161話「生き残る罪」
◆7vhi1CrLM6
ロジャー=スミスとの接触からおよそ三十分。
オルバとテニアの二人組は、今G-6エリアを目前にしていた。
支給された地図。機体に予めインプットされていた地理データ。
それらを見ればそこは、緑の森林に囲まれた高台に位置していたはずだった。
だが現実はどうだ? どこにもそんなものはない。
囲む木々のある所は焼け落ちて黒い炭となり、またある所は地盤が捲れ上がり普段人目に触れることのない根が上を向いている。
その光景を抜けたその先の高台もその一部は崖崩れを起こし土砂が堆積している。
そして肝心の基地は、見当たらなかった。
高台の上に存在するはずの、50キロ四方にも及ぶ一ブロックの大部分を占めるはずの広大な基地は、そこに存在しなかった。
あるのは瓦礫の山。瓦礫の荒野。僅かな建物が崩壊を免れているものの、それだけだった。
機体を進める。半ば崩壊しかかった高台の上へ。かつて基地だったはずのその上空へ。
何があったのかは分からない。だが、遅かったのだと言う事は分かる。そう、遅かったのだ。
あちこちに散在し、瓦礫に埋もれている大破した機体が物語る。
誰かがここにいた。
そして、争いがあり、人がここから失われた。
うち捨てられている機体は一つや二つではない。数多くの人材が失われたに違いなく、その全てが一人勝ちを狙った者とは考え難い。
恐らくその中には、首輪の解析を試みた者もいたのだろう。それが失われた。
素直に残念だと思う。駒として扱えればどれだけ役立ったことか。
「いや……まだ全滅したと決め付けるのは早いか」
壊滅的な打撃を受けて大半、いやほとんどの建物が瓦礫と化しているとは言え、僅かな建物は残っている。
規模を考えれば、地下施設やシェルターが存在する可能性も低くはない。
この惨状を乗り越えた者がいるのかもしれない。いたとすれば、それは喜ぶべきことだ。
この惨劇にも淘汰されずに生き残る。それはその者が有能であることの証。
戦力の有無に関わらず生き抜く力と運を持っているということだ。飼い馴らせば、きっといい駒になる。
それに生存者がいなくとも探索は行なうべきだった。
仮に解析を試みた者がいたとすれば、その痕跡があるはずだ。
解析済み、あるいは解析途中のデータ・首輪そのもの・図面・メモ・etc、それらが必ずしも残っているとは限らない。
基地と共に失われたのかもしれない。だが、探す価値はある。
そして、残されている可能性が最も大きいのは基地のメインコンピューター。そこが生きていればあるいは。
思考を切り上げて、通信モニターへと目を向ける。そこには伏せた一人の少女がいた。
機体の操縦こそ行い併走して飛んでいるものの、その目はどこか虚ろだ。
必死に何か考えているのだろう。聞き取れはしないものの時折何か呟き、爪を噛む。神経質とも取れる状態。
その心情を察するのであれば、心中に湧き上がる不安に怯えている、といったところか。
いい傾向だ、と人知れず笑う。
上辺を取り繕う余裕すら失われたのか、それとも自分相手にもう上辺を取り繕うことは不可能と判断したのか、それは知らない。
だがいい傾向だ。このまま行けばボロを出すのもそう遠くない。
「テニア、生存者の探索に移る。先導は君に任せよう。代わりに後方は僕が受け持つ。
気を引き締めて、警戒を怠るな」
通信。目玉だけが別のもののように動き、こちらを見た。
何を仕出かすか分からない気配を感じ、僅かに警戒心を高める。
やはりボロを出すのはそう遠くない。だが、ナデシコに戻る前に崩れられても困るのも事実。
ナデシコで、あの二人の前で自滅してもらう。それがベスト。
その為には隙を見せぬことだ。付け入る隙がなければ、テニアとて手は出せない。
だから先導を任せた。それは後ろから撃たれるリスクを減らすためでもあり、後ろから撃てるのだという脅しでもある。
後は妙な事を仕出かさぬよう監視を続けるだけで勝手に磨り減っていく。それは何よりも愉快だ。
◆
何故? どうして? その言葉を持ち出せば、それはきりがない。
どこもかしこも間違いだらけだったように思うし、それでいて何一つ間違ってはいなかった、という気もしてくる。
ただ一つ分かりきっていることは、今進んでいるこの道に行き止まりを作られたということ。
タイムリミットは午後6時――次回の放送。
そこがこの道の行き止まり。終着地点。そこより先の未来はない。
矛盾が露呈し、嘘が暴かれ、裁かれる。
そして、弁解も受け入れられずに無残にも亡骸となった者の上で、奴らは満面の笑みを浮かべるのだ。
あぁ、良かった。これで大丈夫。一安心、と。紛れ込んでいた悪い者はいなくなった、と。
アタシの屍の上で、さも良い行いをしたかのように笑い、互いの美徳を讃えあうのだ。
――冗談じゃない。
狭いベルゲルミルのコクピットの中、噛み締めた奥歯が音を立てる。両頬が吊り上がり、笑った。
そんな未来は認めない。
ロジャー=スミス、キラ=ヤマト、あんた達とアタシのどこが違う。
一緒だ。同じだ。あんた達も、アタシもただ従っただけだ。自分の気持ちに、自分の心に。
絶対に譲らない。あんた達なんかにアタシの道を食い潰させてやるもんか。
アタシの道に先がないのなら、奪い取ってやる。奪った道をアタシ色に染め上げて、アタシの道にしてやる。
他人の道を塗りつぶしてでもアタシは先に進む。それが誰の道であろうと――。
「テニア、生存者の探索に移る。先導は君に任せよう。代わりに後方は僕が受け持つ。
気を引き締めて、警戒を怠るな」
通信。ぎょろりと動いた目玉がオルバの顔を捉える。
あぁ、そういえばこいつがいた。こいつは一体どういうつもりなのだろう。
信用できない、そう言ったかと思えば、Jアークの連中よりもアタシを信じる、と交渉人に言ってのけた。
その程度には信用させることが出来た、ということなのだろうか? くすりと笑う。
「大丈夫。気は抜いてない」
それはないな、と思った。この男に信用されている――それはない。
ロジャーの言葉と自分の言葉。その矛盾は酷いものだった。取り繕おうにもどうしようもない程に、だ。
それにこの男が気づいていない――それもない。
その証拠にこいつはアタシを先に行かせたがってる。何時でも後ろから撃てるのだ、という姿勢を崩そうとしない。
お陰ではっきりした事がある。
この男を生きてナデシコに帰してはならないということだ。それはこれ以上ない程明確に見えている。
まず最初にそれを成せねば、自分に先はない。
追い詰められているはずなのに、口元が不気味に歪んでいく。どこか愉快だ。
「オルバさん、見なよ。生存者なんてどこにもいやしない。基地も……壊れてる」
そう。基地は壊れている。首輪を解析し得る設備を誇るそこが、だ。
首輪を外させてはいけない。壊すんだ。首輪を解析し得る設備も、技術者も、一つ残らずぜ〜んぶ壊してやる。
そうすれば奴らだって、集まろうとしている奴らだって最後には殺し合うしかなくなる。
そうさ。アタシの道に先がないのなら、奪い取る。奪った道をアタシ色に染め上げて、アタシの道にしてやる。
その最初の一人はオルバ、あんただ。
本当に楽しくなってきた。何故だろう。やりがいを感じ始めている。
いけない。顔がにやけてる。
悟られるな。気取られるな。真っ向勝負での勝ち目はない。
仮面をかぶりなおせ。いつものアタシの仮面を。
でも……。
でもいつものアタシって、どんなだったかなぁ?
「基地の規模と立地条件を考えてみなよ。地下空間があっても不思議じゃない」
「言われてみればそうだね」
確かにその通りだ。地表面がボロボロでも地下があればそこの機能は生きているのかもしれない。
だったら、そこも壊さないといけない。でもその前に、本当にそれが存在するのかどうか。
このレーダーが聞きにくい状況下でどれほどの期待が持てるか分からないが、基地の地下を重点的に探査する。
その手の芸当はお手の物だった。
主に機体の動作を直接受け持っていた統夜に代わって、索敵やジェネレーターの出力調整、システムチェックを担当していたのが自分達なのだ。
そうやって一つの大戦を乗り越えてきた。その経験と能力は、馬鹿にしたものではない。
だからだろう。地下に目を向けていたにも関わらずオルバよりも早く気づいた。
「オルバさん、三時方向。地表面付近に熱源反応、急速接近中。カウント1」
――敵機の襲来に。
「距離28、いや27、26、25……速い。どう見てもお話しましょって速度じゃないよ。どうするの?」
「こちらでも確認した。慌てなくても、問題ない。確かに速い。
が、馬鹿正直に直線軌道で突っ込んで来ているだけ……引き付けて迎撃する。いいね?」
ディバリウムの位置取りはベルゲルミルの後方。敵機とベルゲルミル、その両方を視界に納められる位置。
そして同時に、アタシを盾にもしているのだろう。
流石にこの男は冷静だ。余裕を崩さずに正確に状況を判断している。
「合図は僕が出す。焦って先走るな」
「分かった」
隙を見せてはくれない。頼りになるが、それ以上に忌々しい。
光学センサーが敵機を捉える。青く深い色をした紺碧の機体を目視で確認。その瞬間――
「敵機、さらに加速ッ!!」
その観測される速度は、もはや最大戦速というレベルのものではない。
点と点を最短経路で結んだ直線。その上を出し得る最大速度で突っ切る為だけの速度。
それはすなわち通常の有視界戦闘を放棄していることを示す。
あの速度で空中分解を起こさずに急旋回を行なえるだけの剛性を機体が持っているとしても、パイロットは別。
まず間違いなくブラックアウトする。
下半身を締め付けることで脳の血圧低下を押さえるパイロットスーツ。それを着用していたとしても、だ。
馬鹿げている。
そう思いつつも瞬く間に大きくなっていく敵機に、操縦桿を握る手の平がじっとりと湿っていく。
「オルバッ!」
「まだだ。まだ引き付ける」
人の気も知らないで、と睨みつける。
そう。まだだ。レーダーに映し出されている相対距離はまだ遠い。それは分かっている。
だが、後何分だ? 後何分、このプレッシャーに耐えさせるつもりだ。
そう思い、時計を見る。5分にも10分にも感じられた時間は、まだ20秒も経っていなかった。
――嘘でしょ。
絶句。想像以上に1秒1秒が長い。
そして、改めて気づいた。
たったそれぽっちの時間でこの相対距離の減りよう。速度が馬鹿げている。
戻した視界が急速に接近してくる敵機を映し出す。
右腕に誂られた巨大な杭打ち機。それが目に留まった。
あれで串刺しに――直に恐怖心を刺激されて、堪らず叫んだ。
「オルバッ!」
「まだだ」
ふざけるな、そう思い、何処からか疑念が湧き上がる。
――捨て駒にするつもり?
驚愕に瞳が揺れる。
ディバリウムの位置取りはベルゲルミルの後方。敵機とベルゲルミル、その両方を視界に納められる位置。
それ即ち、ベルゲルミルを餌に一撃を喰らわせられる位置。
顔から血の気が引き、背筋を悪寒が駆け抜ける。オルバが薄く笑うのが見え、その口が動いた気がした。
そして、巨大な光がディバリウムから放たれる。
全周囲モニターが、後方から迫り見る間に大きくなっていく蒼白い光を映し出す。
それはMAP兵器規模の一撃。悲鳴と絶叫の入り混じったモノが臓腑から漏れ――
何故信じたんだ、この男を……いや、最初から信じてなんかいなかった。
甘かった。ただ甘かったんだ。心の何処かで自分だけは死ぬはずがないと思っていた。
ハハ……どれだけ呑気なんだ、アタシは。ほんと、欠伸が出るほど呑気だ。
こんなんだからカティアなんかに先を越されるんだ。
殺される前に殺す。それだけが真実なのに。
……こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかったッ!!
こんな結末を望んでカティアを殺したんじゃないッ!!
新しい世界で結ばれるはずだったんだッッ!!!
カティアのじゃない!!『アタシだけの統夜』と今度こそ結ばれるはずだったんだッッッ!!!!
でも……もう何もかもが遅すぎる。遅すぎるよ。
――後悔が脳天を突き抜ける。
しかし、そんなテニアを嘲笑うかのように蒼白い光はベルゲルミルの間際を駆け抜け、標的に命中した。
直撃。巻き起こる爆発。
耳を劈くような爆音の直後、爆発によって生じた衝撃と共に視界を埋め尽くしたのは――
「嘘……」
直撃を受けたはずの敵機そのもの。
頭部に誂られた角がベルゲルミルの脇腹に突き刺さり、激震。重い衝撃が機体を揺らす。
弾丸のような突撃を受けた機体が串刺しのまま、信じられない速度で後方に。
静止状態から一気に加わった加速による巨大なG。脳から血液が引いて行く。視界が暗くなる。
警告メッセージがモニターに。
脇腹に突き刺さった角が灼熱。位置は浅い。だが縦に裂かれる、それが分かった。
これじゃ無駄じゃないか……こんなところでアタシが死んだら、何の為に。
そうだ……何の為にカティアも! メルアも!! アタシが統夜と結ばれないと二人の死が――
「無駄になるんだッッ!!!」
その瞬間、マシンセルが反応を示した。活性化を起こす。
場所は腹部。角が突き刺さるそこ。
起こった変化は、マシンセル同士の結合を強めた装甲の硬質化――否、逆だ。
結合を弱め、一部の装甲を脆くした。
金属だからこそ角は突き立ち串刺しにされていたのだ。
これが豆腐なら削れるだけ、突き刺さったまま押し流される道理はない。
脇腹が抉れ飛ぶ。角から開放されたベルゲルミルは弾かれ、そのまま地表へと落下していった。
◇
そのタイミングは流石と言うべきものだった。
狙いすまして放たれたゲルーシュ・エハッドの一撃は、寸分のズレもなくカブト虫のような蒼い機体へと伸びていく。
だが同時に加えられるはずだったテニアの攻撃はなかった。
合図は送った。撃て、と確かに言った。疑問は残る。
だが、何故撃たなかったのか、それは後で問いただせばいい。
蒼白い光の帯が吸い込まれるように、包み込むように伸び、今着弾。爆発。
直撃だ。避ける素振りも見せなかった。
――生き残りならばどれ程の腕かと思えば、フフ……僕にかかればあっけないものだねぇ。
薄い笑いを浮かべて勝ちを確信した刹那、それは起こった。
前方に位置していたベルゲルミルが吹っ飛ぶ。瞬く間にディバリウムの脇を掠めて、遥かな後方へと。
擦れ違いの瞬間目に留まったのは、蒼カブト。
馬鹿な、と考える間も惜しんで振り返った。
瓦礫の山、廃墟と化した基地へ、ベルゲルミルが落ちて行く。その脇腹は浅いが抉れている。
行動不能になるような損傷ではないだろう。最もパイロットが無事ならばの話だが。
それよりも問題は――視線を移す――蒼カブト。そう、こいつが問題だ。
突っ込んで来た異常な速度から一撃離脱を計るのかとでも思えば、そうではない。
この空域に留まりながら、直線軌道を繰り返し戻ってくる。
抉れたベルゲルミルの脇腹。何に抉られたかは不明、だが――
「……懐には入ってもらいたくないね」
――接近戦は危険。アウトレンジでしとめる。
ディバリウムの前面に誂られたダグ・アッシャーの砲門は計4門。
小振りな火器なれど即射性に優れるそれをばら撒きながら、機体中央にエネルギーを溜め込む。
避ける蒼カブトの軌道は相も変わらずの直線軌道。だがしかし、それが異常だ。
直線軌道を繰り返しジグザグに鋭角を描きながら、飛んでいる。普通じゃない。
弧が少しもない癖に減速した感がまるで見受けられない。飛んでいる速度そのままに何の前触れもなく、向きを変える。
ダグ・アッシャーの光弾が尽くかわされていく。
「少し傷つくな……パイロットは本当に人間か」
それは負け惜しみでもなんでもない。重ねて言おう。軌道が普通じゃないのだ。
慣性だとか、遠心力だとか言ったものを頭から無視した軌道。端的に説明するならそれは、ゲッターの動きに最も近い。
MSを代表とするA.W.の機動兵器群にはない出鱈目な動き。
中に乗る人間のことをまるで考えてない。普通ならパイロットがもつはずがない。
それを繰り返し、急速に間合いを詰めてくる。
距離が潰される。アウトレンジが瞬く間にクロスレンジへ。だが、それも――
「悪いけど、読みどおりだよ」
――計算の内。
溜め込んだエネルギーを開放。
放ったのは、収束した光の帯を放つゲルーシュ・エハッドではなくゲルーシュ・シュナイム。
それは溜め込んだエネルギーで針状の光弾を無数に形成し、扇状に散布するMAP兵器。
一発一発の威力はゲルーシュ・エハッドに劣るものの、交わしきれる数ではない。
事実、蒼カブトもこのときかわせなかった――否、蒼カブトはかわさなかった。
蒼カブトは爆発的なスラスター光を背負い、次の瞬間――
「なっ!!」
――天を衝くが如き勢いと圧力で駆け抜け、針山へと飛び込んだ。
強引過ぎる軌道。無数の針が装甲に突き立つ。だが、それを意にも介さない。
迅い。何よりも力強い。そして、それだけでもない。
光弾の威力が削がれている――ビーム・コート、その存在に気づいた時には既に眼前。
機体の軸をずらすのが精一杯の反応だった。
装甲の表面で火花が散る。極太の杭が打ち込まれ、ダグ・アッシャーの砲門が1門潰された。
――だが、この距離ならッ!!
杭を引き抜くその間に、残った3門が火を吹く。
しかし、減衰されたビームではビクともしない。ゲルーシュは? 充填中、打つ手がない。
機体の前面を抱えるようにして押さえ込んだ蒼カブトが仰け反り、その角が赤熱した。
「な、なにをッ!!」
頭突き。角が突き立ち、装甲が割れる。血の様に黒いオイルが噴出する。
機体が潰れる音に、怖気が奔った。
ゆっくりと頭を持ち上げ、もう一発。さらにもう一発。
割れた装甲が更に割れ、陥没し、オイルとコードと装甲の砕けたモノがグチャグチャに入り混じる。
そこに角を突き立て、顔をうずめていた。傍から見ればそれは捕食しているかのような絵面。
捕食者から逃れようと脱出を図り、遮二無二にディバリウムは暴れまわる。
だが、手足のないディバリウムでは文字通り手も足も出ない。
再び頭が持ち上がり、四発目が加えられた。
機体が悲鳴を上げる。コックピットが揺れる。全周囲モニターの上部に亀裂が奔り、破片が剥落してくる。
思わず見上げた亀裂の向こうに、頭をめぐらせてこちらを見下す身長20mの巨人の姿が、見えた。
顔中を黒い血のようなオイルで塗れさせて蒼カブトの目が、見つけたぞ、と嗤う。
反射的に動いた右腕がグリップを掴む。もはや充填中だなどと言っている余裕はない。
現在溜め込まれているエネルギー全てを出し尽くす勢いで、ゲルーシュ・エハッドを放った。
その砲門は機体中央。抱えるようにして押さえ込んでいる蒼カブトの下腹部が、丁度接触している位置。
密着状態であるが故に交わす術はなく、光の帯に押しやられた蒼カブトが剥がれ、弾き飛ばされる。
が、それは同時に苦肉の策でもあった。
零距離でのゲルーシュ・エハッド。それは大砲で零距離射撃を行なうに等しい。
暴発とそう変わらないということだ。
至近距離での爆発の影響は両者に等しく与えられる。
そして、ディバリウムのコックピットには穴が空けられたばかり。
僅かとはいえ、帯電した空気と熱波に晒されたオルバもただではすまない。
オゾン臭が鼻に突く。湿度がどっと上がった空気を感じる。肌が熱い。だが、それに構っている余裕はない。
「テニア、聞こえてるか?」
通信を繋げながら蒼カブトの状態に目を走らせる。装甲表面に黒焦げの弾痕が確認出来るもののそれだけだ。
それも最初の一撃のものか、今の一撃のものか、判別はつかない。
確実なのは、今のように中途半端な出力での一撃は意味がない、ということ。
今は決め手に欠ける。それでも兄がいればどうにかならないでもないが、テニアでは分が悪い。
第一、射撃主体の二機では懐に入られればどうしようもない。アタッカーの不在、それが痛かった。
「……聞こえてるよ。うぅ、吐きそう。あんなに朝ごはん食べるんじゃなかった」
心底気持ち悪そうな顔がモニターに映し出される。
突然の加速に晒されたのだ。胃の中をごちゃごちゃに掻き回されれば、そうなるのも無理はない。
だが、それは口実だろう。
このまま死んだふりを決め込み、隙を見つけて逃げ出そうとしていたに違いない。
この女狐め。
「後にしろ。ここは撤退する」
「……逃げるの?」
「戦略的撤退さ。パートナーが君では勝ち目がないからね」
「やっぱ逃げるんじゃん」
「……手伝う気があるのか、ないのか、どちらだい?」
「あるよ。残念だけど、アタシ一人になったらあいつから逃げ切れない」
「いいだろう。役に立ってもらうよ」
撤退プランを手短に伝え、同時にエネルギーの溜まり具合を確認する。
――MAP兵器使用可能まではまだ間があるか……時間を稼ぐ必要があるね。
簡単に見逃してくれる相手とも思えない。通信を蒼カブトへ。
「何故、僕達を襲う?」
「何……故? 何故、ナゼ、なぜ、ククク……ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!
俺は作らねば……ならない。世界を……静寂でなければならない」
「意味が分からないね。それが僕達を襲ったこととどう繋がる?」
「お前達は望まれていない……世界を創る。だから撃ち貫くのみ、だ」
高エネルギー反応。その中心は機体の胸部中央、人で言う鳩尾の位置に設置された赤い球体。
――主動力はあそこ、か。
そこから全体にエネルギーが行き渡り、装甲それそのものが一つの原生生物かのように動いた。
伸び、欠けた部分に浸透し繋ぎ合わせていく。黒く焦げた表面が深い蒼に戻っていく。
自己修復。それはオルバに取って未知のテクノロジー。
直に目にするのはこれで――ちらりとベルゲルミルを盗み見る――二機目。
だが、数時間もかけて修復を行なうベルゲルミルに比べて、修復速度が段違いだ。
「人間……自らの生い立ちを呪う兄弟………お前達は純粋な生命体には、なりえん」
「……少しは僕達のことを知っているようだね。どこで耳にした? お前はニュータイプなのか?」
「ニュータイプ?……違う。俺は……そう、俺こそが完全なる生命体。
世界を創造し、望まぬ世界を……破壊」
その尊大な物言いに哂う。直感した。こいつは同類だ。
古い世界を壊し、自らの思うように作り変えようとしている自分らと似た存在だ。
「完全なる生命体だって? 随分と大きく出たものだね。
でもね。僕らに言わせれば、そんなものはニュータイプとなんら変わりはないんだよ。
人の心にあるニュータイプという幻想が言葉を変えた。それだけだ。
そして、君は君の望む世界を創ると言う。フフ……どうやら僕らは相容れない存在のようだ」
「フフフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
創造と破壊……破壊と創造。創造は破壊……破壊の創造」
狂笑。こいつは似ているのかもしれない。だが、別物だ。
「話、通じてるのか通じてないのか分かんないね。
自分に浸ってるっていうか何ていうか、変にかっこつけてるし」
テニアの声がした。全くだ。このとち狂った男相手に冷静な判断を求めるだけ無駄ということか。
溜め込んだエネルギー量を確認。十分だ。十分に時間は稼いだ。
「テニア、退くよ」
同意の言葉が返って来る。それを合図に火線を敷き、後退を開始する。
ベルゲルミルが瓦礫の廃墟から上空へ。ディバリウムもまた徐々に北へ。動き始めたその瞬間――
「逃がさん……憎しみ合う世界を広げる者達……」
――獲物が掛かった。
位置取りは地上に蒼カブト、上空にテニア。自身はその中間。
小火器類の火線など物ともせずに蒼カブトが、下から上へと間合いを詰めてくる。そんなことは先刻承知。
そして、収束率を上げた大火力の攻撃では容易に捉えられないことも、だ。
必要なのはこいつ相手に撤退するだけの足止めを喰らわせられる攻撃。その条件は威力と範囲を兼ね備えていること。
距離を冷静に測る。あと半秒引き寄せて――今だ。
ディバリウムの主兵装ゲルーシュ。
それは、溜め込んだエネルギーを用途に応じて三種類に使い分けられるMAP兵器である。
一つは、収束率を高め、射程距離と高い貫通力を備え、直線上に撃ち出されるゲルーシュ・エハッド。
例えるならばそれは、巨大なビーム砲。
一つは、針状の散弾を扇状に散布し、一撃一撃は軽いながらもそれを補って余りある無数の弾数で敵を砕くゲルーシュ・シュナイム。
例えるならばそれは、ショットガンの一撃。
そして、このとき使用したのはそのどちらでもない最後の一つ――ゲルーシュ・シュロシャー。
その特徴は、自機を中心にして全周囲に向かって撃ち出す球状の効果範囲と貫通力はないながらもその爆発による破壊力。
例えるならばそれは、一個の爆弾。
格闘武器どころか手足すら持たないディバリウムにとってこの兵装は言わば奥の手であり、最後の手段と言える。
それを使う。射程距離の奥深くまで誘き寄せた今、回避は不可能。耐える他以外に奴が生き残る道はない。
溜め込まれたエネルギーを開放。
自機を中心に蒼白い雷のような光球が瞬く間に膨れ上がり、蒼カブトを包み込み、爆ぜた。
爆煙が立ち込め、一拍遅れて発生した圧縮空気の衝撃波はそれを吹き飛ばす。
その中心でホンの僅かな時間ディバリウムの動きが固まる。
効果範囲と破壊力。その性能と引き換えに三種のゲルーシュの中でも最も多くのエネルギーを必要とするこの兵装。
この硬直はその消費の大きさ故にだ。
爆発に押しやられて地表に沈んだとは言え、未だに蒼カブトは健在。分かっていたことだ。
幾ら威力があろうとも表層的な破壊力しか持たない兵装では、決定打にはならない。
ビーム・コートを突き抜け、装甲を溶かしたとしてもそこまでだ。直ぐに回復する。
そして、回復を待つほどこの敵は悠長ではない。こちらの復帰の方が早いとは言え撤退するには不十分な足止め。
だから、だ。だから後一手。撤退の為に必要だ。それを行なうのが――
「テニア、任せた!」
――彼女だ。
空中で動きの硬直したディバリウムの更に上空。そこに佇むベルゲルミルの双眸が翡翠の色に輝く。
同時に同じ色を光球がマシンナリーライフルから、撃ち出された。
それらが殺到する先は蒼カブトとその周辺。その狙いは――
「生き埋めになるのがどれだけ怖いか教えてやる!!」
――地盤破壊。そう、D-7地区の市街地と同じ地下空間を持つここなら、それが可能。
無論、無敵戦艦ダイが起こしたものほど大規模なものは不可能だ。だが、機動兵器一機を地下に突き落す程度なら、出来る。
蒼カブトの周辺地盤が穿たれ亀裂が奔る。同時に散布していたマシンセルが活動を開始。地表面の構造を破壊する。
穴が空く。崩壊する様に崩れていく。そして、撃ち付けたマシンナリーライフルの光球に押されて、蒼カブトは地中深くへと堕ちて行った。
間髪いれずに瓦礫の山を崩し、穴を塞ぐ。
ゲルーシュ・シュロシャーの一撃から、地中に堕とし瓦礫で穴を塞ぐまで、実にこの間僅か2秒。
穴が塞がれた瞬間、上空のベルゲルミルが全速で離脱を開始。ほぼ同時にシステムが回復したディバリウムも離脱に移る。
「なっ!?」
移ったはずだった。
ディバリウムを中心に奇妙な力場が発生している。陰陽紋を模ったかのようなその空間に固定され、動くに動けない。
周囲には円周上に等間隔で設置された六つの勾玉。どこかで見たことがある。
そう、これは確か――通信?
「オルバ、あんた甘いんだよ。アタシのことを信じてなかった癖に、始末しようとしなかった。
何故、自分がって顔してるね。自分だけは大丈夫。死なない。殺されない。そう思ってた? ほんと、呑気だね。
騙し合いはアタシの勝ち。不思議だね。追い詰められてたのはアタシなのにさ。
残念だけど、あんたにナデシコに戻られるとアタシが困るの。だからここで――」
「テニア、貴様ああぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫。餌にされた。テニアが安全に逃げ切るためのスケープゴート。
今更気づいてももう遅い。離脱できるタイミングは逸した。間もなく奴が戻ってくる。
それに引き換えこちらは、六つの勾玉によって空間に固定され、身動きが取れない。
「――アタシの捨て駒になって死んじゃいな。じゃね〜」
通信が切れる。そして次の瞬間、赤黒い光がディバリウムを包み込んだ。
――大出力のビーム兵器……そんな物を使う素振りは今まで。
六つの勾玉が散り散りになり拘束が解かれる。しかし、今のディバリウムに自由に動き回る余裕はない。
赤黒い奔流の只中、抗うだけで精一杯なのだ。
そして、その奔流が途切れたとき、蒼カブトは間近に迫っていた。迅い。避けられない。
何処で拾ってきたのか、左腕には巨大な黒いライフル。
オルバの与り知らぬことだが、その黒いライフルの名はディバイデッド・ライフルという。
それはメディウス・ロクスの第一形態における主兵装。
大出力のビーム兵器の零距離射撃にも耐えるその強固なつくりは、近接戦闘に置いての打撃武器にも成り得る代物。
本体が第二形態に移行した際に規格が合わず必要のなくなったそれは、地下に撃ち捨てられていた。
それを直に叩きつけられて機体の平衝を失う。ぐらつき、次の瞬間追撃を受けて弾き飛ばされる。
それで終わりではない。追いすがられる。一瞬で空いた距離は不意になり、取り付かれた。
「勝利……敗北……そこに意味はない。破壊されるか……創り出されるか、それ……だけだ。
そしてお前は……死ねッ!!」
コックピットの上方、砕けて欠けた全周囲モニターのその向こうで、黒いライフルを構える巨人の姿が、直に見えた。
「噛み砕き――」
ディバイデッド・ライフルが、ディバリウムの抉れた中央部に叩きつけられる。
強引に侵入してきたそれにコックピットの上半分は完全に砕け散り、砲口が間近に突きつけられた。
「――撃ち貫く」
目と鼻のすぐ先、ホンの数十センチ上で、赤黒い光が灯っていく。地獄の業火のようなそれが見えた。
両眼が見開かれ、瞳が恐怖に揺れ動き、怯えが奔り、そして次の瞬間――
(助けて、兄さん)
――オルバの体は蒸発し永遠にこの世から消え失せ、後に残ったのは狂った男の笑い声だけだった。
◆
主を失ったディバリウムが爆ぜる轟音が、僅かに聞こえてきた。
舌打ちを一つ。もう少し粘るものだとばかり思っていた。
三々五々に戻ってくる勾玉を回収しつつ空域からの離脱を急ぐ。
「あ〜あ、基地の設備壊し損ねちゃった。念のため壊すつもりだったのに……」
そうふてくされた様にぼやきつつも、実はそれ程気にしていない。
あの狂った男がいる限り、そう易々と技術者の手に渡ることはないだろう。
それよりも気を払わなければならないのはこの先だ。
どこかに都合のいいお人好しでも転がってない限り、暫くは単独行動。
オルバやムサシのような盾がいないのだ。気が抜けない。
そして、北上しナデシコとの合流を優先する。それは出来るだけ早く行なわなければならない。
単独行動の危険性だけが問題ではない。合流が遅れれば遅れた分だけ、ナデシコを崩壊させる機会が失われていく。
「どんな顔してあいつらの前に戻ろうかな?」
怒り狂った顔がいいだろうか? 泣き腫らした顔がいいだろうか? 涙枯れ果てて茫然自失ってのもいいかもしれない。
とにかく、立ち回りは今からでも考えておくべきだろう。
そして、気をつけるべきはシャギア。疑われている様子は今の所ない。
だが、オルバに信用されてなかったのだ。念を入れて兄であるシャギアにも信用されてないと見たほうがいい。
伸びを大きく一つ。凝り固まった筋肉をほぐし、両頬を叩く。
気合を入れろ、テニア。ここまでも大変だったけど、本当に大変なのはこれから。
「さぁ、忙しくなるぞー!!」
【キョウスケ・ナンブ 搭乗機体:ゲシュペンストMkV(スーパーロボット大戦 OG2)
パイロット状況:ノイ・レジセイアの欠片が憑依、アインスト化 。DG細胞感染
機体状況:アインスト化。ディバイデッド・ライフルを所持。
現在位置:G-6基地跡地
第一行動方針:すべての存在を撃ち貫く
第二行動方針:――――――――――――――――――――カミーユ、俺を……。
最終行動方針:???
備考1:機体・パイロットともにアインスト化。
備考2:ゲシュペンストMkVの基本武装はアルトアイゼンとほぼ同一。
ただしアインスト化したため全般的にスペックアップ・強力な自己再生能力が付与。
ビルトファルケンがベースのため飛行可能(TBSの使用は不可)。
実弾装備はアインストの生体部品で生成可能。
胸部中央に赤い宝玉が出現】
【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:本来の精神状態とはかけ離れているものの、感情的には安定
機体状況:左腕喪失、左脇腹に浅い抉れ(修復中) 、ガンポッドを装備
EN80%、EN回復中、マニピュレーターに血が微かについている
現在位置:G-5南部
第一行動方針:ナデシコの面々に取り入る
第二行動方針:統夜との接触、利用の後殺害
第三行動方針:参加者の殺害(自分に害をなす危険人物、及び技術者を優先)
最終行動方針:優勝
備考1:甲児・比瑪・シャギア、いずれ殺す気です
備考2:首輪を所持しています】
【オルバ・フロスト搭乗機体:ディバリウム(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:死亡
機体状態:爆散 】
【残り20人】
【二日目9:30】
NEXT「最後まで掴みたいもの」
BACK「すべて、撃ち貫くのみ」
(ALL/分割版)
一覧へ