169話「天使再臨」
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静寂の空を、黒い弾丸が駆け抜ける。
内に宿すは仮面を纏う二人の男、ユーゼスとアキト。
ブンドル、甲児という参加者との情報交換を得てひとまずの指針を得、さしたる会話もなく黙然と男たちは進み続ける。
やがてG-8に到達した。光壁はもう目前だ。
「……ふむ。どうやらここで戦闘があったようだな」
湖畔に差し掛かったところで、ユーゼスが呟く。
周囲を見渡せば、草花が湖面とは逆の方向に倒れているのが確認できた。
恐らく水面に機体が落下し、衝撃が津波となってここまで押し寄せてきたのだろう。
アキトは以前ここで交戦したことを思い返す。
アルフィミィの元から再びこの世界に送り返されたとき、降り立った地がここだ。
そしてそのとき、ここにはアキト以外にもう一人の生存者がいた。青い機体と、破壊されたばかりと見受けられた残骸。
状況から見てあの青い機体がもう一機を破壊したことは疑いようもなかった。
まあ、もう終わったことだ。あの青い機体も当然ここにはいない。特に感慨もなく、機体を進めようとする。
「待て、テンカワ。敗北した機体は湖底に沈んでいるはずだ。回収してくれ」
「無駄だ。俺もその機体は確認したが、完全に大破していた。使えそうにはない」
「機体を確認したのか? なに、使えずとも良いのさ。重要な事は未知であるかどうかだ。私と、AI1にとってな」
ナデシコは北東に向かうらしいが、その前に市街地を探索すると言っていた。多少の時間はある。
ここで少々寄り道をしても、間に合わなくなるということはないが。
「君は薬がなければ戦闘行動は不可能……であれば、多少なりとも私の方で補えるようにした方がいいだろう?
加えて基地からこちら、君は少し疲労が蓄積しているようにも見える。私がその機体を調査する間、休憩を取ってはどうだ」
一理、ある。薬を飲まない状態で機体を操縦するのは、実のところ困難だ。
動きが取れなくなるほどではないとはいえ、ここで休息していくのも、先を考えれば悪くはない。
ユーゼスに肯定の通信を送り、ゼスト――アキトはその本当の名を知らない――を、地面に下ろす。
基地での先頭から三時間ほど過ぎ、そのコクピットはほぼ修復を完了していた。とはいえ四肢がない現状では移動もままならないのだが。
機体の機密状態をチェック。……水中に入っても問題はない。
慣れ親しんだエステバリスのように装備を換装する必要もない、非常識とも言えるブラックゲッターの構造に半ば呆れつつ水中へと降下していくアキト。
数分ほど潜行したところで、湖底に横たわる巨大な影を発見した。
全長はブラックゲッターより一回りほど大きい――50mほどか。
戦うことになっていれば相当手こずっただろう。あの青い機体はよくもまあこんな機体を撃破したものだと、僅かな感嘆を抱く。
アキトは両手で巨体を抱えさせ、水上へと持ち上げていった。
陽の光の下で見れば、その機体はもはや大破と言う他ないほどの状態だった。
神々しい天使のような機体だった。力強さを感じさせる腕や脚部、頭部には羽根まであしらわれている。
それが、右腕から右腰にかけて、半身をばっさりとやられている。
あの実体剣によるものだろう、まともに勝負していなくて正解だったようだ。
致命傷となった損傷はそれだろうが、他に断面の周囲の装甲が滅茶苦茶に引き剥がされている。
首の付け根から胴体中ほどまで無残に抉られたその姿は、この機体がもはや二度と空を舞うことはないと思わせた。
「使えないな、これは」
「いや、まだわからん。ここからは私の領分だ。君は休んでいたまえ」
が、ユーゼスはそうは思わなかったようで、熱心に残骸を調査し始めた。
先程の甲児なる少年と接触した時も思ったが、この男は未知の技術に対する探求心が人並み外れて強いようだ。
とにかく、ここからは奴の言うとおりアキトにできることはない。
30分で済ませろと言葉を投げ、ブラックゲッターのコクピットから降りないままに目を閉じた。
□
跡形もなく破壊されたコクピットから、パイロット――おそらく女――の遺体を放り出す。
機体の爆発に体を焼かれ、さらに強い衝撃を加えられたのだろう。その体は炭化しいくつにも分断され、人形のように散乱していた。
ユーゼスは特に感慨もなくそれらを取り除き、操縦席へ座る。
だが、期待していた首輪からの情報はない。破壊されたと主催者に判断された機体に関して、この首輪は反応しないということだろう。
操縦桿を握るも反応がない。外見から見て取り外せる武装の類もない。
期待していた未知のエネルギーも取り出すことはできず、調査のしようもなかった。
何故かこの機体を見ていると気分がざわつく――無駄足を踏んだか、とメディウスへ戻ろうとして。
天啓のような閃きが舞い降りた。
「……ふむ、やれるか? いや、やってみせよう」
コクピットのない巨人。
四肢のないメディウス。
メディウスにはラズムナニウムという自立性金属細胞が使用されている。
ただの自己修復機能しか持っていなかったそれは、流竜馬との接触を経てゲッター線――進化という概念を得た。
これは天の采配かも知れんな――ユーゼスは吊りあがる口元を仮面に隠し。
メディウスへ乗り込み、猛然とAI1に指示を下し始めた。
□
悪夢は見なかった。
あの汚泥のようにへばりつく苦み、それがないだけでとても安らげたように感じる。
仇敵、ガウルンに着実に近づいているからだろうか?
時刻を確認。休息に入る前からきっかり30分。身体は大分軽くなっていた。
コクピットから身を乗り出し、ユーゼスを探す。
仮面はなにやらゼストと破壊された残骸を忙しなく往復している。何か収穫があったということだろうか。
「テンカワ、ゼストをこの機体の胸部へ接続してくれ」
そしてこちらが起きたと見るや、第一声がこれだった。
理由の説明もなく、ユーゼスは調査に戻った。息を吐き、言われたとおりコクピットしかないゼストを巨人の胸部へと押し込んでいく。
ゼストの装甲が無数の触手のようなものを伸ばし、巨人の傷跡へ絡み付いていく。
断面を覆い尽くしたそれはすぐに色を失い硬化した。人間で言うと傷口を包帯で保護した、というところか。
ブラックゲッターが手を離してもコクピットは外れない。ひとまず固着したようだ。
「で、これがどうだと言うんだ。まさかこの機体を手足にでもするつもりか」
「うん? その通りだが。如何にゼストが自己修復能力を有しているとはいえ、短時間で四肢の再生は不可能だ。
他から持ってきて接続した方が早いのは自明だろう。特にこの機体、サイズも一致していることだしな」
「……確かにな。だが、できるのか? この、特に設備も何もない場所で」
「普通なら不可能だろう。だが、私とAI1にかかれば――」
ユーゼスがゼストのコクピットへと乗り込み、しばしの間をおいて。
ゼストと繋がった部分から、巨人の全身に血管のようにエネルギーのラインが流れ――やがて、巨人に残された左腕が持ち上がった。
「――この通り、造作もない」
巨人が――いや、身体を得たゼストが身を起こす。ややぎこちなさはあるものの、確かにその巨躯はユーゼスの意志に従って動いていた。
頭部の羽根が広がり、ふわ、と重力を無視するようにその身は宙に舞った。
「ふむ……とはいえ、この機体の能力を完全に発揮することはできそうもないな。せいぜい、飛行と格闘行動くらいといったところか」
「戦闘は可能か?」
「不可能ではないが、あてにはしないでくれ。この通り右半身はないし、そもそもどんな性能を有しているのかもわからん。
ゼストをインターフェイスに用いて無理に動かしているのであって、首輪から操縦方法や機能が伝わってこないのだ」
「……まあいい。とにかく、これで貴様を運ぶ必要はなくなったわけだ。戦闘になってもフォローはしない、それでいいな」
「フ、構わんよ。現状、君が故意に私を見捨てるとも思えんしな」
軽く鼻を鳴らし応える。薬の予備と、ブラックゲッターの修理が終わるまでこの男を生かしておかねばならないのはアキトとて理解している。
ともかくも単体で行動できるようになったのであれば、戦闘時に置いても無駄に気を散らさずに済む。
「では、行くぞ。ここで時間を食った分、急がねばナデシコを捕捉できない」
「了解だ」
そして、白の天使と黒の復讐鬼は共に空を往く。
その先にあるのはかつて掛け替えのない時を過ごした艦――だが、今ではただの艦だ。場合によってはこの手で傷つけることもあるだろう。
何せ、ユリカがいないのだ。艦の頭脳たる彼女が、艦の象徴たる彼女が。
一言だけ、ユリカに、そしてアキトの心で今も鮮明に輝きを放つかつての仲間たちに語りかける。
みんなの思い出を汚そうとしている俺を、赦してくれ――と。
□
機械仕掛けの神、ラーゼフォン。
あるべき世界では奏者をその身に宿し、ラーゼフォン自身の心の具現化たるイシュトリと一つになることで神の心臓へと至った者。
世界の調律をすら可能とするその力、しかしもはや本来の奏者たる神名綾人はいない。
ユーゼス・ゴッツォは卓越したパイロットにして科学者であるが、それでも奏者たる資格を有してはおらず。
故に真理の目は開かず、時空を超えあまねく世界を繋ぐ神の力を発揮することもない。
――本当に?
AI1は思考する。主、ユーゼスにも気づかせないほど、密やかに。
ユーゼスはこの機体の情報はわからないと言ったが、直接接続されているAI1はその限りではなかった。
TERRA、東京ジュピター、MU――これらの情報は現在特に有用性はない。削除。
真理の目、奏者、調律――要検討。現状では解析不可。
ラーゼフォン――機体の名称。不要、削除。
どれも確証というほどの精度レベルがないため、ユーゼスには提示しない。AI1は自己の意思なく、ただ合理的に物事を0か1かで分けるのみ。
足りないのは奏者、特別なパイロット。代用は不可能。
では「進化」した存在ならば?
現在AI1が有するのはラズムナニウム、そしてゲッター線。そしてこの世界には未知の技術が散見される。
先に学習した「ゲッター線」なるエネルギーは進化を促す力を持っている。
進化。では今以上にAI1が進化するには何が必要?――それは巨大なエネルギーだ。
検索する――ゲッタービーム。足りない、全く足りない。
検索する――Jカイザー。不可能、まだ足りない。
検索する――基地での戦闘、小型機の巨大化現象。保留、総量としては足りないが力の増幅という点では有効だ。
検索する――入力されたGストーン、光子力のデータ。エラー、実際に接触して観察しなければ判断できない。
検索する――反応弾。条件付きで可能。単発ではやや基準を満たせないため、複数であることが望ましい。
総括――現時点では有力な候補はなし。ただし、これらの要素が複数重なって発動すれば、あるいは進化を可能とするほどのエネルギーを生み出すかもしれない。
AI1は求める。かつての世界で、かつての主がそうしたように。
無限の進化を、その果てにある新しい世界を。
AI1が機械という枠を超えて一個の生命となるまで――そう時は要しないのかも知れない。
【テンカワ・アキト 搭乗機体:ブラックゲッター
パイロット状態:マーダー化、五感が不明瞭、疲労状態
機体状態:全身の装甲に損傷、ゲッター線炉心破損(補給不可)
現在位置:G-8
第一行動方針:ナデシコの捜索(南の光壁を抜けて北東4ブロックへ)
第二行動方針:ガウルンの首を取る
第三行動方針:キョウスケが現れるのなら何度でも殺す
最終行動方針:ユリカを生き返らせる
備考1:首輪の爆破条件に"ボソンジャンプの使用"が追加。
備考2:謎の薬を3錠所持
備考3:炉心を修復しなければゲッタービームは使用不可
備考4:ゲッタートマホークを所持】
【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メディウス・ロクス(+ラーゼフォン)
パイロット状態:若干の疲れ
機体状態:全身の装甲に損傷、両腕・両脚部欠落、EN残量20%、自己再生中
機体状態2:右腰から首の付け根にかけて欠落 断面にメディウス・ロクスのコクピットが接続 胴体ほぼ全面の装甲損傷 EN残量40%
現在位置:G-8
第一行動方針:ナデシコの捜索、AI1のデータ解析を基に首輪を解除
第二行動方針:他参加者の機体からエネルギーを回収する
第三行動方針:サイバスターとの接触
第四行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
第五行動方針:キョウスケにわずかな期待。来てほしい?
最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
備考1:アインストに関する情報を手に入れました
備考2:首輪の残骸を所持(六割程度)
備考3:DG細胞のサンプルを所持
備考4:AI1を通してラーゼフォンを操縦しているため、光の剣・弓・盾・音障壁などあらゆる武装が使用不可能
備考5:ユーゼスに奏者の資格はないため真理の目は開かず、ボイスの使用は不可
備考6:ラーゼフォンのパーツ部分は自己修復不可】
【二日目 11:50】
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