150話「選択のない選択肢 SIDE:B」
◆7vhi1CrLM6



「そこでだ、坊主。俺と手を組まないか?」

四エリアに跨る南の巨大な市街地。その一角であるC-8の地下で響き渡ったその声に、少年は答えなかった。
その顔を覗き込んでガウルンは楽しげに笑う。
まったく間の抜けた顔をしたものだ。正直なところ傑作と言っていい顔だ。
度肝を抜かれたときの人間の顔ならもう何度も見てきたが、こんなけったいな反応を示す奴らは決まっていた。
ぬるま湯につかってすっかり平和ボケに体が馴染んじまった奴らの反応だ。
全てを自分らの常識で測れると信じきっている。だから常識外のモノと出会ったとき、思考が鈍るのだ。
それは戦場では致命的だ。迷った者から死んでいく。
この坊主もその例外ではなかった。
それでもややマシな部類なのだろう。何を考えたのか何とも間抜けな質問を投げかけてきた。

「なぜ、そんなことを……」
「だから言っただろ? さすがに歳なもんで、一人じゃ辛いのさ」

呆れて言い放ちながらガウルンは、観察の目を少年に走らせる。
ようやく動き出したその頭で考えていることが何なのか。それは想像に難しくはない。
この提案を受けることのメリットとデメリット。あるいは信用の置ける相手か否か。
猜疑に満ちた目を見る限り、まぁ、精々そんなところだろう。
ずれている。全く持って焦れったかった。僅かに苛立ちが肌を焦がす。

「チッ! 決められねぇか……そうだな。手を組むかわりにお前は好きなように俺の命を狙っていい。
 寝ているとき、食っているとき、いつでもだ。戦っているときに後ろからなんてのもいい。
 逆に俺はお前を殺さない。ただし、残りが一桁になるまでだな。そのときは死に物狂いで頑張りな――どうだ?」

ここまで譲歩してやった。この少年が置かれている待遇を考えればそれは破格と言えるだろう。
にも関わらず少年の顔は蒼ざめ、てんで見当違いの質問を投げかける。

「あんたがその約束事を守るという保障は?」
「さぁな。お前が信じるか信じないかだが、坊主お前は馬鹿か?」

呆れたような苦笑い、あるいは冷笑だった。

「こんなものに保証なんかあるわけがねえ。あったところでそれにどれだけ意味がある?
 坊主、こういう話にはな。表面だけ『はいはい』答えといて腹の底で疑ってりゃいいんだよ」

ガウルンに言わせて見れば保証を求める感覚自体がずれているのである。
少年が欲したのは目に見える信用。
誓約書・契約書――そういった類のものだろうが、それらは一応の効力は持つものの最終的にはただの紙切れだ。
大した価値はない。むしろそれに縛られるほうがどうかしていると言える。
大体相手の反応を楽しむのでもなければ、こんな選択で迷う必要はないのである。
体を拘束されているのだ。信用しようがしまいがYES以外の答えがあるはずもない。
ぬるま湯につかっている者特有の迷いだ。
心底呆れ果て、もういっそこんな面倒なことはやめて殺してしまおうか、とさえ思い始めたころに少年は答えを返してきた。
何度か喉もとまで出掛かった答えを飲み下し、しかし暫くして不承不承ながらも少年は承諾の言葉を返した。

「……わかった。あんたと手を組む」
「ふぅ……このまま断られるかと思った」

にやりと笑い立ち上がる。少年の体が警戒に身を固くするのが見て取れた。
反応としては悪くはない。そのまま詰め寄り拘束している縄に手をかける。

「ガウルンだ。宜しく、ミスター……」
「紫雲統夜だ」
「宜しく、統夜。ま、精々仲良くやろうや」

縄を解いた。自由になった体に少年は安堵の表情を浮かべている。
立ち上がり、縄の跡が薄っすらと残る体を伸ばして動かし固まった筋肉をほぐし始めた少年の様子を見やる。

「暫くはここで休むから疲れを取っておけ」

目を細めると、何を気にするでもなく無警戒に、これ見よがしにガウルンは背を向けた。
その瞬間、少年が動き、背後から跳びかかる。
両手には先ほどまで少年を拘束していた縄。
それを視界の隅で捉えると潜り抜けるようにかわし、足を払う。同時に背中を押した。
少年の体がうつ伏せに地面に叩きつけられ、声が漏れる。
その間に右腕を取り、そのまま地面に押さえつけた。にやりと笑って意地悪く言葉を投げかける。

「やれやれ油断したかな、トォ〜ヤァ〜?」
「貴様ッ!!」
「確かに殺さないと言ったがなぁ。
 あんまりお粗末な方法で襲い掛かられても困るんだよ、トォオオヤァァアアアッッッ!!!!」

うつ伏せに体を固定し、背中越しに肩と腕を掴む。
殺さないとは言ったが、緊迫感の一つもなく襲い掛かられても困るのだ。それでは上達は見込めない。
極限状態の中でこそ少ない時間での上達を望むことが出来る。
時間をかける手段で育てるのはここでは不可能だった。だから、ギリギリまで、今以上に追い詰める。
その為には戦力を削がずに苦痛だけを与える手段が必要不可欠。さし当っては落すか外すかと言ったところか。

「こりゃお粗末過ぎてお仕置きが必要だな」
「や、やめろッ!!」
「んん?」

器用に眉を吊り上げてみせたガウルンの顔が笑い、そして――

ゴキャッ!!!

肩の外れる音が鳴った。一拍遅れて声にならない悲鳴が上がり、閉じられた地下空間に響き渡る。

「やれやれ……たかが肩が外れただけで大袈裟だねぇ。心配しなくても反省したらちゃんと戻してやるよ。
 次はもっとマシな手段で来てもらいたいものだねぇ、お互いの為にもな」

わざと苦痛を与えるように外したとしてもたかが肩が外れただけでこの騒ぎよう。
全く持って痛みに慣れていない人種と言うのは情けない。
肩を抱え込むように身を丸くして歯を食いしばり、痛みを堪える。そのまま動くことも出来ずにいる。
これで殺す気概を失うようなら、興醒めも興醒め。
今すぐ殺してやるところだが、呪わしげに睨み付けてきた瞳。その憎悪と怒りの入り混じった視線と呻くように漏れた言葉は悪くはない。

「……殺す。殺してやる。絶対に殺してやる」

黒い瞳が半眼に細められ、唇が寒気のする笑みを浮かべて、物騒な言葉を紡ぎ出す。

「クク……その意気だ。言い忘れたが、お前が俺を殺すのを諦めたとき、俺はお前を殺すぜ」

返事は返ってこなかった。ただ、双眸を鋭く光らせて下から睨みつけていた。
それを見てガウルンは思う。楽しくなってきた、と。
現状のこの少年では今はまだ物足りない。
しかし、いつどのような手段で襲い掛かってくるのか、そのリスクは魅力的だ。少年に実戦を重ねることにもなる。
余りにも動きがないようならこっちからちょっかいを出してもいい。それをしないとは言っていないのだ。
そして、それを繰り返す内にいずれ果実は美味しく実る。そうなれば、後は美味しく頂くだけだ。
そのときを思い起こしてガウルンは、我知らず唇に舌を這わせていた。



【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:激しい疲労、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染
 機体状況:全身に弾痕多数、頭部・胸部装甲破損、左腕消失、マント消失
      DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備
      右拳部損傷大、全身の装甲に深刻なダメージ EN20%
 現在位置:C-8 地下通路
 第一行動方針:統夜に興味。育てばいずれは……?
 第二行動方針:アキト、テニア、ブンドルを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】

【二日目7:50】


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