174話B「心の天秤」
◆YYVYMNVZTk
◇
ヴァイクランとガンダムの距離は数十メートル。
この距離の意味合いは、二機にとっては大きく異なる。
ヴァイクランの全長は約50メートル。そしてマスターガンダムは17メートル。
ほぼ三倍の差を持つ二機は、リーチの差もまた、大きく違う。
ヴァイクランにとってはこの距離というものは完全に近距離――インファイトを強いられる距離だ。
ヴァイクランの武装には近距離専用のものは存在しない。
いや、確かにショートレンジでも使用できるものはあるが、本来は中距離をもっとも得意とする機体なのだ。
元々はゼ・バルマリィ帝国特殊部隊ゴラー・ゴレム隊の指揮官機として作られたものであるため、これは道理であるとも言えよう。
それに対し、マスターガンダムにとっては数十メートルという距離は近距離とは言い難い。
今更言うまでもなく、マスターガンダムは近距離での格闘戦を目的として作られている。
しかし、この距離でマスターガンダムがその真価を発揮するには、相手に近づくという行程を必要とする。
たとえ俊敏性に優れたMFであっても、全くの隙無しに埋められる距離ではない。
必然的に二機の戦いは死闘とは程遠い、牽制の仕合となった。
ガウルンがダークネスショットを放とうと、シャギアは意にも介さず念動フィールドでかき消し――ヴァイクランの操るガン・スレイヴはマスターガンダムに決定打を与えることが出来ない。
距離を取ろうとするシャギアと、近寄ろうとするガウルン。
両者の技量には大きな差はない。それ故に、戦いは早くも膠着の具合を見せていた。
こうなると、勝敗の行く末を決めるのは機体の能力差やパイロットの技量差ではない。
如何に相手を取り込み、自分を優位に出来るか――心理・精神面での駆け引きが重要となる。
「アー、アー。……聞こえてるかい?」
先に仕掛けたのはガウルン。
通信回線をオープンにし、シャギアへと揺さぶりをかける。
相手の狙いはシャギアとて分かっている。
これはまた、シャギアにとっても好機。相手の攻めを上手く受け流すことが出来れば、逆にシャギアが有利となる。
だが――敢えて乗らない。無視を貫く。
何故ならば、シャギアには勝機があるからだ。
後ろに控えるナデシコ、そしてガロードが回収したマジンガー。
一対一ならば、勝負はどちらに転ぶか分からないが、総戦力ならば確実にシャギアの方が上回っている。
このまま膠着状態に持ち込み、ガロードの発進を待てば、それでシャギアに軍配が上がる。
ここで勝負を仕掛ける必要はない――そう考えての判断だ。
「だんまりとはつれないねぇ。あんたとは色々と話したいことがあるんだがな」
沈黙のままにガン・スレイヴを操作。
シャギアの念を受け自由自在に飛び回るビットが、直進するものと大きく迂回するものと、二通りのパターンでガンダムへと向かう。
二つの軌道から同時に襲い来るビットを、しかしガウルンは正確に見極め回避していく。
ヴァイクランの武装の中ではもっとも使い勝手に優れ、初速もけっして悪くはないガン・スレイヴが通用しないのであれば、ヴァイクランではガンダムを墜とすことは出来ない。
口惜しいが、シャギアはそう判断する。
ヴァイクランには更に強力な武装も存在するが、それらは発動までのタイムラグが大きく、このような白兵戦では有効ではないのだ。
また、ディバリウムとの連携を前提としているこの機体では、単独戦それ自体が不向きなのである。
一対一での決闘を前提とし設計されたモビルファイターであるマスターガンダムとは、相性が悪いのは明白だ。
だがヴァイクランが勝るのは、その防御力。
戦場で最重要・最優先となる指揮官機であるために、その生存能力は他の機体に比べ著しく強化されている。
特機と称される巨躯に見合う重厚な装甲、そして念動フィールド。総合的な耐久性ならばガンダムとは比べ物にならない。
故に時間稼ぎを目論むシャギアにとって、この機体性能は望むべきもの。
「前にやった時と比べて動きが悪いな。――もう一機はどうしたんだ?」
ククク、と邪悪な笑みを浮かべガウルンが言葉を重ねようと、シャギアは無視する。決して反応を返さない。
たとえその言葉が心に軋みをもたらそうとも、相手にしてはならないと自分に言い聞かせる。
「そういえば、テニアはどうやら別行動してたみたいだったが――まさか一人で好き勝手にさせたというわけじゃないよな。
あれだけ大暴れして、それでもあの嬢ちゃんを疑わないなんてのは、よほどのお人好しだ。
ここで俺の狙いに気づいて無視する人間なら――気づくだろうねぇ」
気づけばマスターガンダムは攻撃の手を緩めている。
闇雲に攻撃しようと意味がないと判断したのか、それともこの口撃に専念するつもりか、シャギアには分からない。
ガロードの出撃が遅れていることに苛立つ。
この黒いガンダムとガロードの間に何らかの面識があったかどうかは分からないが、有無を言わさず戦闘を仕掛けてきた好戦的な様子を見れば、危険人物だと判断するのにそう時間はかからないだろう。
ならばすぐにでも発進し、シャギアと共にガンダムを討つのが合理的判断というものだ。
なのにガロードは動かない――それが苛立つ。あの男の言葉と同様に。
「なら、別行動をさせるにしても誰か一人は見張りをつけるはずだ。
確か……前に戦った時、そこの戦艦から出てきたのはあんた含めて二機だけだったな。
なら、もう一機のほうと嬢ちゃんで、別行動をしたんじゃないのか?
でも戻ってきたのは嬢ちゃんだけ。おまけに嬢ちゃんは、せっかく帰ってきたばかりだったってのにいきなりあんたらを襲った機体と一緒に何処かへ行っちまった。
つまりあんたらは嬢ちゃんと仲違いをしたってわけだ。原因は、何なんだろうなぁ?
実はあの嬢ちゃんは人殺しで、別行動している内にあんたのお仲間を一人殺した……そして何故かそれを知っていたあんたらは、嬢ちゃんを突き詰めた。
そこでタイミング良く現れた嬢ちゃんの王子様。……フフ、ベタすぎて、嘘くさい話だよ」
「何故……貴様がテニアのことを知っている……!」
「おおっと、ようやく口を聞いてくれたか。そりゃあ簡単さ。あの時俺が、嬢ちゃんがあんたらのところに潜り込む手伝いをさせてもらったからだよ。
あの後、嬢ちゃんの知り合いと組ませてもらった。面白いねぇ、あいつ等は。本当に良い素材だ」
つまり、ガンダムに乗るこの男もまた、オルバが死んだ原因の一つなのだと知る。
胸の動悸が速くなり、邪魔をされ削がれていた殺意が、むくむくとその鎌首をもたげ始める。
「貴様もか……! 貴様のせいで、オルバは!」
「ああ、そうさ。……にしても、怒るねぇ。そんなに大事な奴だったのかい?」
そうだ――自分の命と等価値と言っていいほどに、オルバは私にとって大きな存在だったのだ。
口には出さない。だがモニターに映る男に向ける殺意の眼差しの中に、それと同意の感情をこめる。
「おお怖い怖い。……フフ、それで仇討ちに嬢ちゃんを追うってわけか。
だけどよ……あんたは結局、どうするつもりなんだい?
嬢ちゃんを殺した後、またこの戦艦で仲良しこよしと――出来ないだろうな。顔を見れば分かるよ。
あんたは――最後の一人を狙って、そしてオルバって奴を生き返らせようとするんじゃないか?」
「……そこまで分かっているのなら、私の邪魔をするな!」
「邪魔? 違うね。俺はあんたの背中を押してやろうとしてるんだよ。
なんであんたは律義に俺の相手をしようとしてる? あんたが俺の相手をしようとするから、あんたにとっちゃ俺が邪魔者だ。
邪魔してほしくないのなら、俺のことなんか放っておいてさっさと嬢ちゃん達を追えばいいのさ。
あんたがそれをしないのは――あの戦艦をかばってるからだとしか考えられないね。
どうしてあんたがアレを守らなくちゃいけないんだ? そんなに義理立てするような人間じゃないだろう?
……俺には分からんね。あんたがそこまで迷う理由がな。そして――このくらいのことで迷ってるような人間に、嬢ちゃん達を殺されては困るんだよなぁ。
ようやく熟し始めたんだ……美味しいところだけつまみ食いするってのは、マナー違反だぜ」
さあ、どうする――? 男の顔は、はっきりとそう訊ねていた。
そして、それと同時にナデシコ内部――ガロードとバサラは二人、慌てていた。
「テニアたちや黒いガンダムとはまた別の機体が接近してる……!?
くそっ、どうなってるんだ!?」
『何で誰も彼もそんなに闘いたがるんだよ……!』
シャギアが飛び出すと同時、二人はテニア達の位置を把握すべくバサラに施されたIFSを用いてナデシコ周辺のレーダー図を格納庫内に表示することに成功した。
その時点でナデシコが捉えた機影は三。
テニア、騎士のような機体、そして黒いガンダム。
シャギアがガンダムと交戦を始めてから、テニアともう一機は移動を始めた。
このまま逃がすわけにはいかない――そう考え、ガロードはマジンガーに乗り込みシャギアの加勢に出撃しようとした。
だがその瞬間、不意にレーダーの有効範囲が伸びた。
これはガロードたちが知らぬことだが――この会場内では、通信とレーダーを阻害する粒子が散布されている。
宇宙世紀におけるミノフスキー粒子だと考えてもらって構わない。
それは会場全域に散布されてはいるものの、場所ごと、時間ごとにその濃度を変化させている。
とはいえその効果が完全に消えたり、逆に限界濃度に達するということはない。
どんなに濃度が薄くなろうともエリアを跨ぐような距離で通信することは不可能であるし、機体の運用に支障が出るほどに悪影響を及ぼすこともない。
この不規則な濃度変化――それはこの会場の不安定さにも起因する現象だ。
急拵えのこの場所は、他の参加者が気付き始めたように歪みが蓄積し、空間として破綻しようとしている。
会場に撒かれた粒子もまた、その影響を受けているのだ。
破れ、薄くなり、脆くなった結界には、その分他の箇所から維持しようとする力が流れてくる。
その力の流れに乗り――粒子もまた、移動するのだ。
無論それだけではなく、機体の移動、戦闘の余波など様々な要因が複雑に重なり合い、流動現象は起きている。
例えるなら、潮の満ち引きのように。そして今、一瞬だけ潮は引いた。
その一瞬――ナデシコのレーダーは、二つの機影を捕捉した。
そしてまた瞬時に潮は満ち――機影はレーダーの射程外に消えることとなる。
これを見てしまったからこそ、ガロードは動けなくなる。
もしここでガロードがシャギアの応援に出てしまえば、ナデシコに戦闘員がいなくなることになってしまう。
せめてお姉さんだけでも起きてくれてればと思うも、今から医務室へ向かったところでクインシィが目を覚ましてくれるかどうかさえ定かではない。
ナデシコを守るというシャギアとの約束故に、シャギアの助けになれないというのは、何とも皮肉な話だ。
だが今は、動くわけにはいかない――じりじりとした焦燥が、ガロードの中で燻ぶるばかりだ。
【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:憎悪 戸惑い
機体状態:EN45%、各部に損傷
現在位置:F-1市街地
第一行動方針:ガウルン、テニアの殺害
第二行動方針:首輪の解析を試みる
第三行動方針:比瑪と甲児・ガロードを利用し、使える人材を集める
第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
最終行動方針:???
備考1:首輪を所持】
【ガロード・ラン 搭乗機体:マジンガーZ(マジンガーZ)
パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。
機体状況:装甲にダメージ蓄積・ドリルミサイル10数ほど消費・ルストハリケーン一発分EN消費
現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)
第一行動方針:戦況を確認し、とにかく動く
第二行動方針:勇、及びその手がかりの捜索
最終行動方針:ティファの元に生還】
【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)
パイロット状況:神経圧迫により発声に多大の影響あり。
ナデシコの機能でナデシコ内でのみ会話可能。
機体状況:MS形態
落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障
現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)
第一行動方針:???
最終行動方針:自分の歌で殺し合いをやめさせる
備考:自分の声が出なくなったことに気付きました】
【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ〜世界最後の日)
パイロット状態:気絶中
機体状態: ダメージ蓄積(小)、胸に裂傷(小)、ジャガー号のコックピット破損(中)※共に再生中
現在位置:F-1市街地(ナデシコ医務室)
第一行動方針:勇の捜索と撃破
第二行動方針:勇がここ(会場内)にいないのならガロードと協力して脱出を目指す
最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】
【ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている。現在起動中
現在位置:F-1(ナデシコ格納庫内)】
【旧ザク(機動戦士ガンダム)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:良好
現在位置:F-1(ナデシコ甲板) 】
【ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:下部に大きく裂傷が出来ていますが、機能に問題はありません。EN100%、ミサイル90%消耗
現在位置:F-1市街地
備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガス、マジンガーZを収容
備考2:ナデシコ甲板に旧ザク、真ゲッターを係留中】
【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状況:疲労中、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染
機体状況:全身に弾痕多数、頭部破損、左腕消失、マント消失
DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備
右拳部損傷中、全身の装甲にダメージ EN80%
現在位置:F-1 市街地
第一行動方針:シャギアと交戦
第二行動方針:統夜&テニアの今からに興味深々。テンションあがってきた。
第三行動方針:アキト、ブンドルを殺す
最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
【二日目14:00】
NEXT「Stand by Me」
(ALL/分割版)
BACK「破滅の足音」
(ALL/分割版)
一覧へ