165話B「変わりゆくもの」
◆YYVYMNVZTk

 ◇

「大丈夫かな、あいつ」
「大丈夫だよ、きっと」
バサラの去った医務室で、ガロードと比瑪はそんな話をする。
「バサラって……うん、ちょっとしか話してないけど、本当は頑張れる人だと思うもの。私たちはその手助けをするだけで十分さ」
「ふぅん……そっか、比瑪はあいつのこと、よく見えてるんだな。それに比べて、俺は……シャギアがどんな奴だったのか、よく分からなくなっちゃたんだ」

へへへ、と苦笑交じりに頭をかくガロード。
無理もないことだ。今のシャギアは、ガロードの知るシャギアとは大いに異なる。
時折見せる感情的な面は、確かにガロードたちと敵対したシャギア=フロストのもの。
しかし甲児たちとベタな漫才をするシャギアというものは――少なくとも、ガロードには想像できないものだった。

「ガロードがシャギアさんのことをよく知らなかったってこと? それとも、シャギアさんが変わっちゃったってこと?」
「それも分かんないな。元々、俺たちはそんなに仲が良かったわけじゃないし。俺が誤解してたのかもしれないし、比瑪たちがシャギアを変えたのかもしれない」
「私たちの前では、最初からあんな感じだったよ?」
「そうなのか。……じゃあやっぱり、俺が知らなかったのかもしれないな」

勿論、先ほど見せたニュータイプの呪縛から逃げ出せないシャギアを許すことはできない。
だが――本当は、その一点を除けば、フロスト兄弟と自分たちが敵対することはなかったのではないだろうか。
フロスト兄弟は悪である。その認識そのものが間違っていたのかもしれないと、今は自然とそう思える。
例えば、ティファが世界から拒絶され、迫害されるようなことになってしまえば――ガロードは、世界と戦うことに戸惑いはないだろう。
フロスト兄弟のそれも、同じような理由であるのかもしれない。どうすればいいのか分からず、戦う以外の道を選べなかったのかもしれない。
ならば、フロスト兄弟もまた、犠牲者なのだ。無為な争いのために運命を捻じ曲げられただけの。
しかし、それでも――フロスト兄弟の取った道は間違っている。それだけは正さなければいけない。

「ねぇ、ガロードは、依衣子さんと上手くやれてる?」

思考を遮る突然の質問に面食らう。
依衣子って誰だっけと一瞬戸惑うも、そういえばお姉さんの名前だとか比瑪が話してたなぁということを思い出す。
果たして自分とクインシィは上手くやれていると言えるんだろうか?
思い返してみると……毛布で縛られたり、ことあるごとに怒鳴られている記憶しか出てこないあたり、ガロードとクインシィの関係を物語っているような気もする。
だけど……クインシィが食べさせてくれたシチューは美味しかったし、お姉さんだって俺のことを信用してくれると言ってくれた。

「ま、まぁ仲良くやれてるとは思うけど……いきなり何なんだよ?」
「ん、ちょっとね。私、依衣子さんのこと知ってはいるけど……分かってはないんだよなぁって思ってさ」
「俺にとってのシャギアみたいだってことか?」
「そうなのかも。私の元からの仲間に、勇ってのがいるんだけど、依衣子さんは勇のお姉さんなのよね」
「ああ、それは聞いたな。お姉さんは勇を探してるって」
「勇がここにいるのかどうか、まだ分かんないけどさ。とにかく、私と依衣子さんの繋がりって、勇を通してでしかなくって……
 戦ったこともあるけど、それだけじゃ相手のことを分かることって難しいじゃない?」

ドキリとした。
戦うだけで相手のことを分かったつもりになる――自分がフロスト兄弟に対してしてきたことと、大して変わらないじゃないかと。

「だな。それだけじゃ分かんないってこと、俺も気づいた。……勇ってやつからは、お姉さんの話とか聞かなかったのかい?」
「勇はね、お姉さんのことだけじゃなくって、家族のことを話すのが好きじゃなかったから。一人だけオルファンを出て、オルファンと戦おうとしていたんだから」
「そっか……難しいなぁ」
「もっと仲良くしてほしいなぁと思うんだけどね。それでさ、勇には聞けなかったから、ガロードに聞こうかなって」
「俺がお姉さんのことを話すって?」
「うん。依衣子さんが起きてれば直接話すんだけど、起こしてしまうのも悪いじゃない。だからお願い」

なら仕方ないなと、ガロードはクインシィとの出会いから今までを話しだす。
時に冗談交じりに、時に真剣に語られるガロードの話を聞いていると、依衣子とガロードが良好な関係を築けているということが良く分かる。
私も依衣子さんと仲良くできたらなぁと、そんなことを思う。
気づけば結構な時間が過ぎている。時計を見てみると、針は10時を少し過ぎた頃を指していた。
今頃、テニアとオルバさんもどこかで誰かと仲良くなれていればいいなぁと、そんなことも考える比瑪だった。

 ◇

――助けて、兄さん

続いて襲いかかる、言い表しようのない虚無感。
返事をしろと何度念を送ろうとも、返ってくる念は永久に訪れない。
何故か。理由など、理解している。
だが、たとえ頭では分かっていても、心は納得してくれない。
更に強く念を送る。強く、もっと強く。

「応えろ……応えろオルバッ!」

声を張り上げいくら呼ぼうとも、既に意味など有りはしないのだと認めたくない。
心が必死に否定するそれを――しかし、聡明なシャギアの論理は、それは紛れもなく一つの事実なのだと受け止めている。

亡くしてしまったのだ。己の半身を。
病めるときも健やかなるときも、晴れの日も雨の日も、夏も冬も、常に共に在った唯一無二の存在を。

空虚が心を支配する。はははと、乾いた笑いがこぼれる。
身を引き裂かれるような痛みは、幻想などではない。
伝わるのだ。オルバから。
どれだけ辛く、寂しく、絶望したまま死んでいったのか――伝わってしまうのだ。

逝ってしまったオルバのために――自分が出来ることは、なんなのだろうか。




オルバを――生き返らせる。

当然のように考えたのは、それだった。
異形の甘言を受け、それに乗りかかる。優勝し、願いは勿論「オルバ=フロストを生き返らせる」だ。
冷静に考える。
今現在、シャギアはナデシコの全権を保持しているといっても過言ではない。
本来の艦長であった甲児はナデシコを離れた。ナデシコの力は、おそらくはこの場においてトップクラスのものだ。
この力を有用すれば――勝ち残りは、決して夢物語ではない。
ポイントとなるのは、同じく強力な戦力であるJアークとの交渉だろう。
オルバから伝わった情報。それは、交渉人ロジャー=スミスがナデシコとJアークの話し合いの場を設けるために奔走しているというものだ。
そして、その場所に出来る限りの反抗者たちを集め、結束の場にするつもりだということも聞いている。
もしJアークを中心に徒党を組まれてしまえば、ナデシコだけでは突破することも難しい。
だが――その会合の場において、ナデシコが決定的な裏切りをしてしまえば?
その場でJアークを奇襲で落とし――あとは、散り散りになるであろう他参加者を各個撃破していく。
目下の邪魔は、ナデシコに居座るガロードだが――チャンスならばいくらでもある。

だが……あの怪物が、素直に約束を守るだろうか?
願いを一つ叶えるなど、そんな不確定なものに踊らされるのは、シャギア=フロストの為すことではない。
更に言うならば、最後の一人になれたところで、無事に元の世界へ帰れるという保証さえないのだ。
ならばこのまま対主催の立場を貫くほうが、利口ではないだろうか?

理屈では、前者を選ぶべきだと分かっている。
だがそれでも決められない。何故か、心のどこかに引っかかる部分があるのだ。
どうしてこんな時に、甲児君の顔が思い浮かんでくるのか。
比瑪君が手渡してくれた御飯茶碗を思い出すのか。
何故、どうして。戸惑いは増していく。

そもそも――シャギアは、気づいていない。
いつの間にか自分が甲児たちのことを「駒」ではなく、「仲間」と呼び始めていたことに。
演技だけでなく、本当に自分が変わり始めていたということに気付かないままに――シャギアは一人、生まれて初めての孤独を感じていた。



【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:深い喪失感、孤独
 機体状態:EN55%、各部に損傷
 現在位置:B-1東部(ナデシコブリッジ)
 第一行動方針:首輪の解析を試みる
 第二行動方針:比瑪と甲児・ガロードを利用し、使える人材を集める
 第三行動方針:意に沿わぬ人間は排除
 最終行動方針:???
 備考1:首輪を所持】

【ガロード・ラン 搭乗機体:なし
 パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。
 機体状況:なし
 現在位置:B-1東部(ナデシコ医務室)
 第一行動方針:シャギアを見張る
 第二行動方針:勇、及びその手がかりの捜索
 最終行動方針:ティファの元に生還】

【宇都宮比瑪 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
 パイロット状態:良好、ナデシコの通信士
 機体状態:EN100%、ミサイル90%消耗
 現在位置:B-1東部(ナデシコ医務室)
 第一行動方針:甲児・フロスト兄弟に同行
 最終行動方針:主催者と話し合う
 備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガスを収容
 備考2:ナデシコ甲板に旧ザク・真ゲッター・ヴァイクラン係留中】

【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)
 パイロット状況:神経圧迫により発声に多大の影響あり
 機体状況:MS形態
      落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障
 現在位置:B-1東部(ナデシコシャワー室)
 第一行動方針:自分の歌を取り戻す
 最終行動方針:自分の歌でゲームをやめさせる
 備考:自分の声が出なくなったことに気付きました】

【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ〜世界最後の日)
 パイロット状態:気絶中
 機体状態: ダメージ蓄積(小)、胸に裂傷(小)、ジャガー号のコックピット破損(中)※共に再生中
 現在位置:B-1東部(ナデシコ医務室)
 第一行動方針:勇の捜索と撃破
 第二行動方針:勇がここ(会場内)にいないのならガロードと協力して脱出を目指す
 最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】

【パイロットなし 搭乗機体:ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
 パイロット状態:パイロットなし
 機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている
 現在位置:B-1東部(ナデシコ格納庫内)】

【旧ザク(機動戦士ガンダム)
 パイロット状態:パイロットなし
 機体状態:良好
 現在位置:B-1東部(ナデシコ甲板) 】

【二日目10:30】


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