147話「leaving me blue」
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「その調子で大丈夫なのか?」
「……なんとか……ならないことも、ない」
紅い機動兵器のパイロットに、そうは答えたものの、実情はかなり厳しかった。
想像以上に、一歩が重い。衝撃が平時と比べて体に響き、芯を崩される錯覚を覚える。
オートパイロットも併用して、まっすぐ進めるのが限界だ。
もともと一瞬の突出力を除けば鈍重な機体であることを差し引いても、遅い。
先ほどから、向こうの男は必要最低限しか話しかけることはしない。……薬をこちらから奪ったはずなのに。
あの薬が、こちらの生命線と思って人質代わりに奪ったつもりなのか、盗ったこと自体忘れたのか。
荒い息をつきながら、また一つまた一つと歩みを重ねていた時だった。
―――定時放送が流れだしたのは。
「放送か……」
機体から流れだす少女の声に、拳を握り締める。
最初の会場の時と、このマシンを再生させた時。2度の邂逅でも、口調と裏腹にまるで親近感はわかせない声。
機体をくれた。ユリカを生き返らせてくれるとも言った。
だが、感謝はまるでできない。できるはずがない。
なぜなら……こんな殺し合いに放り込み、殺す原因を作ったのもまた同時にやつらなのだから。
――ミスマル・ユリカ
その言葉が放送で流れた瞬間、わかっていながら頭の奥がひどく痛んだ。
「利用と割り切れか……ずいぶんと前と違うな。
生き返らせると言う言葉といい、以前と違って……『ニンゲン』の気持ちを理解したつもりか?
確かにアインストなら生き返らせることは可能かもしれんがな。……そんな気は毛頭ないが」
放送に交じって聞こえてくる、キョウスケ・ナンブの言葉に、自然に息をのむ。
『アインストなら可能』。この言葉が意味するところはたった1つ。
この男は、やつら――その、アインストという名か? を前から知っている。
最後に、禁止エリアが発表され……
「ここ、だと!?」
急いで地図を確認する。今、3分の2程度北上しただけだ。
あと2時間あれば、おそらく基地エリアまでたどり着けるだろう。
……ただし、何の妨害もなければ、だ。
もし、何かにひっかかり、グズグズする羽目になれば、薬を消費するか……最悪首が飛ぶことになる。
「急いで北上するぞ。もしものことがあった時が危うい」
「……、……分かった」
僅かに何かを考えるような間を空けて、返事を向こうが返してきた。
こちらを一人にするのはまずいと思ったのか、今基地に戻るのは何か危険と思ったのか……
いや、そんなことを考えても意味はないだろう。今、利用しやすい状況にあり、こちらに合わせてくれる。
それだけが、何よりも大切な真実だ。
方向を基地に向け、また進みながら、アキトは話を切り出す。
必要なことをすべて引き出し、薬を手にするために。
「先ほど言っていたな。……『アインスト』と。それに、『アインストなら可能』とも。
……どういう意味だ?」
「アインストは……やつらの名前だ。そしてあの巨大なアインストは、やつらの女王蜂ノイ・レジセイア。
……かつて俺が戦った、な」
「『戦った』?」
「ああ、確かに、一度俺はやつらと戦い、撃破している。もっとも何故生き返ったのかは知らんが」
寡黙な男から飛び出す、信じられないような言葉。
知っているだけでは済まない。戦って……しかもあの化け物を撃破したというのだ。
「頼む、教えてくれ。なんでもいい……!」
気付かず零れる、すがるような声色。思わず言ったあとにすぐ気がついて嫌悪を自分に感じた。
この男は、知っているのだ。……ユリカが本当に生き返られるかどうかを。
一刻でも早くそれを知りたかった。
もともと、あまり明るくない男の顔が一層曇るのに、アキトは気付かなかった。
いや、気づく余裕がなかったと言うべきか。
「『アインストなら可能』というのは……そのままだ。やつらは、死人を蘇らせることができる」
「! ……本当なのか? 本当に生き返った人間はいるのか?」
「ああ。エクセレンは、胸を貫かれ即死の傷を負っていた。その体を修復し、やつらは蘇生させた」
「あ……」
エクセレン。その名前は……最初に首輪を爆破され死んだ女性ではないか。
確かに、あの場でこの男は、その言葉をつぶやいた。
――この男も、失ったのだ。おそらく、自分と同じものを。
男の握る拳から血が流れているのを見て、内心穏やかではないことを知る。
純粋な、アキトの問い。――「……生き返らせようとは思わないのか?」
純粋な、キョウスケの決意。――「エクセレンは、それを望まないだろう。やつらに屈さず、撃ち貫くことが……俺にできることだ」
なぜか、自分の傷を抉られた気がした。
話題を変えたのは、自分のためなのか、相手のためなのか。
「……そうか。悪いことを聞いたな。それより、薬を持っていないか?
あれがないと、まともにこいつを動かすこともできない。……返してくれ」
「禁止エリアから出てからでいいだろう」
「その禁止エリアから確実に出るために渡してほしい」
アキトは、今の小さなやり取りで、キョウスケが薬を持っているという言質を引き出す。
幸い、別のところにある3錠は残っていた以上、相手はそれに気付いていない。
自分が持っていたのは、もうあの2錠しかなかった。だから今よこせ。
……断られる理由はない、はずだ。
こちらに近づき、コクピットブロックの隙間から布にくるまれたものが、落ちてくる。
ふわふわと滞空するそれをアルトの腕で受け止め、苦労しながらも、コクピットの前へ。
くるまれたものを確認する……1つしかないことを。
「……もう1錠残っていないか?」
「今はそれでいいだろう。……そこまでお人よしじゃないんでな」
奥歯を噛み締めながらも渡された1錠を握り締める。
そう言えば、薬を奴が持っているということは副作用に苦しんでいた自分の姿を見ているということか。
だとすれば薬物中毒者と思われても仕方がないのだ。
もしも麻薬などに依存しており……飲むと暴れ出す『アップ』系の薬の中毒者かもと考えれば渡すはずもない。
それこそ、自分が真逆の立場なら1錠も渡さないだろう。
薬を奪っているなら暴れ出さずにいるのだから。
1錠だけ渡したのは、禁断症状か何かで暴れるのを避けるための妥協点と思えば理解できないこともない。
お互い言葉を交わさず、機動兵器の唸るようなエンジン音のみ。
無音ともいえない静寂の中、戻った1錠をビンに戻しアキトは熟考する。
薬は、5錠しかない。
つまり、30分の効果が5回で2時間30分。副作用の1時間も併せて、絶え間なく飲み続けたとする。
すると……『もつ』時間は合計でも6時間30分だ。最後の1時間の副作用は次につながらない以上そうなる。
対して、殺し合いのペースはかなりいい調子だ。このペースがやや軟化しても24時間程度で決着がつく。
24時間のうちの6時間……つまり4分の1をいかにして配分するか。
それこそが殺し合いを完遂し、勝ち残るために絶対に必要な要素だ。
――だが絶対に、この男をこれ以上生かしてはいけない。
軽く移動の合間に話した際、基地には何人か仲間がいると言っていた。
この男には仲間がいるという事実は、何よりも重い。
すでに一度、あの化け物じみた殺し合いの首謀者を撃破したことがある勇者。
そして、故にやつらに対する情報も豊富に持っている。
この男を放置し、仮初めの仲間を獲得する。
土壇場まで顔を伏せ、暗殺者として……北辰のように潜伏し続ける。
なるほど、魅力的なプラニングだろう。ただ、それはこの男がただの被害者なら、だ。
アキトは確信する。
この男は放っておけば、確実に大きな……しかも強固な守りで結ばれた集団を生み出す。
いや、すでに十分な人数と戦力を確保しつつあるのかもしれない。
そうなれば……自分ひとりで不意を突くにしても、キャパシティを超えてしまう。
ここには、自分が手を焼くような一騎当千のエースパイロットが山ほどいるのは体験済みだ。
巨大な塊を生み出されてはまずい。
故に――
「……なにかあったら真っ先に死んでもらう」
濁った頭で、それだけを強くアキトは決定する。
首謀者と因縁があるからこそ、死んでもらわねばならない。
合流先の集団で何か揉め事があったならば……多少は無理をしてでもこの男だけは潰しておかねばならない。
目的はただ一つ。
勝利という幻想を現実にするために。
【テンカワ・アキト 搭乗機体:アルトアイゼン(スーパーロボット大戦IMPACT)
パイロット状態:マーダー化、五感が不明瞭、疲労状態
機体状態:胸部に軽度の損傷。3連マシンキャノン2発消費、スクエアクレイモア2発消費
現在位置:G-7
第一行動方針:キョウスケに情報を提供して同行する
第二行動方針:ガウルンの首を取る
最終行動方針:ユリカを生き返らせる
備考1:首輪の爆破条件に"ボソンジャンプの使用"が追加。
備考2:謎の薬を4錠所持】
【キョウスケ・ナンブ 搭乗機体:ビルトファルケン(L) (スーパーロボット大戦 OG2)
パイロット状況:頭部に軽い裂傷、左肩に軽い打撲、ユーゼスに対する不信
機体状況:胸部装甲に大きなヒビ、機体全体に無数の傷(戦闘に異常なし)
背面ブースター軽微の損傷(戦闘に異常なし)、背面右上右下の翼に大きな歪み
現在位置:G-7
第一行動方針:アキトの保護
第ニ行動方針:基地へ戻る
第三行動方針:首輪の入手
第四行動方針:ネゴシエイターと接触する
第五行動方針:信頼できる仲間を集める
最終行動方針:主催者打倒、エクセレンを迎えに行く(自殺?)
備考1:アルトがリーゼじゃないことに少しの違和感を感じています
備考2:謎の薬を1錠所持】
【二日目6:05】
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