170話「Lonely Soldier Boys &girls」
◆ZqUTZ8BqI6
ナデシコの一室。やたらと散らかった部屋に、無造作にしかれた布団。
そんな汚れた暗い部屋に、シャギアは一人座り込んでいた。
疲れからくる頭痛から、仮眠をとるとガロードたちをごまかして部屋に引きこもっている。
ガロードが怪しむのをさけるため、マジンガーZを回収する時――
つまりガロードがマジンガーZを取りに出た時から、シャギアは一歩もこの部屋から出ていない。
ある意味、マジンガーZをとる必要があったため、ガロードの目が自分から離れたのは僥倖だったかもしれない。
現在、ナデシコは順調に、目的エリアへ西に走っている。
東へ走り光の壁を越えてもよかったが、基地から北上するテニアとの合流の兼ね合いで、そちらから進んでいる。
考えることは、同じこと。似たようなことばかりを延々と考えていた。
本当に、奴等は死者を蘇生する力を持っているのか?
持っているとして、それを本気で叶える気はあるのか?
持っているとすれば、それはどういった方法?
何をどうすることによって死者蘇生の事象を起こす?
奥歯をきつくかみ締める。
もし、もしもあの少女が目の前にいたとして、仮に疑問をぶつけたとしよう。
相手はなんと答えるか。考えるまでもない。彼女は、笑顔で答えるだろう。
――もちろん全部できますの。だから………
壁を思い切りシャギアは叩いた。
だから、安心して殺しあってくださいの。
そう、こう言うに違いない。自分が逆の立場なら、まったく同じことをしただろう。
甘言をささやき、人を殺し合わせ、最後の一人という悪夢へ誘う。
その言葉を確かめるすべはない。裏を取ることは不可能。自分で、判断するしかない。
もし、死者蘇生が何らかの装置を伴って行われる行為ならば?
このままナデシコで行動し、奴等を撃破。しかるのち、その装置を使いオルバを蘇生する。
いや、最悪最後の一人の一人になり、奴等の下僕としてオルバを蘇生させることもできる。
無論その後は、連邦政府の時のように顔を下げ、奴等の首を駆るときを待つ。
いや、これは駄目だとシャギアは首を振る。
確かに、奴等は人体を治す力を持っている。
下半身不随で車椅子生活を余儀なくされていた自分が、こうやって歩いていることこそ、その証明だ。
奴等の技術が自分たちのような誰でも使える科学的、機械的なものとは思えない。
解析しようとしていた首輪に目を落とす。どう見ても、自分の知る科学技術系統のものではない。
むしろ、ひどく生物的だ。最初の巨体の異形の力もそういう系統から起因しているのではないか。
「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」とは言われるが、
そういう次元のものではない、と本能的にシャギアは理解した。
結局、疑問は最初に戻ってしまう。
いつの間にか喘ぎ気味になっていた呼吸を整える。
基準がほしい。なにか、明確に行動するための基準が。
いつも繋がっていた兄弟という支点を失い、初めてシャギアはこの殺し合いの闇を意識した。
どちらに踏み出すべきなのかが分からない。どちらが最善の一手なのか見えてこない。
このまま、オルバの蘇生がまず不可能な脱出を目指すのか。
それとも、オルバを蘇生できるのか、してもらえるのか分からない優勝を目指すのか。
もう、シャギアの中で、どのようにこのゲームのを終わらせるかはたいした問題ではなかった。
どうするれば、一番オルバを確実に生き返らせることができる?
いつもは、シャギアがオルバをいさめることが多かった。
しかし、そう頻度が多いわけではないが、焦るシャギアをオルバをいさめることもあった。
サテライト兵器の時、焦る自分へまだチャージが足りないと、オルバが自分に忠告したことをふと思い出す。
どちらかが、どちらかに何かするのではない。お互いが、すべてにおいて支えあっていたのだ。
常に繋がった精神感応の力で。どんなに離れた場所であっても。
それが断たれた。
無意識に、頭を抱えるようにかきむしっていたことに気付き、手を頭から離す。
いつもそろえられた髪が乱れていたが、それを気にする余裕はシャギアにない。
「すべては、後回しだ……」
一人呟く。そう、すべてはひとまず棚上げだ。
確定している、やらなければならないことは何だ? この喪失感の何億分の一でも埋めるために必要なことは何だ?
あの蒼い機体に乗るパイロットとフェステニア・ミューズを殺す。
確実に殺す。絶対に殺す。これだけは自分の手でやらなければならない。
自分が何を奪ったのか、理解させたうえで、何をしてでも殺す。
ふと、甲児君に、比瑪君に、自分のやろうとしていることを打ち明けてはどうだろうか、と考えがよぎる。
小さくシャギアは頭を振った。あの二人は、何の事情があろうと殺すことをよしとしないだろう。
それどころか、テニアの言葉を信じ、あれが人殺しであることを信じようとすらしないかもしれない。
自分が、やらねばならない。
二人を……話し合いの場まで、そう、「駒」として……生き延びさせるためにも、自分のためにもやらなければいけない。
誰の助けもいらない。理解されようともかまわない。自分ですべて完遂する。
この先を決めるのは、それからでいい。
決断を先延ばしにする後ろ暗い安息と、一時的には言え自分を支える支点を築くことで、
シャギアは自分を奮い立たせる。
だが、しかし彼は気付いていない。彼は、「駒」と呼んだ者たちを気遣ってしまっていることに。
ブリッジから通信が入る。
映し出された映像には、ベルゲルミルが写っていた。
◇
一方、こちらはナデシコのブリッジ。時は少しさかのぼる。
ガロード、バサラ、比瑪の三人は、周囲を警戒しながらも、ごそごそと何かをやっていた。
『これで本当に声が戻るのか?』――バサラの筆談。
明らかに疑った顔で、バサラはガロードの持ってきた、銃のような形をした注射器を凝視している。
「声が戻るわけじゃないけど……多分、歌えるようになると思うよ」
「とりあえず、やってみましょ!」
バサラは恐る恐る注射器を二の腕に押し付ける。二人の顔に、明らかに悪意はない。
それに、自分をどうにかしようとするなら、あれほど気絶している時間があったのだ。
わざわざ目が覚めてから、こんなもの押し付けてどうにかしようとするとは思えない。
チクリ、と挿す感覚。そのまま、じっとしているが……何か変わった様子はない。
特別体が痛んだりもしないが、よくなる兆候もなし。
「……ッ!?」
声の出ない喉から、息が漏れる。よく見れば、手の甲には、よくわからない印ができていた。
それを見た比瑪とガロードは、今度はシールみたいなものを取り出し、突然バサラの喉に張った。
突然のその行動に、当然バサラは反射的に抗議の声を上げる。
「ナ……ニッ!?」
当然、口は動くが喉からはかすれた息が漏れるだけだ。それを改めて理解し、肩を落とした次の瞬間。
『俺に何をした!?』
自分の声が、スピーカーから流れ出した。思わずスピーカーを見て目をむくバサラ。
その後ろでは、比瑪とガロードが「イェイ!」とハイタッチをしている。
「…………」
『おい、これはどういうことなんだ?』
口を動かす。すると今度はタイムラグなしで正確に自分の声がスピーカーから発される。
TVが突然チャンネルセットされ、謎の映像が流れ出した。
3、2、1、ドッカーンと気の抜けるエフェクトののち、金髪の女性が映し出される。
『説明しましょう! もともと、IFSは人体の感覚をエステバリスなど有人機にフィードバックする機構。
つまり、これを利用すれば、何らかのサーバさえあれば擬似的に五感を再現することもできます。
逆を返せば、失われた人体の機能を、幻視痛のように返すことで再現することもできるというわけね。
今回のケースの場合、IFSから喉の装置を通し、喉の筋肉、骨格などから元の声を算出。
その後、変化からなんという言葉をしゃべりたいか逆算し、スピーカーから生み出しているわけ』
そこまで言って、映像はプツンと切れる。
『あの金髪のおばさんはなんだ?』
「……よくわからないけど、説明するときだけ出てくるようになってるみたい」
「便利か不便かよくわからないな、それ」
ともかく細かく聞けば、比瑪もガロードも、IFSを撃てば、もしかしたら通信も可能になる上、
そこから文字を画面に直接表示できれば意思疎通も楽になると思ってやってみたわけだ。
結果は、どうやら彼らの予想以上の結果に終わったのだが、そういうものなら事前に少し言ってほしかったと思ったバサラだった。
だが、そんな事は些細なことだ。
今の自分は、喋れる! 機械を通してとはいえ、声が戻った!
唄を歌うものとして、少し思うところもあったが、今は声が出ることを純粋に喜びたかった。
バサラは、どこからともなく相棒を引っ張り出すと、それをかき鳴らす。
『一曲と言わずいくぜ! 俺の歌を聴けえぇぇぇぇ!!』
この戦艦のAI、オモイカネが、エレキギター以外の楽器の音を控えめながらも演奏する。
自分本来の声ではない。ミレーヌのような自分本来の仲間たちではない。
しかし、それでもバサラは歌う。
眠っていた時間を取り戻すように、歌えなかった時間を取り戻すように。
ベルゲルミルがレーダーに映り、彼が歌い終わるまでそれは続いていた。
◇
「あ! いた!?」
テニアは、対岸にいるナデシコの姿を確認し、再度飛行を開始する。
思ったより早く合流できたことに、わずかに安堵を覚える。まだ、ベルゲルミルは完全に再生していない。
残っている傷跡は、如実に誰かに襲われたことを示していた。
その傷は、エネルギー兵装しか持たないディバリウムではつけることはできない傷だ。
おそらく、この姿を見れば向こうは心配するだろう。そして、疑うことなどしないだろう。
ふらふらとナデシコへ飛ぶ。すると、むこうからの通信が入った。
「テニア、どうしたの!?」
映るのは、心配そうな顔をした比瑪。怪しんでいる様子はない。
自分の思うとおりだと内心笑いながら、テニアは泣きそうな顔をして見せた。
「基地に……基地にとんでもない化け物がいて……」
そこで、いったん言葉を詰まらせる。それだけで、比瑪は悲しげな顔をした。
横からは、前拾った眼鏡の男と、統夜より少し下くらいの知らない少年が映っていた。
「オルバが……基地に残ってるんだ! 先に逃げろって……」
途切れ途切れにそう伝える。目を見開く眼鏡の男と比瑪と……一人眉をひそめる小年。
「オルバが? 残るって言ったのか?」
明らかにオルバを知っているとしか思えない口ぶりで、少年は言う。
こいつ、明らかに怪しんでいる。態度からそれが見て取れた。だが、今説明を変えるわけにはいかない。
涙を目元にたっぷりうかべ、テニアは絶叫する。
「そうだよ! 急がなきゃ……急がなきゃオルバが死んじゃう!」
そうこういっている間に、ナデシコの格納庫は目の前だ。
甲板の上におかれたヴァイクランの下をくぐり、格納庫にベルゲルミルが入る。
あえて、ショックを受けていることを見せるため、コクピットから出ない。
そうこうしているうちに、映っていた三人が、格納庫へやってきた。
「テニア……大丈夫?」
比瑪が、ベルゲルミルの足元から、テニアを見上げる。
発作的に、このまま踏み潰したいと衝動が沸くが、それを抑える。背を押すのも、踏み潰すのもまだ先だ。
ゆっくり、降りる。そして、顔を手で押さえる。心配そうに、男たちも寄ってくる。
シャギアの姿はない。いったい、どこにいるのか。
まあ、それは後回しでもいいか。
手を肩にかけてくれる比瑪に、もう一度基地に向かうように告げようとする。
そのときだった。
「茶番はそこまでにしてもらおうか、フェステニア・ミューズ」
びゅう、と格納庫に風が入り込む。
風の元を見ようと振り向くと、格納庫のハッチが開いていて……え?
隙間から入り込んだのだろう。そこには、数mはある巨大な機械が浮かんでいた。
つけられた銃口は、間違いなく自分を捕らえている。これは、シャギアのヴァイクランのガンファミリア?
でも―――
「ど……どうして?」
もれる呟き。さっきの声は、シャギアの声だった。
シャギアの姿はなかったが、どこかで通信を聞いていたのだろうか。
だが、そうだとしても自分がオルバを切り捨てたとわかるようなことは口にしていない。
死んだ、とすら言ってない。戦っているのだから迎えにいってほしいと自分は言ったのだ。
疑われることはあっても、シャギアの理性を決壊させるような要素はなかったはず。
だというのに、どういうことなのか。
「ちょっとシャギアさん! なに!?」
怒った調子で、銃口から自分をかばうように胸をそらし比瑪が立つ。
あいかわらずの甘さ。それに隠れる自分。比瑪の背中にすがりつく。
しかしシャギアの声の調子も、銃口も何も変わらなかった。
「どいたほうがいい。 そこにいるのはオルバを殺した張本人だ」
瞬間、時が凍る。誰もが「え?」という表情を浮かべている。
どうしていいのかわからず固まった格納庫にいる全員を無視し、シャギアは語る。
「お前は知らなかったろうが、我ら兄弟は、ニュータイプよりも強固な心のつながりを持っている。
兄弟どれだけ離れていようとも、何を見て、何を感じ、何を考えていたのか、お互い知ることができる」
シャギアが放つ疑問の答え。それは、予想もできない真実だった。
嘘だ、と言いたい。けれど、口ぶるが震えて言えなかった。
そんな嘘みたいな魔法の力、あるはずがない。そんなもの、そんなもの……
「我らがこの殺し合いに参加させられたとき、即座に合流できたのはその力のおかげだ。
信じられないか? だが事実だ……そこにいるガロード・ランに聞いてみるといい」
銃口が、わずかに右に揺れる。
それにつられてテニアも視線を動かす。そこには、先ほど自分を疑うような目を向けていた小年。
彼が、ガロードなのだろう。
「ああ、そうだ。フロスト兄弟は、そういう力を持ってた。同じ世界で、そのせいで何回も手を焼いたんだ」
さらに、シャギアは続ける。
戦闘での、彼らの完璧なコンビネーションも、そこから起因するものであることを。
その力があったがゆえに、逆に世界から虐げられることになったことも。
動けない。
もし、一歩でも比瑪の影から出れば、シャギアはその瞬間自分を撃つだろう。
さっきよりも硬く比瑪をつかむ。
「理解したか? つまり、私は知っているということだ。
お前が、あの蒼い機体を相手に、オルバを切り捨てたことも!
ロジャー・スミスと会ったことも! 全て! 知っているということを!」
ついに、シャギアの声は怒声へと変わっていた。最初の、どうにか押さえている調子ではない。
完全に、切れている。そして、最悪なのは、シャギアの言っていることが全て事実であるということだ。
自分しか……いや、自分とオルバしか知りえないはずの出来事を、克明にシャギアがさらす。
間違いないのだ。こいつは知っている。自分が何をしたか知っている。された側が……オルバが何を考えていたかまで。
「分かるか!? オルバ最期に送ったのだ……『兄さん助けて』と! そして、お前が何をやったかを、我々のために!」
横を見る。眼鏡の男は、ギターを握り締め、腕を震わせている。自分のやったことに怒っているのだろうか。
ガロード・ランと呼ばれた小年は、いつでも動けるように構え、敵意の目を向けている。
きっと、見えないけれど比瑪も同じような顔をしているだろう。
最悪だった。
カミーユにもばれた。ロジャー・スミスは、自分を疑っていた。Jアークもそうだ。
そして、最後の砦のはずだったナデシコまでが、ついに墜ちた。
残りの知り合いは……ガウルンが、自分を助けてくれるはずがない。カティアも、メルアも逝った。
一人ずつ、頭に思い浮かべる顔に、バツ印が刻まれる。
そして最後に残ったのは、統夜だった。
――そうだ、統夜が自分にはいる。
最後の最後に残った、自分の想い人の顔が浮かぶ。
ここにいるのは自分の知る統夜ではない。それでも、統夜の人柄は知っている。
統夜なら、統夜一人でも仲間にできればなんだってできる。
そう想うだけで、くじけかけた意思が振い立つ。
もう、駄目かもしれない。けど、最後までやってやる。あきらめたりするもんか。
ここに来て、何回ピンチを乗り越えてきたか。何をやってきたか。
絶対に、くじけない。挫けてたまるか!
まずは、比瑪を人質に取る。その上で、どうにかこの場を切り抜ける。
どう考えても穴だらけだ。シャギアがだからどうしたと引き金を引く可能性もある。
それでも、やらないよりは百倍ましだ。
そう思い、目の前の比瑪の首に手を回しそうとして、
「めぇ、でしょーっ!!」
比瑪の声が響く。さらに、突然スピーカーから耳をつんざく音楽が溢れた。
たわみがなくなるか分からず、惨事につながりかねない張り詰めていた空気が、僅かに緩む。
『少しは、落ち着いたかよ』
スピーカーから流れる男の声。ギターを掻きならした男のそばのスピーカーが音の出どころだった。
明らかに、オモイカネの声ではない。
『悪い、喉がすこし悪くてな。機械の音で』
どういう理屈か知らないが、髪を立てた眼鏡の男の声がスピーカーから流れているらしい。
突然歌い出すなんて、いったい何のつもりなのか、意図がまったくうかがい知れないことをやらかした男。
今では憮然とした顔で落ち着き払っている。
『殺したからって殺し返すなんてくだらねぇ……それに本当に死んでるかまだわからねぇだろ』
テニアは、知らない。
この目の前にいる男、熱気バサラのその言葉は……かつてアスラン・ザラにも送られた言葉であることを。
「シャギアさんも、落ち着いて。ねえ、テニア。何があったか、教えてくれない?」
顔をあげる。そこには、自分の顔を覗き込む比瑪の顔があった。
自分が想像したような、軽蔑や疑惑のこもった目ではない。人を信じて疑わない温かい瞳が、じっとテニアを見つめている。
――ああ、そうか。
ギターの男も、比瑪も、テニアのことを疑ってない。いや疑っているかもしれないが、悪意を向けはしない。
「シャギアさんが言っているも本当なのかもしれない。けど、なにかテニアにだって事情があったのかもしれない。
一方的に言いきって終わりにしようなんて、絶対に駄目でしょ!」
比瑪は、今にも熱線が放たれそうな銃口を見つめ、凛とした声で話しかけている。
朝日を一緒に眺めた時と同じ、小さな背中が視界に広がる。でもその背中が今ではとても広く見えた。
どうもおかしなことになっている。あの時と同じようにそう思った。
宇都宮比瑪というこの少女の独特な雰囲気に、ペースが狂わされている。
こんなときでも自分をかばってくれる比瑪。そんな比瑪を見て……テニアは決断する。
思い切り、比瑪の首に腕を巻きつける。少し背伸びする形になったが、自分のほうが力は上だ。
もしナデシコの誰かを殺したとして、それを知ったら比瑪は泣いて悲しむのだろうか。
それはちょっと嫌と思った。あの顔には笑っていて欲しい、そんな感情は嘘じゃない。
お人好しなんだ。誰も彼もがお人好し過ぎるんだ。
だから――比瑪を殺そう。
仲間の死を知って、自分の裏切りに気づいて、比瑪の顔が悲しむことはないように。
彼女は幸せなまま逝く事が出来るように。 今じゃその思いも無理かもしれないけど。
それでもできることをしよう。
最初に殺す。それがテニアの出来る彼女に対する精一杯の恩返し。
「おのれ……! 比瑪君を放せ!」
シャギアのあせる声。しかし、私は無視して、比瑪を引きずるようにベルゲルミルへにじり寄る。
比瑪が何かを言っていた。――ひとつも悪いことは言っていなかった。ただ、理由を問うていた。
泣きたくなる。けど、まだそれはできない。
あと、ベルゲルミルまであとちょっと。
男たちはこちらの行動に動きかねているのか固まったままだ。
あと、少し、あと少しで届く。昇降用の足場つきのワイアーまで。
あと3m。
「くっ……!」
ガロードという少年の歯軋り。
あと2m。
『………』
無言を貫くギターの眼鏡の男。
あと1m。
「ペガアアアアアアアアアアアッスッ!」
シャギアの、叫び。――叫び?
「ラー……サー」
きしむ歯車の音。鳴り響く機械音。油圧の変化で起こる独特の音。
それらが、真横から聞こえる。テニアが振り向くのと、彼女が弾き飛ばされるのは同時だった。
「ペガスは、自己の主を自動的に守るようにプログラムされている。呼びかけなければ行動できないが、
呼びかけさえすれば……最後に乗っていた今の主である比瑪君を守るため動き出すのは当然ということだ」
比瑪の横で、腕を張り、力強く大地を踏みしめる小型ロボット。
まさか、最後の最後でこんな切り札をシャギアが持っていたなんて。
二重三重、いや四重五重にシャギアのほうが策士として格上であることを思い知る。
「お前はこのナデシコに帰ってきたときから……いやオルバを殺したときから詰んでいたのだ!」
ガンファミリアがこちらに銃口を向けるべく動き始める。
この程度であきらめるか。それでもテニアはあきらめずにベルゲルミルへ走る。
「駄目ッ!」
比瑪の叫び。比瑪がこちらへ走ってくる。
だが、明らかに遅い。ベルゲルミルにつくのも、比瑪を盾にするのも、間に合いそうにない。
はるかに銃口が火を噴くほうが早い。
「こんなんで死ぬもんかっ! 私は! 統夜と幸せになるんだぁぁああああああっっっ!!」
その言葉を最期に、次の瞬間一人の人間が、灰になる。
そう、
比瑪が。
【宇都宮比瑪 死亡】
一瞬の出来事だった。テニアの咆哮の直後、ナデシコにいない人間の声が届いた。
「テニアぁぁああああああ!!!」というテニアの名を呼ぶ、彼女の声に負けないほどの咆哮が。
同時に、ナデシコが揺れる。外部の一撃で、格納庫が傾いた。テニアも、ガロードも、比瑪も、宙に体が浮き上がる。
テニアは、ベルゲルミルの前へ。そして、テニアへ走っていた比瑪は……銃口の前へ。
ペガスにも止める暇はなかった。放たれた光は、比瑪を撃った。
ただ、それだけのことで少女の命は失われた。
「あ……」
魂すら虚脱したかのようなシャギアの声を無視し、テニアはベルゲルミルへと乗り込んだ。
かつてないほどの心臓の高鳴りが、彼女を突き動かす。彼女は知っている。自分の名を呼ぶ声が誰のものか。
統夜だ。
他でもない、誰でもない。統夜だ。
統夜は、まさしく騎士(ナイト)のように自分の声に応えたのだ。
ベルゲルミルの腕が、ナデシコのシャッターを突き破る。
外には、統夜によく似合う青い騎士の姿の機体がビルの上に立っていた。
◇
「ナデシコか……」
「ほー、やっぱり寄り道はするもんじゃないな」
統夜が、遠くに映る戦艦を眺め、どこか暗い声で言った。
それに対して空の彼方を見上げ、ガウルンは楽しげな声で肩をならしている。
結局、基地へ向かうことをやめ、一度会談会場をより楽しむため他の連中が来る前に地形などを下見するつもりだったガウルン。
その言葉に統夜は頷き、二人はまず南下して光の壁を抜けて廃虚へ向かったのだ。
そして、ナデシコを発見するに至る。
「とりあえず、どうする? 花火は全て集まるまで待つか? 前夜祭と行くか?
そっちもやられっぱなしはシャクだろう?」
ガウルンの弾むような声が、よけいに陰鬱な気分にさせてくれる。
彼としては、どちらでもよかった。あのナデシコには、テニアがいない。
最後の一人になるのに、自分が全員殺す必要などない。
ガウルンと手を組む、というか組まされているのもそこが大きい。
だから、どこで誰がどんなかたちで死のうと興味がなかった。――ただ一人を除いては。
そう、テニアだけはこの手で殺す。それさえできれば何でもいい。
他のことには無関心な統夜は、虚ろに空を見ていた。
そんな統夜の様子を見て、ガウルンは目を細めた。
「いい目をするようになったじゃねぇか。そんなお前へのご褒美かもなぁ」
ガウルンが、顎でしゃくる。
興味のない視線を統夜はそっちに向けた。
そこには、20mより少々小さい機動兵器。ナデシコへそれは向かっていた。
「……それで?」
「おいおい、いいのかい? あのまま見逃して」
含みのある言葉に統夜が眉を広める。
ガウルンの目が、妖しく光ったように統夜には見えた。
「あれに乗ってるのは、お前の目当てのテニアちゃんなわけだが……なあ?」
テニアが!? テニアがあれに乗ってる!?
目を剥く統夜。ガウルンは堪えきれなくなったかのか噴出したあと、笑い出した。
酷くその笑い声が統夜は不快だった。
「頼む! 行かせてくれ……俺にやらせてくれッ!」
逸る統夜へ、ガウルンは相変わらずの笑みで、値踏みする視線を送る。
しばらく顎をなで何か考えていたが、ガウルンは笑みをいっそう深めると、指を立てた。
いたずら好きな子供が虫の足をもぐときの、嗜虐的な顔で、ガウルンは言う。
「オーケー統夜、お前の言うことを飲む。お前は好きにナデシコに仕掛ければいい。
俺はお前が仕掛けるまで何もしない。それまでは……せいぜい姿を隠しておく」
「本当なんだな!?」
「がっつくな、がっつくな。ただし、条件を一つだけつけさせてもらうぜ」
ガウルンは歌うように告げる。
「最初の一発まで、だ。それが終わったら俺も好きにやらしてもらう。
仕留めそこなった獲物を俺に取られないよう、せいぜい頑張りな」
そういうと、マスターガンダムは軽やかな足取りでビルの合間に消えていく。
ガウルンがいなくなったことを統夜は見届けると、ヴァイサーガのエネルギーを上げていく。
待機モードから、戦闘モードへ。
ヴァイサーガの脳波観測機能により、統夜の意識をフィードバックしリミットが外された。
統夜が狙うは、これまでも何度もやってきた戦法による瞬殺。
すなわち、リミッターブレイクによる光刃閃の一撃必殺。
ガウルンは、一発目までは仕掛けないといった。
だが、それで十分だ。たった、一発であの天使に似たロボットを叩き切ったこの一撃なら。
あの戦艦の格納庫を真っ二つに出来る。二撃など、最初から必要ない。
ガウルンに少し待たされたため、余計に貯まった殺意が捌け口を求めて自分の中で暴れるのが分かる。
今までのように迷いながら、悩みながらではない。絶対に絶命させるという覇気を湛え、光刃閃が放たれようとしている。
向こうは、こちらに気付いていない。
なにか取り込んでいるのか、見張りをしてないのか、役に立ちもしないレーダーに頼っているか。
どっちのみち好都合だ。このまま、このまま一気に行く。
光刃閃の最大有効射程まで、身を隠し近付く。――相手は気付かない。
さらに、近付く。――相手は気付かない。
さらに、近付く。――オープンチャンネルで通信しているのか、声が聞こえる。
ミノフスキー粒子のせいでひどい雑音が混じっていた。
さらに、近付く。――徐々にクリアになる音質。意味が聞き取れるようになる。
だが、同時に光刃閃の最大有効射程へナデシコが入った。
必倒の秘剣が、鞘から抜き放たれた。
ヴァイサーガの身体が、矢へと変わる。その超加速の最中、声が耳へ届く。
「こんなんで死ぬもんかっ! 私は! 統夜と幸せになるんだぁぁああああああっっっ!!」
――え?
極度の集中で、引き伸ばされた時間の中、統夜はその声を聞いた。
どういうことだ? テニアは自分を殺そうとしているのではなかったのか?
利用しようとしているだけではなかったのか? なのに、何故危機に自分の名を呼ぶのか?
自分がここにいるのを知っている? そんなはずがない。 なのにどうして?
ガウルンは、そう言って――ガウルン? あいつの言葉は信用できるのか?
もしかして、全部ガウルンの嘘だったのか? 何がどうなっているんだ?
もしかして――ガウルンがこうして機会を譲ったのは?
不意をつく声。
統夜は、一瞬自分が殺し合いに生き残り、最後の一人になろうとしていたことを忘れていた。
それを覚えていれば、彼は結局どっちであろうとも関係ないと切り捨てることが出来たろう。
しかし、その判断を咄嗟にできるほど、彼は老成してないかった。
若者特有の激情、テニアへの憎悪、その根本が揺らぎ、気迫が抜けた僅かな間。
しかし、その間も事態は進行する。
剣は、モーションに会わせてナデシコを切り裂かんと進む。
「テニアぁぁああああああ!!!」
自分でも気がつかないうちに、彼はそう叫んでいた。
最後の、ギリギリの地点で、停止の脳波が送られ、剣の軌跡が、格納庫からそれる。
その一撃は、ナデシコの表面を大きく切り裂きはしたが、けして致命傷にはならなかった。
ヴァイサーガは、そのままどこかのビルの上へ着地する。
振り返った先には……テニアの乗るマシンがこちらへ向かってきていた。
【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:呆然、虚脱。
機体状態:EN55%、各部に損傷
現在位置:F-1市街地(ヴァイクラン内部)
第一行動方針:???
第二行動方針:首輪の解析を試みる
第三行動方針:比瑪と甲児・ガロードを利用し、使える人材を集める
第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
最終行動方針:???
備考1:首輪を所持】
【ガロード・ラン 搭乗機体:なし
パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。
機体状況:なし
現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)
第一行動方針:???
第二行動方針:勇、及びその手がかりの捜索
最終行動方針:ティファの元に生還】
【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)
パイロット状況:神経圧迫により発声に多大の影響あり。
ナデシコの機能でナデシコ内でのみ会話可能。
機体状況:MS形態
落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障
現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)
第一行動方針:???
最終行動方針:自分の歌で殺し合いをやめさせる
備考:自分の声が出なくなったことに気付きました】
【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ〜世界最後の日)
パイロット状態:気絶中
機体状態: ダメージ蓄積(小)、胸に裂傷(小)、ジャガー号のコックピット破損(中)※共に再生中
現在位置:F-1市街地(ナデシコ医務室)
第一行動方針:勇の捜索と撃破
第二行動方針:勇がここ(会場内)にいないのならガロードと協力して脱出を目指す
最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】
【ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている。現在起動中
現在位置:F-1(ナデシコ格納庫内)】
【旧ザク(機動戦士ガンダム)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:良好
現在位置:F-1(ナデシコ甲板) 】
【マジンガーZ(マジンガーZ)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:装甲にダメージ蓄積・ドリルミサイル10数ほど消費・ルストハリケーン一発分EN消費
備考:飛ばした腕も回収して、今はあります】
【ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:下部に大きく裂傷が出来ていますが、機能に問題はありません。EN100%、ミサイル90%消耗
現在位置:F-1市街地
備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガス、マジンガーZを収容
備考2:ナデシコ甲板に旧ザク、真ゲッター、ヴァイクラン(起動中)を係留中】
【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状況:疲労中、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染
機体状況:全身に弾痕多数、頭部破損、左腕消失、マント消失
DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備
右拳部損傷中、全身の装甲にダメージ EN90%
現在位置:F-1 市街地(隠れて今のやり取りを見ているかもしれません)
第一行動方針:統夜の今からに興味深々。テンションあがってきた。
第二行動方針:アキト、ブンドルを殺す
第三行動方針:皆殺し
最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
【紫雲統夜 登場機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
パイロット状態:疲労中、マーダー化
機体状態:左腕使用不可、シールド破棄、頭部角の一部破損、全身に損傷多数
EN80%
現在位置:F-1市街地
第一行動方針:どうする!? どうする俺!?
最終行動方針:優勝と生還】
【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:激しく高揚、助かったことへの安堵
機体状況:左腕喪失、左脇腹に浅い抉れ(修復中) 、シックス・スレイヴ損失(修復中、2,3個は直ってるかも)
EN60%、EN回復中、マニピュレーターに血が微かについている
現在位置:F-1 市街地
第一行動方針:統夜との接触、利用の後殺害
第二行動方針:参加者の殺害(自分に害をなす危険人物、及び技術者を優先)
最終行動方針:優勝
備考1:現在統夜が自分を助けたと思っています。
備考2:首輪を所持しています】
【残り19人】
【二日目12:20】
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