼスが走らせる。
それがAI1の一助となりナノマシンの侵食を徐々に押し戻し始めた。そして、それはすぐに抗い難い勢いとなりメディウス・ロクスを正常な状態へと戻していく。
程なくウィルス駆除完了をディスプレイが告げた。告げたかに見えた。三度、警報は鳴り響く。
首輪の解析開始と同時に侵入し、これまで各所に潜伏していたウィルスが同時に侵食を開始したのだ。
もはやどことは言わない。
目に留まるコックピットの周辺だけですら、至る所からナノマシンが侵食を開始し、変質させていく。
その勢いは完全にラズナニウムの自己修復能力を上回り、AI1は自己の中枢プログラムの防衛をユーゼスの手を借りて辛うじて死守している状態だった。
だが時間の問題だ。十重二十重の防壁が数秒も持たない。時間稼ぎが精一杯。その事実がユーゼスに呻き声を漏らさせる。
「……馬鹿な。この私がたかがナノマシン如きに敗れるというのか・・・・・・。
何故だ。何故……何処で間違った!」
が、次の瞬間、コックピットの床から吹き上げてきた緑の蛍火が場を満たした。
それが下から上へと溢れ出す。何かに呼応するように明度と輝度を増し、活性化していく。
その光が突き抜けていったとき、場の至る所に浸食していたナノマシンは首輪に完全に押さえ込まれていた。
一連の出来事に呆気に取られたユーゼスは、それでも頭の隅を働かせて考えていた。
恐らくはこれで解析は一気に押し進むだろう。
一度侵入を許し変質しかけたメディウスにはその痕跡が残っているはずであり、解析パターンの一助となりえるはずだ。
しかし、しかしだ。
自己の理解の届かぬ範疇の出来事。自身がただ何かに踊らされたかのような出来事。
それが気に入らない。絶対的に気に喰わないのだ。
だが、もうどうしようもない。全ては自分の手の届かぬところで起こり、終わってしまったのだ。
それゆえに歯を食いしばり、悔し紛れに呟くことしか、ユーゼスには残されていなかった。
「……全て計算通りだ」
【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
パイロット状態:苛立ち
機体状態:第二形態 竜馬の接近に伴いゲッター線活性化 良好
現在位置:G-6基地
第一行動方針:半壊した首輪の解析
第二行動方針:AI1の育成、バーニィへの『仕込み』
第三行動方針:首輪の解除
第四行動方針:サイバスターとの接触
第五行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
備考1:アインストに関する情報を手に入れました
備考2:首輪を手に入れました(DG細胞感染済み)
備考3:首輪の残骸を手に入れました(六割程度)】
【ベガ 搭乗機体:月のローズセラヴィー(冥王計画ゼオライマー)
パイロット状態:良好(ユーゼスを信頼)
機体状態:良好
現在位置:G-6基地西部
第一行動方針:接近してくる者(竜馬)との接触
第ニ行動方針:G-6基地の警護
第三行動方針:首輪の解析
第四行動方針:マサキの捜索
第五行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出
備考1:月の子は必要に迫られるまで使用しません
備考2:ユーゼスの機体を、『ゼスト』という名の見知らぬ機体だと思っています
備考3:ユーゼスのメモを持っています】
【バーナード・ワイズマン(機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争)
搭乗機体:なし
パイロット状況:頭部に軽い傷(応急処置済み)、後ろ手で柱に縛りつけられている
現在位置:G-6基地地下発電所
機体状態:苦悩
第一行動方針:ユーゼスに協力するのか選択
最終行動方針:生き残る】
【流 竜馬 搭乗機体:大雷鳳(バンプレストオリジナル)
パイロット状態:怒り、衰弱
機体状態:装甲表面に多数の微細な傷、頭部・右腕喪失、腹部装甲にヒビ、胸部装甲に凹み
現在位置:G-6西部(基地外)
第一行動方針:G-6基地で機体の整備
第二行動方針:クルツを殺す
第三行動方針:サーチアンドデストロイ
最終行動方針:ゲームで勝つ
備考1:ゲッタートマホークを所持
備考2:百式の半身を引き摺っている】
【メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
機体状況:良好
現在位置:G-6基地内部】
【二日目4:30】
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