164話「揺れる心の錬金術師」
◆7vhi1CrLM6



それを最初に見た――否、感じたとき、星のきらめきにとてもよく似ていると思ったことを、覚えている。
箱庭に散りばめられた53個のきらめき。
首輪に宿るアインスト細胞を通じて、アルフィミィはそれを知覚することが出来た。
視覚ではないところで見、聴覚ではないところで聞いている。
その感じ方は、NTや念動力者といった者達が他者を感じられるのと、似ているのかもしれない。
ただ、それは感覚という曖昧なもの。遠くのものを見て、その距離に当たりを付けるようなあやふやなもの。
不確実性は甚だしく、個人の趣向にも左右される。
見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞く。見たくないもの、聞きたくないことは意識の外へ。
それがある程度可能なのだ。
だから別個に、アインスト細胞に依らない首輪そのものの機能の一つとして、ネビーイームには座標データが送られていた。
それを今、鎮座するデビルガンダムを通じてアルフィミィは確認している。
『問題』の反応はある。確かにその場所、その位置に反応はあり続けている。その問題ないはずの現象。
それがアルフィミィの焦りと混乱をより深くしていた。

「何故……感じられませんの」

どんなに意識を凝らしても見えない。聞こえない。これまで、こんなことはなかった。
箱庭というオモチャ箱に閉じ込めた53個のきらめき。その数は減り続けている。
死んで消えて去ったのだ。
それとは違う。死んでない。生きている。でも、知覚出来ない。感じられない。
まるで繋がらない電話だ。番号は知っているのに、間違ってないはずなのに。
出てくれない。
何度も、何度も、何度も掛けなおした。彼が居たはずの場所に目を凝らし、耳を凝らし、神経を集中させて感じようとした。
その度に、呼び出し音が虚しく響いただけだった。

「何で何も感じられませんのっ!!」

何も見えない。何も聞こえない。それが意味するもの。意味すること。
もしかして私は――
頭をぶんぶんと左右に振って、その先の考えを振り払う。
もう一度。もう一度と自分に言い聞かせて、嫌な考えを頭から追い払う。
落ち着かぬ気持ちを無理にでも落ち着かせ、瞳を閉じる。箱庭に散らばるきらめきに意識を凝らす。
瞳は瞼の裏、何も映さない。漠々たる闇の意識野が拡がり、視覚ではない何かが光を捉える。
それはまるで夜空に浮かぶ星たちのきらめき。それは人の想い。
ときに強く、ときに弱く瞬き、怒れば赤に、悲しめば青にとその色を移ろわせていく、揺らめく炎のように。
それが画一的なアインストには無い色で、一つ一つ違った色で、最初は眺めているだけで楽しかった。
箱庭という宝石箱に、綺麗な色とりどりのビー玉を集めて喜んでいる子供のようなものだったのだろう。
だが、今はそんな余裕が無い。
焦りを抑えつつ、数え間違えのないようにそれを一つ一つ丁寧に確認していく。
確認できた数は19。そして、今現在生存しているはずの者の数は20。

――ひとつ、足りませんの。

思い通りにならない現実に涙が滲んでくる。何もかも放り投げて泣き出しそうになる。
それを『がまん』の一言で押さえつけ、作業を続けた。
時計の針は、もうすぐ八時半を指す。対象を見失ってから約三十分。
何の進展も得られぬまま幾度となく繰り返した道筋を、もう一度辿る。
ユーゼス・ゴッツォとテンカワ・アキトのきらめきを確認。カミーユ・ビダンのきらめきも確認。
フェステニア・ミューズとオルバ・フロスト、確認。
ネビーイームから首輪の座標データを引き出し、照合。見つからない20個目のきらめき、それの存在を確認。
やはりそこにそれはあるのだ。なのに知覚できない。感じ取れない。
じわりと滲んだ涙をがまんして、口元がへの字に曲がった。まだ泣くには早い。

「 が ま ん ですの」

見えずとも、聞こえずともあるのだ。そこに間違いなくあるのだ。
なら感じ取れるはずだ。その存在を、自らの直属に位置する首輪のアインスト細胞を。
ユーゼス・ゴッツォとテンカワ・アキトの位置、カミーユ・ビダンの位置、フェステニア・ミューズとオルバ・フロストの位置。
それらを目印にすれば、意識野におけるキョウスケ・ナンブのおおよその位置は見当がつけられる。
睨みつけるかのようにして、感覚を研ぎ澄ます。そこに意識を凝らしていく。
広域に広げていた意識野を絞り込む。
中央廃墟、南部市街地の参加者を知覚の外へ。ロジャー・スミス、ソシエ・ハイムもそれに続く。
さらにレオナルド=メディチ=ブンドルと兜甲児も、今知覚外へ。
まだ見えない。さらに絞り込む。
ユーゼス=ゴッツォ、テンカワ=アキト、カミーユ=ビダンを知覚対象から外す。
最後に残ったフェステニア=ミューズ、オルバ=フロストの反応も意識野から追い出した。
そして残されたのは、狭く何もない漆黒の空間だけ。G-6基地だけに絞込み、意識を凝らしているにも関わらず――まだ知覚できない。
五感も不要。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を順に排除。
研ぎ澄ました知覚を腕の形に。それを伸ばし、どろりと粘性を帯びた暗い意識野の水面へと埋めていく。
掻き回し、掻き乱す。時折両の手で掬い上げ、何もないのを確認してもう一度。
何度も何度も繰り返す。
何かがあるはずだ。ここに。この場所に。
それに触れようと必死になって探り続けた指先に不意に何かが当たり、途端に弾かれた。
研ぎ澄ました知覚の腕が掻き消され、五感が戻る。凝らし、絞り込んだ意識野が拡散する。
気づくと、汗だくの体でデビルガンダムに半身を埋めていた。蒼ざめた肌に、途切れ途切れの呼吸。
見つけた。触れた。知覚した。でも――

「何故ですの……なぜ? 何で? どうして!? 何がッ!!」

次第に激を増していく言葉。空気が足りず、上半身だけで大きく仰け反るようにして、息を継ぐ。

「……わかりませんの」

天を仰いで呟いた声は、ついに涙声へと変わる。
見つけたのは、キョウスケ=ナンブの首輪に宿るアインスト細胞の反応。だが触れた瞬間に拒絶された。
下位のアインストが上位のアインストを拒絶することなど、普通ありはしない。
ましてそれが直轄のものならばなおさらだ。にも関わらず拒絶された。理由ははっきりしている。

「……わかりませんの」

自分よりも上位のアインストがあの場に居る。同位ではなく上位の存在。
首輪のアインスト細胞が反応をよこさずに拒絶したのは、より上位の存在に支配権が移ったが為。

「何故、あなたが……わかりませんの」

主がキョウスケ=ナンブを器に選んだ。それがほぼ確定。
メディウス・ロクスが起こした空間の歪み、箱庭へと滑り込んだ主の一欠片、知覚出来なくなったキョウスケ=ナンブ。
そこへ思い至るだけの材料は十分にあった。
にも関わらず、今の今までその可能性を考えの外に追い出していたのは、否定したかったからだろうか。
かつて主の前に立ちふさがり、主が力の大半と引き換えに撃ち滅ぼした者達の一人と同質の存在。
しかし、それ以外は何の変哲もない何処にでもいる普通の人間。器に選ばれるような理由はないはずなのに。
別にいいではないかと思う。気にする必要も必然性もない。
理由が分からずとも、ともかく主は新たな器を手にしたのだ。それでいいではないか。

――でも、どうして心が揺れますの?

胸中の呟きに答えはない。
息をゆっくりと吸い、長く細く吐き出す。答えの出ない疑問を棚上げに、思考を切り替える。
主の欠片が箱庭に降り、器に憑依した。
ならば今自分が考えなければならないのは、この先どうするべきか、だ。
最大限の融通を利かせ、主の有利なようにことを進めるべきか。あるいはこのまま静観を続けるべきなのか。
いや、そもそも主はこの宴の目的たる新たな器を手にしたのだ。もうこれ以上、この宴を続ける理由は何処にもない。
箱庭から主を脱出させ、残ったサンプルたちはそのままここに放棄しても一向に構わないのではないだろうか。
でもそれは――

「……嫌ですの」

会ってみたい者達が、依然としてこの箱庭で生き続けている。
例え主にとってもはや用済みの空間と言えど、自身にとって魅力的な宝石箱である事実は変わらない。
それに、それにだ。そもそもあれは主と、ノイ=レジセイアと呼べる程のモノなのだろうか?
主の欠片であることに間違いはない。
だが、もしもあれがノイ=レジセイアと呼べる程の力を持っていなければ? 主の選択が間違っていたとしたら?

――別の器が必要ですの。

主の本体はまだこちらにある。再度憑依を促す必要が生じたときの為に、今この宴を止めるわけにはいかない。
自分が生み出された理由は、『ノイ=レジセイアと呼ばれるモノ』を生きながらえさせる為なのだから。
そう理由付けながらも、でも、と思う。でも多分本当は認めたくないだけなのだ。
あれがノイ=レジセイアだとは認めたくない。自分と同じく人をベースとしたあれがノイ=レジセイアだと認めたくない。
そして、主の器は自分によって選び出されるべきなのだ。そうでなければ、自分が生み出された意味がなくなってしまう。
だから認めたくない。自己の存在を懸けて、認めるわけにはいかない。

「あれは敵」

自分の存在価値を根こそぎ奪っていくもの。

「あれはまがいもの」

主の力によって生み出された主とはまた異なった別個の存在。
本当にそう思っていれば、動けたのだろう。主の本体に確認を取ったはずだ。でも違うと言い張りながら、その足は出ない。
怖いのだ。
問えば主はあれをノイ=レジセイアと認めてしまうだろう。そうなれば、自分の存在理由が消えてしまう。
生れ落ちた意味も、今生きている意味も失われるのだ。
それが何よりも怖い。
誰でもいい。誰でもいいから教えて欲しい。与えて欲しい。揺らぐことのない存在価値を、存在理由を。
主でなくても、今箱庭の中にいる者でも、誰でもいい。誰でもいいのに――

「ここには……誰もいませんの」

直径40kmにも及ぶネビーイームの最奥、その中枢。見回せばそこはがらんと広い巨大な空洞でしかない。

「誰も……」

そのときアインスト=アルフィミィは、生まれて始めて孤独を理解した。



【アルフィミィ  搭乗機体:デビルガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:良好
 機体状況:良好
 現在位置:ネビーイーム
 第一行動方針:バトルロワイアルの進行
 最終行動方針:バトルロワイアルの完遂】

【二日目 8:50】


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