151話「計算と感情の間で」
◆C0vluWr0so
オルバとテニアはナデシコの面々と別れた後、他の参加者との接触・協力を目指し周囲の探索を開始した。
――あくまで表向きには、だが。
オルバの狙い、それはテニアの始末だ。フェステニア=ミューズは不穏分子だとフロスト兄弟は判断する。
少女はナデシコにとっての紛れだ。
Jアークから投降してきた彼女は、一見すると虐げられる側にある弱者に見える。
実際、甲児と比瑪の二人は何の疑いも持たずテニアを受け入れていた。
だがしかし、フロスト兄弟の目を騙せるほどには少女の擬態は巧緻ではなかった。
テニアとその仲間と首輪を巡る御涙頂戴のストーリーは、なるほど、決して悪くはないのかもしれない。
けれども、この非日常の場であってもなお浮いてしまうほどに、その話は良く出来すぎている。
捕虜同然の存在であるテニアが重要なアイテムである首輪を持たされるはずがないのだ。
親友の首輪を精神的な縛りとし、従属させる――首輪が持つ価値を考えれば、全く割に合わない。
自分たちのように主催者に反逆する者たちにとって、首輪の解析は最重要課題なのだ。
取引の道具としては十分この上なく、支給機体の強弱という絶対の差さえ覆す可能性を持つ――それが首輪。
その重要性、テニアも理解しているのだろうとオルバは推測する。
首輪をギミックに使ったでっち上げのストーリーで同情を誘い、それが通用しなかったとしても確かな価値がある首輪を手土産として心証を良くしておこうという浅ましい狙いが透け透けだ。
空はすっかり明るくなっている。
オルバとテニアは、行く当てもなくフラフラと南の市街地周辺を彷徨っていた。
会話もなく黙々と探索を続ける二人。沈黙に耐えかねたのか、テニアがぽつりと口を開く。
「誰もいないね」
「放送で、何人の名前が呼ばれたか……生き残りは減っていく。
時間が経てば経つほど他の参加者との接触も難しくなるということだよ」
「……それは分かってるけど」
「なら口ではなく手を動かす。僕たちがやらなければいけないことは一人でも多くの参加者たちと合流することなんだからね」
テニアを諫めるオルバ。とはいえ、彼も意識の多くを探索作業ではなくテニアの監視に割いている。
協力し合っているように見えて、その実互いを信じていない。
二人ともそんな空気を感じているから下手に動けない。故に、場の空気は更に重くなっていく。
オルバにとっては想定済みの状況である。テニアと仲良しこよしの関係になろうという気は最初から全くないのだ。
たとえテニアの言葉が全て本当で、本気で自分たちに協力してくれるというのなら――ただ、何の感情も持たずに利用すればいいだけの話だ。
ただ、兜甲児とシャギアの態度が少々気になる。オルバがテニアに対して何らかのアクションを取ることを期待しているように見えた。
……いったい何をどうしろというのか。
兜甲児が一方的に自分に何かを期待しようとも無視すればいいだけのことだが、兄までもがそれに荷担しているとなると実は深い考えがあってのことではないかと勘ぐってしまう。
グッと親指を立て甲児に返したあの笑顔……無駄に良いあの笑顔が気になる。
艦内カメラの件を覗き/覗かれの問題にすり替えたように、オルバとテニアの別行動を下世話な……そう、男女間の問題にすり替えているという可能性は高い。
甲児なら喜んで食いつきそうな話題だ。だがしかし……オルバはまだ兄の思慮深さを信じていた、いや、信じたかった。
あの兄ならば、あえてオルバでさえ何も知らぬ駒として使い、自分が思いもしなかった結果を導くのではないかと。
――実際にはシャギアは特に深い考えもなく、ただ甲児を味方に付けるためだけに『オルバがテニアに好意を抱いている』としただけなのだが。
まったくもって見当外れな問題にオルバが頭を悩ませているとき、テニアは焦っていた。
出来ることならばあのままナデシコに居座り、オルバに比べれば御しやすいであろう甲児、比瑪、シャギアからの信頼を得ておきたかった。
しかしオルバとの別行動を言い渡され――しかも、そのオルバはどうやらこちらを警戒しているようだ。
無理もないことだとは思う。
自分がオルバの立場だったとしても、自分のような異分子は警戒する。
この場所で信じられるものは、究極的には自分しかいないのだ。真の信頼を得るということは不可能と言ってもいい。
だが――それでも、自分は生き残らなければいけない。生きるために取り入らねばならない。
「ねぇ……」
「だからテニア、口よりも手を動かせと――」
「アタシのこと、どう思う?」
だから、自分が入り込むために切り込む。無理矢理にでも自分の存在を主張する。
通信用モニターに映るオルバの顔は一瞬呆け、その眼に戸惑いと焦りとが生まれたように見えた。
思っていたよりも大きなリアクション。テニアの方からこんな核心にせまる話題が出るとは思っていなかったのだろうか、とテニアは考えた。
油断無く目を光らせているように見えて、案外オルバは受け手に回ると弱いタイプなのかもしれない、とも考えた。
ならばこれは好機なのかもしれない。このままテニアが主導権を握ることが出来れば……オルバを上手く抱き込むことが出来れば。
「……それはどういう意味だい?」
「怪しいと思わない? 敵艦のJアークから、一人投降してきた少女――スパイだとか、そんなものだと思っても不思議じゃない。
実際、アタシはそういう風に思われると思ってた。……それでも、あの艦にいるよりはマシだと思ったからアタシは動いた」
「自分からそんなことを言い出すなんてね……」
「……最後まで聞いて。でも、違ったの。甲児、比瑪、シャギアさん……みんなアタシの話を聞いてくれた。
ただ嬉しかったの。メルアが殺されて、カティアも殺されて、ここには敵しかいないと思ってた。
でもそれは違った。優しい人たちがいる。それだけで救われた気持ちになった」
「……くだらない感傷ならやめてくれないか? 不愉快だ」
苛ついた表情を浮かべオルバは吐き捨てる。
ほんの一瞬呆けたのは、テニアの言葉が兄の考えた嘘とリンクしたから。それ以上でもそれ以下でもない。
一瞬とはいえ呆けたのは不覚だった。テニアはペラペラと余計なことばかりをしゃべる。
……はっきりと、テニアのことを疎ましいと感じた。
優しい他人が、いつまでも優しい保証がどこにある? 他人は他人なのだ。本当の意味では相容れない存在なのだ。
信じられるのは自分、そして兄。そうやって生きてきた。今更他の人間など信じられるものか。
「感傷なんかじゃない。アタシは……」
「黙れ、と言っている。はっきり言おうか。僕は君を信用していない。だからそんな話をしても無駄だということさ」
オルバの態度の変化に、テニアは自分の失敗を感じる。
他者との信頼関係――それは、オルバにとっては踏んではならない地雷だったようだ。
理由は分からなくとも、この話題でこれ以上切り込んでいくことは危険だと判断する。
ごめんなさいと小さく呟き、再びの沈黙。
場の空気は更に重さを増し、刺々しさを帯びてくる。
――そのとき、オルバはシャギアの声を聞いた。
そしてその内容にオルバは驚きを隠せない。
(ガロード=ランが……ここにいる!?)
迂闊だったと言えるだろう。確かに最初に集められたあの場所ではガロードの姿は確認できなかった。
だが、あれだけの人数、そして起きた殺戮劇。見落としていたとしてもなんら不思議ではなかった。
どうやらシャギアはガロードとも交渉をするとのことだ。その結果がどうなるのかはまだ分からない。
ガロードからしてみれば、自分たち兄弟の印象というものは最悪に近いだろう。
他者は全て道具であり、利用するだけの存在だと考えるのがあの兄弟だ――そう思われているに違いない。
だが、むしろ利害関係のみを考えれば、ガロードとでも手を組める。
共通の敵――あの怪物と、その企みに乗った殺戮者たち――がいるからだ。
それらと敵対する間だけは、つまり、このバトルロワイアルに巻き込まれている間だけは協力が可能なはずだ。
おそらくはシャギアもこの路線で話を進めるのだろう……と、そこまで考え。
テニアを見て。
思いついたことがあった。
テニアもまた、気づいていないだけで知人がこの場所に生きて残っているのではないか――と。
さっきの言葉。本心から言っていたのかも分からない、そんな言葉ではあるが、そんなことを考えるテニアは嫌いなタイプの人間だ。
テニアの言う『優しい人』が、こんな状況でも『優しく』いれるのか――それを、テニアで試してみるのも悪くないと思えた。
「テニア。さっきはこちらの言い方も悪かったと思う。謝らせてくれないか?」
「……ううん、謝るのはこっちだよ。変なこと言い出して、オルバさんを怒らせたのはアタシだもん」
「なら、ここは喧嘩両成敗ということで……すまなかった。
そして本題に入りたいんだけどね。間接的にだけど、僕がテニアを信用する方法を一つ思いついたよ」
「……何? まさかJアークと接触してアタシが嘘をついてないか調べる……なんて言うわけじゃないよね?」
「まさか。それは確かな方法かもしれないけど、敵として戦った艦を信用なんか出来るはずがないさ。
その方法というのは……まぁ簡単なことだよ。僕たちが信用できると思える人物に、君の潔白を証明してもらう。
間接的に信用するというのはそういうことさ」
提案に対して、テニアが顔色を変えるのをオルバは見逃さない。
やはりこの少女、騙し合いというものに向いていないのか慣れていないのか。すぐ顔に出すようではどうせこの先も生き残ることは出来ないだろう。
ならば、少しでも楽しませてもらう。
「それでオルバが納得してくれるんならそれでいいけど……どうするの?
この殺し合いが始まってからアタシが会った人間は、みんな死んじゃったか敵だったかのどちらかで、オルバが信用できる人なんていないと思う」
「別にここで会った人間じゃなくてもいいだろう? テニアの元々の知り合い――もしかしたら、テニアが知らないだけでここにいるのかもしれない。
これからの探索でそんな人物と出会い協力することが出来れば僕もテニアのことを信用できる」
オルバの言葉にテニアは更に身を固くする。
この男はどこまで気づいているのだろうか? 確かに自分は統夜に関する情報を隠してきた。
……統夜とは、カティアを選んだ統夜とは、自分の手で決着をつけたかったから。
だけどそのこだわりがナデシコに入り込むために邪魔になるなんて思いもしなかった。というより大丈夫だろうと楽観視していた。
実際大丈夫なのだろう。出会ったばかりの、自分たちが戦争に巻き込んでしまった頃の統夜なら、自分たちのことを災厄を運んできた悪魔のように考えたかもしれない。
でもあの戦争を一緒に戦って、統夜とはまるで家族のように信頼しあえる仲になれたと、少なくともテニアのほうはそう考えていた。
……結局は、全部カティアに取られてしまったのだけど、と小さく自嘲する。
それにこの提案を飲めば、少なからず時間を稼ぐことは出来るはずだ。上手くいけば、統夜と合流することも出来るかもしれない。
逆に考えれば、ナデシコから離れたこともそうマイナスではない。
ナデシコと合流する前に統夜と合流することが出来れば、ナデシコを仮想敵とすることでオルバを始末し、統夜を利用することが出来る。する自信もある。
「うん……そうだね。そうだよね。探してみる価値はあるのか」
「決まったね。それじゃあ僕たちも本格的に動き出すとしようか。今頃、兄さんたちも先のことを見据えて動いているだろうしね」
そう言って、オルバは敢えてテニアに背を向けた。あくまで相手に心を許したと見せかけるためのアピールに過ぎない。
しかしテニアも特に妙な動きはしないというところを見ると、テニアとしてもこの提案を飲んだということだろう。
勿論、テニアの知人が見つかり、テニアの性格その他諸々に太鼓判を押したとしても信用する気など最初から無い。
ただ、このままテニアを殺すのはもったいないと思ったのだ。癪に障るこの小娘、十分に虐げた上で始末する。
殺戮者から身を守る盾としても良し、もし本当に知人が見つかれば――そして、この状況下で精神に異常を来していてくれれば面白いことになるだろう。
とにかく今は機ではない。お楽しみは――まだ先にとっておく。
オルバとテニア。
二人はそれぞれの思惑と狙いを薄ら感じながら、それでも互いの計画と目的のために共に機体を走らせる。
【オルバ・フロスト搭乗機体:ディバリウム(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:良好、軽いいらつき、テニアを警戒
機体状態:EN60%、各部に損傷
現在位置:C-7
第一行動方針:十分に痛めつけた上でのテニアの殺害
第二行動方針:A級ジャンパーを見つける
第三行動方針:比瑪と甲児を利用し、使える人材を集める
第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
第五行動方針:首輪の解析
最終行動指針:シャギアと共に生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
備考:ガドルヴァイクランに合体可能(かなり恥ずかしい)、自分たちの交信能力は隠している。】
【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:本来の精神状態とはかけ離れているものの、感情的には安定
機体状況:左腕喪失、マニピュレーターに血が微かについている、ガンポッドを装備
現在位置:C-7
第一行動方針:ナデシコの面々に取り入る
第二行動方針:統夜との接触、利用の後殺害
第三行動方針:参加者の殺害(自分に害をなす危険人物を優先)
最終行動方針:優勝
備考1:甲児・比瑪・シャギア・オルバ、いずれ殺す気です
備考2:首輪を所持しています】
【二日目7:30】
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