150話「選択のない選択肢 SIDE:A」
◆7vhi1CrLM6



「そこでだ、坊主。俺と手を組まないか?」

四エリアに跨る南の巨大な市街地。その一角であるC-8の地下で響き渡ったその声に、少年は答えなかった。
そうしたのは統夜に何も含むところがあったからではない。
単に言葉が出てこなかったのだ。
起き抜けから続く想定外の事態と申し出に思考が麻痺しかかっていた。
その鈍った頭で考える。一体どういうつもりなのか、と。
この男の頭は大丈夫なのか、とも思った。
生き残れるのは一人だけ。その状況の中で一人は流石に辛いからと言って、他人に同行を求めるのが信じられなかった。
まして、この男は自分が人を襲って動いている者だと認識しているのだ。
得体の知れない者を見た気持ちで眼を見開いた。まともな神経の持ち主がこんな提案をしてくるとは思えなかった。

「なぜ、そんなことを……」
「だから言っただろ? さすがに歳なもんで、一人じゃ辛いのさ」

呆れたように言い放つ男の姿は、言う程の歳には見えなかった。
三十代後半から四十代と思しきその体に無駄な肉は付いていない。余すとこなく鍛え抜かれていると言ってもいい堂々たる体躯である。
少なくとも自分とは比べ物にならない。
そんな男が一介の高校生に過ぎない自分を必要とすることに違和感があった。
もっとも、鍛え抜かれた体など機動兵器相手では無力に等しいことは十分承知していることだったが。
意図を測りかねて猜疑に満ちた目で男を窺っていると焦れた男が動いた。

「チッ! 決められねぇか……そうだな。手を組むかわりにお前は好きなように俺の命を狙っていい。
 寝ているとき、食っているとき、いつでもだ。戦っているときに後ろからなんてのもいい。
 逆に俺はお前を殺さない。ただし、残りが一桁になるまでだな。そのときは死に物狂いで頑張りな――どうだ?」

答えられない。答えられるはずがなかった。
あまりに異常な申し出だ。狂っているとしか思えない。いや、間違いなく狂っている。
蛇に睨まれた蛙のように体が強張るのを感じた。顔はきっと蒼ざめているのだろう。
そんな統夜を眺めて、目の前の男は楽しそうに笑っている。とても自分の命が話の対象となっている男の態度ではない。
そこに疑問が差し込む。

「あんたがその約束事を守るという保障は?」
「さぁな。お前が信じるか信じないかだが、坊主お前は馬鹿か?」

呆れたような苦笑い、あるいは冷笑だった。

「こんなものに保証なんかあるわけがねえ。あったところでそれにどれだけ意味がある?
 坊主、こういう話にはな。表面だけ『はいはい』答えといて腹の底で疑ってりゃいいんだよ」

その通りと言えばその通りだった。
しかし、男の得体の知れなさがどうにも気味が悪く、答えることに二の足を踏ませる。
かつて統夜が生きてきた世界にこういう男はいなかった。学校にも、成り行きで乗り込むことになった戦艦にも、だ。
思考が袋小路に追い込まれる。とは言え縛られているのだ。元より選択肢は一つしかない。
何度か喉もとまで出掛かった答えを飲み下し、しかし暫くして不承不承ながらも統夜は承諾の言葉を返した。

「……わかった。あんたと手を組む」
「ふぅ……このまま断られるかと思った」

そんなことは微塵も考えてなかったという顔で男がにやりと笑い立ち上がる。

「ガウルンだ。宜しく、ミスター……」
「紫雲統夜だ」
「宜しく、統夜。ま、精々仲良くやろうや」

拘束していた縄が解かれる。自由になった体に思わず安堵の溜息が漏れた。
体の自由が利かないというのは、それだけで不安にさせるものだ。まして状況が状況だった。
立ち上がり、縄の跡が薄っすらと残る体を伸ばして動かし固まった筋肉をほぐす。

「暫くはここで休むから疲れを取っておけ」

そんな統夜の様子を全く気にすることなく言い置いて、ガウルンは背を向けた。
その瞬間、後ろから跳びかかる。
体格差は歴然。だから殴りかかったわけでも、蹴りかかったわけでもない。
狙いは首。
そこに縄をかけ締め上げる。上着を裂いて作られた物だが、その頑丈さは身をもって知っていた。
しかし、力一杯締め上げたはずの腕にその感触はなく、気づくとうつ伏せに地面に叩きつけられていた。
思わず声が漏れる。
右腕を取られそのまま地面に押さえつけられた。全身力を使って抵抗するがびくともしない。

「やれやれ油断したかな、トォ〜ヤァ〜?」
「貴様ッ!!」
「確かに殺さないと言ったがなぁ。
 あんまりお粗末な方法で襲い掛かられても困るんだよ、トォオオヤァァアアアッッッ!!!!」

うつ伏せに体を固定され、背中越しに肩と腕を掴まれる。冷やりとしたものが背筋を通り過ぎ、表情が蒼ざめた。

「こりゃお粗末過ぎてお仕置きが必要だな」
「や、やめろッ!!」
「んん?」

器用に眉を吊り上げてみせたガウルンの顔が笑い、そして――

ゴキャッ!!!

肩の外れる音が鳴った。一拍遅れて声にならない悲鳴が上がり、閉じられた地下空間に響き渡る。

「やれやれ……たかが肩が外れただけで大袈裟だねぇ。心配しなくても反省したらちゃんと戻してやるよ。
 次はもっとマシな手段で来てもらいたいものだねぇ、お互いの為にもな」

肩が外れただけと男は言う。だが、それだけとは思えない痛みが駆け巡っていた。
肩を抱え込むように身を丸くして歯を食いしばり、痛みを堪える。そのまま動くことも出来ない。
だが、呪わしげに目の前の男を睨み付ける。憎悪と怒りの入り混じった視線をぶつける。
そして、呻くように言葉が漏れた。

「……殺す。殺してやる。絶対に殺してやる」

その様子にガウルンの黒い瞳が半眼に細められ、唇が寒気のする笑みを浮かべて、物騒な言葉を紡ぎ出す。

「クク……その意気だ。言い忘れたが、お前が俺を殺すのを諦めたとき、俺はお前を殺すぜ」

返事は返せなかった。ただ、双眸を鋭く光らせて下から睨みつけていた。
それが、慣れない痛みに襲われて動くことも出来ない統夜に唯一出来る抵抗だった。



【紫雲統夜 登場機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状態:疲労大、マーダー化、右肩脱臼(はめれば問題なし)
 機体状態:左腕使用不可、シールド破棄、頭部角の一部破損、全身に損傷多数
      EN1/4、烈火刃残弾ゼロ
 現在位置:C-8地下通路
 第一行動方針:殺してやる
 最終行動方針:優勝と生還】

【二日目7:50】




SIDE:B



「そこでだ、坊主。俺と手を組まないか?」

四エリアに跨る南の巨大な市街地。その一角であるC-8の地下で響き渡ったその声に、少年は答えなかった。
その顔を覗き込んでガウルンは楽しげに笑う。
まったく間の抜けた顔をしたものだ。正直なところ傑作と言っていい顔だ。
度肝を抜かれたときの人間の顔ならもう何度も見てきたが、こんなけったいな反応を示す奴らは決まっていた。
ぬるま湯につかってすっかり平和ボケに体が馴染んじまった奴らの反応だ。
全てを自分らの常識で測れると信じきっている。だから常識外のモノと出会ったとき、思考が鈍るのだ。
それは戦場では致命的だ。迷った者から死んでいく。
この坊主もその例外ではなかった。
それでもややマシな部類なのだろう。何を考えたのか何とも間抜けな質問を投げかけてきた。

「なぜ、そんなことを……」
「だから言っただろ? さすがに歳なもんで、一人じゃ辛いのさ」

呆れて言い放ちながらガウルンは、観察の目を少年に走らせる。
ようやく動き出したその頭で考えていることが何なのか。それは想像に難しくはない。
この提案を受けることのメリットとデメリット。あるいは信用の置ける相手か否か。
猜疑に満ちた目を見る限り、まぁ、精々そんなところだろう。
ずれている。全く持って焦れったかった。僅かに苛立ちが肌を焦がす。

「チッ! 決められねぇか……そうだな。手を組むかわりにお前は好きなように俺の命を狙っていい。
 寝ているとき、食っているとき、いつでもだ。戦っているときに後ろからなんてのもいい。
 逆に俺はお前を殺さない。ただし、残りが一桁になるまでだな。そのときは死に物狂いで頑張りな――どうだ?」

ここまで譲歩してやった。この少年が置かれている待遇を考えればそれは破格と言えるだろう。
にも関わらず少年の顔は蒼ざめ、てんで見当違いの質問を投げかける。

「あんたがその約束事を守るという保障は?」
「さぁな。お前が信じるか信じないかだが、坊主お前は馬鹿か?」

呆れたような苦笑い、あるいは冷笑だった。

「こんなものに保証なんかあるわけがねえ。あったところでそれにどれだけ意味がある?
 坊主、こういう話にはな。表面だけ『はいはい』答えといて腹の底で疑ってりゃいいんだよ」

ガウルンに言わせて見れば保証を求める感覚自体がずれているのである。
少年が欲したのは目に見える信用。
誓約書・契約書――そういった類のものだろうが、それらは一応の効力は持つものの最終的にはただの紙切れだ。
大した価値はない。むしろそれに縛られるほうがどうかしていると言える。
大体相手の反応を楽しむのでもなければ、こんな選択で迷う必要はないのである。
体を拘束されているのだ。信用しようがしまいがYES以外の答えがあるはずもない。
ぬるま湯につかっている者特有の迷いだ。
心底呆れ果て、もういっそこんな面倒なことはやめて殺してしまおうか、とさえ思い始めたころに少年は答えを返してきた。
何度か喉もとまで出掛かった答えを飲み下し、しかし暫くして不承不承ながらも少年は承諾の言葉を返した。

「……わかった。あんたと手を組む」
「ふぅ……このまま断られるかと思った」

にやりと笑い立ち上がる。少年の体が警戒に身を固くするのが見て取れた。
反応としては悪くはない。そのまま詰め寄り拘束している縄に手をかける。

「ガウルンだ。宜しく、ミスター……」
「紫雲統夜だ」
「宜しく、統夜。ま、精々仲良くやろうや」

縄を解いた。自由になった体に少年は安堵の表情を浮かべている。
立ち上がり、縄の跡が薄っすらと残る体を伸ばして動かし固まった筋肉をほぐし始めた少年の様子を見やる。

「暫くはここで休むから疲れを取っておけ」

目を細めると、何を気にするでもなく無警戒に、これ見よがしにガウルンは背を向けた。
その瞬間、少年が動き、背後から跳びかかる。
両手には先ほどまで少年を拘束していた縄。
それを視界の隅で捉えると潜り抜けるようにかわし、足を払う。同時に背中を押した。
少年の体がうつ伏せに地面に叩きつけられ、声が漏れる。
その間に右腕を取り、そのまま地面に押さえつけた。にやりと笑って意地悪く言葉を投げかける。

「やれやれ油断したかな、トォ〜ヤァ〜?」
「貴様ッ!!」
「確かに殺さないと言ったがなぁ。
 あんまりお粗末な方法で襲い掛かられても困るんだよ、トォオオヤァァアアアッッッ!!!!」

うつ伏せに体を固定し、背中越しに肩と腕を掴む。
殺さないとは言ったが、緊迫感の一つもなく襲い掛かられても困るのだ。それでは上達は見込めない。
極限状態の中でこそ少ない時間での上達を望むことが出来る。
時間をかける手段で育てるのはここでは不可能だった。だから、ギリギリまで、今以上に追い詰める。
その為には戦力を削がずに苦痛だけを与える手段が必要不可欠。さし当っては落すか外すかと言ったところか。

「こりゃお粗末過ぎてお仕置きが必要だな」
「や、やめろッ!!」
「んん?」

器用に眉を吊り上げてみせたガウルンの顔が笑い、そして――

ゴキャッ!!!

肩の外れる音が鳴った。一拍遅れて声にならない悲鳴が上がり、閉じられた地下空間に響き渡る。

「やれやれ……たかが肩が外れただけで大袈裟だねぇ。心配しなくても反省したらちゃんと戻してやるよ。
 次はもっとマシな手段で来てもらいたいものだねぇ、お互いの為にもな」

わざと苦痛を与えるように外したとしてもたかが肩が外れただけでこの騒ぎよう。
全く持って痛みに慣れていない人種と言うのは情けない。
肩を抱え込むように身を丸くして歯を食いしばり、痛みを堪える。そのまま動くことも出来ずにいる。
これで殺す気概を失うようなら、興醒めも興醒め。
今すぐ殺してやるところだが、呪わしげに睨み付けてきた瞳。その憎悪と怒りの入り混じった視線と呻くように漏れた言葉は悪くはない。

「……殺す。殺してやる。絶対に殺してやる」

黒い瞳が半眼に細められ、唇が寒気のする笑みを浮かべて、物騒な言葉を紡ぎ出す。

「クク……その意気だ。言い忘れたが、お前が俺を殺すのを諦めたとき、俺はお前を殺すぜ」

返事は返ってこなかった。ただ、双眸を鋭く光らせて下から睨みつけていた。
それを見てガウルンは思う。楽しくなってきた、と。
現状のこの少年では今はまだ物足りない。
しかし、いつどのような手段で襲い掛かってくるのか、そのリスクは魅力的だ。少年に実戦を重ねることにもなる。
余りにも動きがないようならこっちからちょっかいを出してもいい。それをしないとは言っていないのだ。
そして、それを繰り返す内にいずれ果実は美味しく実る。そうなれば、後は美味しく頂くだけだ。
そのときを思い起こしてガウルンは、我知らず唇に舌を這わせていた。



【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:激しい疲労、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染
 機体状況:全身に弾痕多数、頭部・胸部装甲破損、左腕消失、マント消失
      DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備
      右拳部損傷大、全身の装甲に深刻なダメージ EN20%
 現在位置:C-8 地下通路
 第一行動方針:統夜に興味。育てばいずれは……?
 第二行動方針:アキト、テニア、ブンドルを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】

【二日目7:50】


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